朝追う物語
_湯_野察氏
第一章 朝の王の誕生
第1話 朝追う者語り
『彼__いや、彼女といったか...... その姿形を実際に見たものは誰もいない。だが、彼女は多くの人々の記憶に残り、今もなおこの伝説は受け継がれているであろう。
"イム"という者が、"ノンヶ"と呼ばれる好青年に恋という名の情を抱いた。しかし、この地においてその恋はまさに禁忌、許されざる行為だ。ただ、イムはその禁断の恋を決して諦めようとはしなかった。
とある夏の日、イムは "まず家にさ、屋上あんだけど、焼いていかない? "と、ノンヶを我が家へ誘い出した。彼は "あーいいっすね" と、言うと嬉々としてイムに着いて行くのだった。
イムは屋上に連れてくるや否や、彼に自家製の飲み物を差し出した。そして、その飲み物は毒が入っていたが、ノンヶはそんな事を疑いもせずそれを受け取って口に流し込んだ。すると、間髪入れずに急激な睡魔に襲われ意識がプツンと途切れてしまう。
目が覚めるとここは地下室、彼女が運びこんだに違いない。目の前に立っていた彼女は重々しい口を開けると彼にすかさず本心を述べるのだった。
"お前のことが、好きだったんだよ!"
"まずいですよ!"
ノンヶはそのイムの愛の力に抗えず、二人は濃厚で幸せなキスをしたのだった。
おぉ悲しいかな。この一連の出来事は電子の海を漂って多くの民衆の目に入り、それと同時にイムはどこかへ消えてしまった。
禁忌を破ったイムとは一体何者なんだろうか? 消息はどこに絶ったのか? その正体を突き止めようと、たくさんの人々がイムを捜索し、様々な説を創作した。しかし、その正体に辿り着けた者は誰一人としていなかった。
その後、イムは散々笑い者にされながらも、人々の意識を変えた。新たな価値観を植えつけたのだ。そもそも純愛だったのにも関わらず、なぜその恋は許されなかったのだろう? 誰が一体禁忌にしたのか、なぜ禁忌にせねばならなかったのか? そんな疑問が飛び交った。
新たな思想を持つ国民と、汚いものを忌み嫌う政府は、今後一切イムに関する情報を共有することを禁止した。しかし、その行動は悪手だった。イムに対する想いで国民が爆発したのだ。
こうして、小さな政府と大きな国民との間で大きな内乱が勃発した。
愛する者を愛せないこの不自由な国に価値があるのか! 国民は大いに怒り、反発した。やがて、その内乱は終結すると国民が勝利を納めるのだった。
しかし、人々が見た景色は以前と変わらない不自由でボロボロになった国。
"どうか、愛する人を愛せる、自由な場所へ"と、人々は願った。願いに願い、祈りに祈った。
ついに、その想いは天に届いた。
荒廃した国がふわっと浮いた。新たな日と自由を求めてこの国は遠くの空へ羽ばたいて行くのだった__ 』
● ● ●
「
......陰夢って、これか?
俺は読んでいた本を裏返した。
"
多分、男が探しているのはこれだろうな。
「すみません」
「ん?」
「あなたが探してる本って、もしかして...... 」
「ん? あぁ、これだよこれ!!! 」
なんだろ、この男...... なんか不思議な感じがするなぁ。
この場所に馴染めてないというか、孤立しているというか......
「あっ、もしかしてこの本読んでた?」
「あぁいいよ、別に。好きなの?」
「これか? もちろん。今はもう絶版していてどこにも置いてないんだけど...... 奇跡だよな。ここに
気になって試しに読んでみたが、この本はここ以外に無いのか。まぁ、中身は突拍子もないファンタジーだし、汚ならしいっていうか、生々しいっていうか、だいぶ端折って読んだけどそれらしい臭いがしたし、何かしら検閲に引っ掛かってもおかしくないだろうな。
「もしかして、お前もこの本好きなん? 」
「あっ、いや、たまたまこの本が気になって。ここに来たの初めてだから」
「そっか。お前なかなかセンスあるよ」
「お、おう」
ありがと...... う?
「俺もさ、こんな風にこの国を変えたいって思ってるんだよね」
急にどうした。
「窮屈に感じない? いちいち規則だの規定だの厳格に決められててさ」
「あー、 俺ここら辺に来たのも初めてだからな......」
まぁ、前住んでいた所もいろいろと厳しかったけど、ここら辺はどうなんだろうか。
「もしかして、ここに引っ越して来た感じ? 」
「うん、そんなところかな」
[ピピ...... 規定値ヲ越エル音圧レベルヲ検知シマシタ、警告警告...... ]
あっ......
どうやら、SOS ((Social Order System) 社会秩序システム)に引っ掛かってしまったようだ。
一応周りに人はいないし、なるべく小さな声で話していたし、なるべく秩序を乱さないように注意してたんだけどな。
多分、彼もこの事を言っているんだろう。
[......規定値ヲ越エル音圧レベルヲ検知シマシタ、警告警k
「うるせぇ!」
は?
え? 殴った!?
「俺は!! 」
「ちょっと......!? 」
「いずれこの国を変えてやる!!!」
こいつやべぇ......!
何かさらけ出しやがった!
「何が社会秩序だ......もっと自由な、そんな国に!」
ヤバい、周りの人の視線が俺たちに集まってる......
悪目立ちしてるぞ完全に......!
「俺さぁ、お前と出会ってなんかピンときたんだ。お前と一緒ならどこにでも行ける気がする。この世界を変えれるような気がする」
「えっ......」
巻き込まれてる......?
「そんな気がするんだ」
相当この社会に抑圧されてきたのだろう、その眼には怒りとそして希望を抱えた表情が宿っていた。
俺はこの世界を変えるだなんて、そんな子どもじみたありえない幻想を抱いている彼に何も言うことが出来なくなってしまった。
嘘をついているなんて到底思えなかったからだ。本当に変えてしまうんじゃないか......?
彼の眼には光があった。
いずれ、この国を照らすような......
そんな光だ。
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