7、涙の味

 視界がぐるりと反転して悲鳴をあげる。力なくベッドに倒されたメリルローザに覆い被さるように、ヴァンがのし掛かった。


「だから言っただろ。無理しやがって」

「別に、無理なんてしてな――」


 もう一度、ヴァンが首筋に顔を寄せたので、思わずびくりと身体が跳ねた。

 痛みがくると思っていると、口をつけられた部分から熱が走る。痛みはほんの一瞬。どくりと心臓が大きく鼓動をうつと、とろけるような甘い痺れが全身に行きわたる。


 硬く握りしめていた手にヴァンの手が絡められ、大きく息をつくと、


「なん、で……」


 せき止められていたものが決壊するように、メリルローザの視界がみるみるうちに涙で歪んだ。


 あんなに痛くても泣けなかったのに……。

 宥めるように絡められた指に力が抜ける。

 ヴァンが首筋に舌を這わせると、ぞくぞくとした感覚が背中を駆け抜けた。

 強張った身体が、ヴァンのもたらす快感にあっという間に支配され、メリルローザの瞳からは絶え間なく涙がこぼれ落ちた。は、と熱い息を吐くメリルローザの顔の側に影が重なる。


「うふふ、メリルローザったら……かわいい」


 ぺろりと舌なめずりをしたフロウが、ヴァンが顔を寄せている側とは反対側にメリルローザの顔を向けた。

 フロウの涼しげに整った顔が艶然と微笑む。ヴァンとはタイプが違うが、フロウの顔もとても美しい。間近に迫ってこられ、思わず息をつめた。

 唇を目尻に寄せると、こぼれ落ちる前の涙を吸われる。


「恥じらいと、快感と、安心と……ぞくぞくするくらい美味しい涙だわ」

「フロ……んんっ……」


 ヴァンに首筋を強く吸われて、鼻にかかった甘い声が漏れた。そしてまた溢れた涙をフロウの舌が拭う。


 なんだかひどく倒錯的だ。

 男性二人に押し倒されているような状況に、どうかしてしまっていると思うのだが――口を開けば言葉にならない声しか出てこない。


 フロウが満足するまで涙を吸われ、ヴァンによってたっぷりと快楽を与えられたメリルローザは、ベッドに沈んだ身体を起こすことが出来なかった。


「ごちそうさま、メリルローザ」


 よしよし、とベッドサイドに座ったフロウに頭を撫でられる。


「結局、ヴァンは甘いのねぇ。痛がるメリルローザもそそられたけど……やっぱりちょっと可哀想だったかしら」

「うるさい」


 ぷいっとヴァンが顔を背けた。ヴァンの着ているシャツはメリルローザが握りしめていたせいでしわくちゃだ。メリルローザも赤くなった目元を隠すように腕で顔を覆った。


 痛がるメリルローザのためにヴァンが術を使ってくれたのだが、なんだか負けたみたいで非常に悔しい。

 フロウはご機嫌な様子でメリルローザの髪を撫でたり編み込んでみたりして遊んでいた。


「……で、どうするんだ。街に戻るのか?」

「今日はもういいじゃない。メリルローザ、疲れちゃったでしょ?」


 ……実は、腰が抜けてしまって動けない。

 そのため、髪を弄ぶフロウにされるがままだ。


「フロウと契約ってもう出来たことになっているの?」

「ええ。あ、さっきの呪いの場所なら、ここから北西に行ったところね。移動もしていないみたいだから、あの子が家に持ち帰ったんじゃないかしら」


 フロウの能力『サードアイ』。

 呪いの場所を感じとることが出来る力は、世界中どこでもカバーできるわけではないが、ある程度の範囲内なら場所を絞りこめるそうだ。

 呪いの力が強ければ強いほど離れていてもはっきりと感じ取れるそうだが、弱いと近くまでいかないと分からない。


 今回のアンバーのイヤリングは、物自体も小さく、呪いの力も弱いため、方向までは絞れるものの具体的にはもっと近くまでいかないと特定は出来ないと言われた。それでも、あてもなく探し回るよりはずっと早くあの少年を見つけられそうだ。


「あとは、宝石の目利きや、ある程度の場所も探れるわよ? ま、だからアタシは人間の前に姿を現さないようにしているんだけどね」


 主以外に利用されないように、ということらしい。恥ずかしがり屋だなんて言っていたが、こちらの理由のほうが大きいようだ。グレンがフロウの存在を知らなかったのも、大叔母が存在を秘匿していたからなのだろう。


 でーきた、とフロウが編み上がった髪にリボンを結ぶ。

 ようやく身体をおこせるようになったメリルローザが鏡を覗くと、なかなか器用に編み込まれた三つ編みが出来ていた。


「フロウはずっと力を使ってて疲れたり、涙が必要になったりしないの?」

「ええ。位置を感じとる力は、……そうねえ、人間の嗅覚に近いのかしら。自然に流れこんでくる匂いを嗅いだって疲れたりしないでしょ?」

「なるほど。わかりやすいわね」


 契約者の涙が必要なのは、本当に契約の一回きりでいいらしい。ほんのちょっと安堵したメリルローザだったが、フロウは上気した頬でメリルローザの顔に手を添えた。


「あ~~~でも、さっきのは癖になっちゃいそう~~~! ヴァンに吸血される時はまた呼んで?」

「誰が呼ぶか!」


 ヴァンが怒鳴る。

 メリルローザもさっきのような出来事はもう勘弁して欲しい。


「冗談よう。……でも、涙を流すようなことがあったら、アタシが癒してあげるからね」


 これからよろしくね、と微笑まれる。


 レッドスピネルとブルーフローライト。

 こうして、メリルローザは二つの宝石の主となった。



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