カッコーと底無し
梅行き
カッコーと底無し
1. カッコーと底無し
安らかだ。ジョルジョーネの描いた女神のよう。
可憐だけどすこし厳かな、なにかを思案するような寝顔。安らぎの中にある緊張が周囲の空気をチリチリと毛羽立った毛布のように刺激する。
じっと見つめているうちに喉から大きな音がして、自分でもすこし驚いた。
入口こそオートロックだけど、廊下のほぼどこからでも入りたい放題のマンション。俺の家は一階の一番奥の部屋。行き詰まりの廊下の先に、なーんか真っ黒のでかい塊があると思えば、まさか人間だったとは。
しかも美人だ。色っぽい感じや可愛らしい感じじゃなく、聖女っぽい美人。うまく言えないけど、ただその人のいる周辺では空気がまるごと変わっていた。
女の子なら神様からの贈り物かと思うが、残念なことにソイツは黒い詰め襟の学生服を着ていた。摺り足でそろそろと近づいて胸についた名札を見ると、この近所にある中学校の校章と、横に『3-A 加古』と名前が書かれている。
「加える…古い?どう読むんだこれ」
少年は疲れているのか、息の音がするから命があることは確かだが、目の前にしゃがみこんでまじまじと見つめても反応すらしない。
肌は
汚れのなかに清浄なものを混ぜ込みたい。朦朧のなかにどれだけ輪郭を刻もうか。
目を開いたらどうなるだろう。伏せた睫毛は細長く繊細で、縁取るには極細の長穂筆がいるな。画面全体は薄い灰色にしよう。
白昼夢のようにぼけた世界で、ひとつだけ浮き上がる白い綿毛のような姿を描こう。
次々と頭に浮かぶのは仕方ない。
あと数日で満月だろう晴天の夜。ビルの隙間に型どられても月の光は充分濃く、美しい少年の半身に落ちる。
そそられる。ああ、描きたい。疼いた手が鞄を開けた。
***
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