7、……偶然ですよね?
結論から言うと、レントリヒ子爵邸に入ることは出来なかった。
小さな町なので子爵が亡くなったことはすでに知れ渡っており、付き合いのある貴族が挨拶に訪れたり、葬儀屋の対応をするのに忙しく、家族はそれどころではないらしい。
取り次ぎに出たのがたまたま昨日お茶を出してくれたメイドだったため、メリルローザたちの顔を覚えていてくれた。
「あの……。旦那さまは、……あの指輪の呪いのせいで亡くなられてしまったんでしょうか」
気味が悪いと言わんばかりに身体を震わせるメイドに、グレンは優しげに声をかけた。
「何か気になることでもあったのかい?」
青い顔をしたメイドは俯く。
「旦那さまは怪しい品を買い取ってから、以前にも増してお食事を召し上がる量が増えたのです。かなりお太りになられて、階段の登り降りがしづらいとおっしゃっておりました」
「それは……さすがに呪いとは言い切れないのでは?」
吐くまで食べてしまうなどというわけではないのなら、食欲旺盛になることはおかしなことではない。そうなると、何でもかんでも呪いのせいということになってしまう。
メイドも「呪いだなんて馬鹿げているとは思いますけど」と頭を振った。
「呪いなど怖くない、とおっしゃってお酒や食事を召し上がられていたのです。私には、旦那さまがそうやって自分を奮い立たせているように見えました。ですからその、直接呪いが旦那さまの身に降りかかったというよりも……」
「呪われた品が手にある状態が、子爵の精神状態を追い詰めていたのではないかと言いたいのかな?」
グレンの言葉に「そうです」とメイドは頷いた。
メリルローザも、でっぷりと太った子爵のお腹を思い出す。確かにあれでは足元が見えづらかろう。
それならば、やっぱり偶然足を滑らせてしまっただけなのではないか。
「子爵は、この間見せてもらった指輪以外にも、変わった品を所蔵していたりはしなかったかい?」
「それは……。私にはわかりません。指輪を買ったときに、他にもいくつか買い取ったようですけど、私たちがお目にかかる機会はないので……」
「そうか……。忙しいところ済まなかったね」
グレンが礼を言うと、メイドはお辞儀をして去っていった。ふむ、とグレンが顎に手をあてる。
「……どう思う? メリルローザ」
「え!? 偶然じゃないんですか……?」
メイドの話は理にかなっているし、案外呪いというのも持ち主の気の持ちようではないのか。
なあんだ、やっぱり偶然だったのかと処理したがっているメリルローザに、グレンは「今の話だと、子爵は他にも何か別の品を手にしていたようだよ」とあくまで呪いの品説を譲らない。
「言っただろう? 呪われていると言われている品より、気付かれずに人の手を転々としているもののほうが危険なんだ」
「じゃあ、子爵の持ち物を見せてもらうんですか?」
「うん。今日は忙しいだろうから、また日を改めることにしよう」
ホテルは一泊しか取っていないし、一度ローテンブルクに戻ろうと言われて頷く。何だかんだでしばらくは子爵の関係者ともゆっくり話すことは出来ないだろう。
退屈そうに成り行きを見ていたヴァンがやれやれという顔をした。
「ねえ、ヴァンは何か感じたりとかは出来ないの? 呪いの気配とか……」
「俺の能力は浄化することだ。精霊だからってそんなに万能じゃない」
きっぱりと言われてしまう。それもそうか、とメリルローザは肩を竦めた。
*
グレンは、ローテンブルクに戻ってからレントリヒ子爵について色々と調べたらしい。
旅行に行った際に珍しい品物を買い取り、帰ってきた時に市場に出したら高値で売れた――そんな話を知人から聞いた子爵は、自分も真似しようと思ったようだ。
いわくつきのサラスヴァティの涙はきっと高く売れるだろうと宝石商に騙されて購入。
その宝石商も、別な宝石商から仕入れたというのだから、サラスヴァティの涙の偽物の出所はわからない。
宝石商は、子爵が買った品のリストを持っていた。メイドが言った通り、他にもおまけで何点か購入している。
グレンはその手に入れたリストを、頬杖をつきながら眺めていた。
「うーん、名前だけならどれもこれも怪しいんだけどねぇ」
メリルローザも見せてもらう。
魔を退けるブラックオニキスの置物、富と健康を引き寄せるアンバーのブローチ、良縁に恵まれるローズクォーツ……。
「……いかにも霊感商法って感じの名前ね」
怪しすぎて笑ってしまう。お値段もそれなりにぼったくり価格だった。
「あはは。霊感商法、ね。メリルローザはこういうのは信じるタイプかい?」
「いいえ」
置くだけで幸せになるとか幸運が引き寄せられるとか、そんなことで良いことが起こるのなら努力なんて必要なくなってしまう。
……その逆の、持っているだけで呪われる品は信じるのかと言われたら話は別だけれど。
グレンは、「こういうのって刺さる人には刺さるんだよね」と苦笑いした。
「面倒だから、怪しそうなものは買い取っちゃおうかと思って子爵邸に話を持ちかけてみたんだよ。だけど……」
「だけど?」
「もう譲り手は決まっていると言われてしまってね。すでに言い値で買い取った人物がいるんだ」
その名前を聞いて、メリルローザは顔をひきつらせた。
「ヒルシュベルガー家……ですか」
「おや、知っているのかい」
ヒルシュベルガー家はシェルマン家と同じく、士爵位で付き合いもある。
娘のユリアはメリルローザと同い年で、社交で顔を合わせることもあり、……プライドが高く、何かと張り合ってくるところが苦手だった。メリルローザが男爵家の養女となったと知ったら面倒なことになるだろうな、とげんなりした。
「何の手違いか、偽物のサラスヴァティの涙もヒルシュベルガー家の手に渡ってしまっているね」
幸運を呼ぶ品に紛れ込んで、ひっそりと息を潜めているのだろうか。
はてさて、どうしようかな。
そう言ってグレンはペンを手にとった。
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