社会最底辺な始末屋の俺が、世界最高峰の女ヒーローに告白されてつきまとわれている話。
白波迫馬
序
叙述トリックって知ってるか?
そう、それだよそれ。小説で読者には文字しか見えないのをいいことに、老人を若者のように描写して騙したり、ホラー映画で幽霊をまるで生きている人間みたいに誤認させたりする奴だよ。
謳い文句に衝撃の結末が、とかある作品は結構な確率でこれが使われてたりするんだよな。
現代ではありふれた手法と揶揄されることが多いんだが、批判する前にちょっと考えてみて欲しい。ありふれているってのは、それだけ効果的で多くの人に影響をもたらすことができるってことだったりするわけで。
そう、たとえば。
まさに俺が今、思う存分巻き込まれているような感じで、である。
「ええーい! いいからっ、私とっ、付き合ええええ!」
「ちょ、おいやめろ! それ以上近づくな!」
「うわあっ、なんてものを人様に向けて撃っているんだ。殺す気か!」
「お前が銃弾くらいで死ぬタマかっ! それならお前も、そのビームソードをとっとと収めろ!」
『ご覧ください! 高層マンションの屋上で我らがヒーロー、ディライト・ナイトと黒装束の髑髏仮面が攻防を繰り広げております! おっと、髑髏仮面が間合いを取った。だがディライト・ナイト、疾い! あっという間に距離を詰めました!』
俺の目の前では今、金髪ロングの美人さんが思いっきりこちらに向かって剣閃を光らせている。
かたや俺の上空では、複数ローターの複合ヘリコプターが、俺たちに向けてカメラのレンズを光らせてる真っ最中だ。
「こそこそ逃げるなっ。これだけ熱烈にアピールしているんだ、そろそろイエスかはいで答えたらどうだ?」
俺の仮面からわずかにはみ出た黒髪を、ビームソードがギリギリに焦がして通り過ぎていく。
スウェーで避ける傍ら銃弾を放つも、返す刀で一瞬にして蒸発させられる。
「……相変わらずバケモノじみた身体能力だな」
「だっ、誰がバケモノだ。バケモノって言った方がバカモノなんだこのバーカ!」
『叫んでいます。ディライト・ナイト、何やら髑髏仮面に向かって叫んでいます。ですが風が強く、何を喋っているのか全く聞き取れません!』
……ああ、まあ。そろそろ、おわかり頂けたんじゃないだろうか?
頭上に響くレポーターの実況は、自身の乗るヘリのローター音にも負けない音量でこちらにまで響き渡ってくる。
『一方的に畳みかけるディライト・ナイト。しかし髑髏仮面もしぶとい。一体、この髑髏仮面は何者なのでしょうか? 足場となっているマンションでは先程、金融会社の役員数名が銃殺遺体で発見されたとの情報も入っております。やはり髑髏仮面の仕業なのでしょうか? 真相を突き止めるためにも、ディライト・ナイトには是非とも髑髏仮面を捕まえて欲しいところです。頑張れディライト・ナイト!』
遠ざかっては近づかれ、逃げては先に回り込まれる。
神経を使う攻防がもう何度も繰り広げられている。
「なあ、私が告白してもう何回目だ? そろそろ本当に返事をくれてもいいんじゃないか? アイアンハートを持つ私でも、流石にそろそろ隔壁がメルトダウンしてきそうだぞ?」
「どう考えても殺人キックを放ちながら言うセリフじゃねえよなあっ、それ!」
両腕にトラックに跳ねられたような衝撃が奔る。
大きく後ろに飛んでいなして躱すが、腕が痺れて両手から銃を落とさないので精一杯だ。
だが金髪美人、ディライト・ナイトは更なる追撃をしかけてきた。俺は心底辟易しつつ、目にもとまらぬ斬撃を間一髪で回避し続けた。
「ったく、お前、今、全然ヒーローでも何でもないじゃないか! ニュースを見ている全視聴者に謝ったらどうだ!」
「そんなものは知らん。私がお前に言い寄っている姿に、勝手にカメラが向けてられてきているだけの話だろう?」
「それが問題だと言っているんだっ!」
『おおっと、不審者逮捕ならず! まさに閃光のようなディライト・ナイト。だが髑髏仮面もなかなか体を掴ませない!』
――と、いうわけで。
ヒーローにあるまじき痴態も、叙述トリック一つで悪人捕り物劇に早変わりというわけだ。
いやはや、メディアの力ってのは恐ろしいねえ。
……ま、悪人というのは間違ってはいないんだがな?
俺はこの後、なんとかこの女を撒いて、命からがら組織にまで帰り着けるわけだが。
折角だからどうしてこんなことになってしまったのか、少しばかり話してみるとしようか……
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