供物

Black river

供物

1日目

 ある日、いつものように起きて、外に出た。どこかで鳥の鳴く声が聞こえる。

 俺は澄み切った空気を肺に取り入れながら、思いっきりのびをした。さわやかな風が全身に当たってすこぶる気持ちが良い。

 ところが自分の住居から一歩外に踏み出した時、突然下の方で「カラン」という軽い音がした。

「なんだ?」

 見下ろすと、何かが転がっている。どうやら玄関の前に置かれていたものを蹴飛ばしてしまったらしい。顔を近づけて見ると、それは空き缶だった。

 どこかの不届き者が夜の間に捨てていったのか。けしからん話である。

 ふと見ると地面が濡れていた。缶の中には液体が入っているようだ。まさか飲みかけ?ますますもってけしからん。

 ところが、よくよく見てみるとすぐにそうではないことに気付いた。

 空き缶の飲み口から何かがヒョロッと飛び出している。小さな白い花だった。野原を探せばこの季節いくらでも咲いているような、言ってみれば雑草に分類されるものだろう。

 なるほど。ここで俺は合点がいった。

 どうやらこれを置いていった奴は、空き缶を花瓶代わりに花を生けていったらしい。拾ってきた空き缶とそこら辺にある花。

もしかしたら・・・


2日目

 やはり俺の見立ては正しかった。

 見つからないようにそっと見張っていたところ、昨日空き缶を持ってきたのと同じだと思われる人物がやってきた。

 赤い服を着た、小さな子どもだった。

 今日は空き缶こそ持っていなかったが、その代わり何かを大事そうに握りしめている。

 彼女は俺の家の前にしゃがみこんで、それを置いた。小さな手の中にあったのは、白くて丸い石だった。そして女の子は石に向かってひとしきり何かぶつぶつと言ってから去って行った。

 とりあえず誰が持ってくるのか分かったのは収穫だったが、あの子は何が目的なのだろうか。


3日目

 やっぱり女の子はやってきた。

 今日持ってきたのは蝉の抜け殻だ。どこから拾い集めてきたのやら、一ダースはある。そして昨日と同じようにゴニョゴニョと何かを言って帰って行った。

 家の中からでは、何を言っているのかが聞き取れない。かと言って、いきなり俺が出て行ってはきっと驚かれてしまうだろう。どうしたものだろうか。


4日目

 今日は雨だ。暑い夏の日には悪くはない。

 さすがに来ないだろうと思っていたら、女の子はやっぱり来た。傘をさして雨の中を全力疾走している。相変わらず真っ赤な服を着ている。

 危ないなあ、と思っていると案の定こけた。ズザアッと派手な音を立てて、勢いよく、こけた。それでも片手に持っているものを意地でも離そうとしない辺り、相当執念深い性格らしい。

 彼女が身を挺して守り抜いたのは、なんとカタツムリだった。

 そんなところに置いたらすぐにどこかに行ってしまうだろうと思うのだが、そこまで考えが至らなかったらしい。

 また一生懸命呟いている彼女の声が、今日は少しだけ聞こえた。

「・・・を、助けてください」

 肝心の所が雨音で聞き取れなかった。出て行くわけにもいかないので、もどかしい。


5日目

 昨日の雨もすっかり上がり、晴天といって差し支えない天気である。気温もほどよい感じになってきたせいか、うっかりと寝過ごしてしまった。

 少し慌てて外に出ると、もう彼女は来て帰った後のようだった。今日は空き缶や石ころではなく、紙切れが一枚置いてあった。

 そこに書かれていることを見て、俺は全てを理解した。

 久しぶりに、忙しくなりそうだ・・・


(幕間:ある女性の回想)


 私は地元に帰ると、必ず立ち寄る場所がある。町外れにある古い祠だ。

 もしかしたら私以外、誰も存在を覚えていないんじゃないか、というぐらい小さくて、半分ぐらいは藪の中に埋もれている。

 でも、私にとってはとても大事な場所だ。

 私が子どもの頃、母が病気になった。何日も高い熱が続き、病床で苦しんでいたが、幼い私にできることは限られていた。

 そんな時、近所に住んでいたおばあちゃんが「それなら神様にお願いしたらどう?」と教えてくれた。彼女曰く、町外れに蛇の神様をまつった祠があって、昔の人は身内に病人が出る度、そこにお参りをしていたとのことだった。

最近はそんな人もいなくなってしまったから、神様も暇なんじゃないかねえ、とおばあちゃんは少し悪戯っぽく言った。

 とにかく母の容態が心配で仕方が無かった私は、おばあちゃんに言われた場所に行き、当時既にほとんど忘れ去られていた祠を見つけたのだ。

 私は子ども心に何か供えるものが無ければと思い、花や宝物だった石を持ってそこに通った。不思議と物を置くと次の日には無くなっているので、ああ、ここには本当に神様がいるんだ、と思っていたのは覚えている。

 ところが、肝心の母の病気は一向に良くならなかった。

 その時、ふと思ったことがあった。

 神様は本当にあそこにいて、私の話を聞いているのだろうか。

 供えた物はいつも私のいないときに無くなるのだから、私があそこにいてお願いをしているとき、もしかしたら神様はいないんじゃないか。こんな考えが頭をよぎったのだ。

 でもそれだとお供え物をする意味が無い。

 色々考えた末、私は置き手紙を書くことにした。とは言っても子どもにそんなたいそうなものがかける筈も無く、

 「おかあさんをたすけてください」

という一言と、自分の名前を書いて祠の前に置いた。

 すると驚いたことに、その日の晩から母の調子がぐんぐんと良くなっていったのだ。

 私は、自分の声が神様に届いたことを知った。


 6日目

 久しぶりに力を使ったせいか、体がだるい。

 俺はとぐろを巻きながら、住居―祠の中で休んでいた。

 毎回、勘とまぐれみたいなやり方で病気を治している俺にとっては少々面倒な相手だったが、最終的になんとか病魔を追い出すことができたので良かった。あの程度なら、人間の医者でも多分治療できたんじゃないかとは思うのだが、それでも小さなあの子にとっては危急存亡の秋だったのだろう。実際、母親の熱は酷くて、全身が真っ赤に発熱していた。命に別状が無くとも、俺が入らなければもう少し苦しい時期が続いただろう。

 何はともあれ、もう終わったことだ。もうあの子も来ることはないだろう。

 俺はまたしばらく、ゆっくりと眠ることにしよう。

 おや?今、誰かが走ってくるような音がした気がしたがまさか・・・

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