9、不幸はそっと紛れこむ

(どういうこと? ユリアが呪われた品を持っているの?)


 リストにあった品はすべて見ているし、ヒルシュベルガー士爵も隠しているわけでもなさそうだ。


 黙ってしまったメリルローザに、ユリアは「慎みがありませんわね」とヴァンとの関係を嗜めるような言葉を口にした。

 ヴァンがユリアに見向きもしなかったことに、プライドを傷つけられたと当てこすっているのだろう。


 ふしだらな関係だと勘違いされているのは癪だが、今はユリアのポケットの中身の方が重要だ。だが、声をかけようとした矢先にタイミング悪く使用人が戻ってきてしまった。


「お待たせしました。こちらが例の指輪です」


 指輪が呪われた品だと父から聞いているのだろう。ユリアはケースを見ると顔をひきつらせ、「では失礼」とそそくさと去っていってしまう。


「あ、ユリア……」


 行ってしまった。その間にも、グレンとヒルシュベルガー士爵は代金のやり取りを済ませ、お開きというムードになってしまう。


(どうしよう。一度叔父さまに相談したほうがいいかしら)


 ユリアが何を持っているかもわからないのに、ポケットの中身が呪われている物だなどと言ったら、一体何を言い出すんだと怒りだすかもしれない。

 と、いうか……中身が何にせよ、彼女がメリルローザにすんなり渡してくれるとも思えない。ここは一度出直したほうが良さそうだ。


 ヒルシュベルガー邸を後にすると、メリルローザは早速グレンにユリアのことを話した。


「ユリア嬢のポケットの中?」

「ええ。黒いもやが見えたの。でも、レントリヒ子爵から譲られたものは、あの場に全部ありましたよね?」


 ヴァンも見えたでしょ、と袖を引くと頷いた。


「あの女が持ってるのは宝石じゃない」

「……わかるの?」

「同族じゃないってことはわかる。何かは俺の能力じゃ感じとれない」

「宝石じゃない……か」


 ふむ、とグレンは考える仕草をした。それはちょっと面倒だなぁとぼやく。


「美術品の類ならいいんだけどねぇ」

「どうして? 価値があるから?」

「うん。分かりやすく価値のあるものだからね。取引もしやすい」


 呪われた宝石、呪われた絵画。

 どれも呪われているというのはあくまで付加価値で、値段をつけるのは宝石や絵画に対してだ。


「例えば、子供が書いた落書きみたいなスケッチが呪われているとして、僕が譲ってくれって頼んだら?」

「……そりゃ、変に思われますわね」

「そう。得体の知れないものにお金を積んだら怪しまれる。さりげなく手に入れる方法を考えるというのは面倒なんだよ」


 君の知り合いのようだけど素直に譲ってくれそうになさそうだしね、とグレンは苦笑する。ユリアの態度でなんとなく関係を察したようだった。


「ええ。私のいうことなんて絶対に聞かないでしょうね。私より、ヴァンが頼んだほうがまだましな気がするわ」

「何で俺が」

「ああ、そんな感じだねぇ」


 グレンが笑う。ヴァンの顔で、口が巧かったら、大抵の女性はころりと騙されてしまうだろう。


「しかし、いつも持ち歩くとは限らないだろう? 装飾品の類ならまだしも、そうでないのなら部屋に飾ったりしているかもしれない」


 たまたまポケットに入れていた「何か」。

 その何かがわからない限り、ユリアに持って来てもらうことも出来ない。


「……叔父さま。呪われている品って、絶対に持ち主に不幸を呼ぶのよね?」


 ユリアのことは苦手だが、危険な目に遭うかもしれないと分かっていて放置出来ない。グレンもシニカルな表情を浮かべた。


「のんびりしているとユリア嬢の身が危ない。何かいい案を考えよう」



 *



 グレンの行動は早かった。

 指輪のお礼に、とヒルシュベルガー家に美術展のチケットを贈ったのだ。


 美術展自体は一定期間開催されているが、グレンが贈ったのは期間内に一晩だけ行われる「夜間営業日」だ。

 ドレスコードありの貴族限定チケットは物珍しさもあって、瞬く間に完売したと聞いている。


 グレンの部屋でその話を聞いたメリルローザは感嘆の声をあげた。


「……そんなプレミアチケット、よく手に入りましたね」


 もちろん、グレンの手にはメリルローザとヴァンの分のチケットもある。ヒルシュベルガー家の分も合わせると結構な枚数だ。


「主催者は、例の“呪われた十字架”の買い取り先だよ。今回の美術展にも飾るつもりらしくてね。その伝手で頂いたんだ」

「ああ、なるほど……」


 あの気味の悪い十字架は早々に売れたようだ。浄化してあるのでこれ以上不幸は呼ばないだろうし、メリルローザとしても美術品として収蔵されるのなら、まあ良かったのかなとも思う。


 ともあれ、これで偶然を装ってユリアに接触して、さりげなく何を持っているのか聞き出さなくてはならない。

 ヴァンの身分も、何か適当なものを考えなくちゃ――叔父の部屋から窓の外に視線を向けると、門の外にうろうろとしている男性の姿が目についた。


「おや、お客さんかい?」


 メリルローザの視線を追ったグレンが椅子から立ち上がる。来客の予定はなかったはずだけれどねえ、と首を傾けた。


 中年の男性は意を決したように門に向き直った。その人物にメリルローザは驚く。


「父さま……?」


 父の突然のアポなし訪問。きちんと先触れを出す人なのにいったいどうしたのだろう、とグレンと顔を見合わせた。

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