5-4 精彩に翔ぶ
「なーるーほーどーねー」
物置にあった揺椅子を大きく揺すりながら六之介が、華也と綴歌から渡されて手帳を眺める。
情報を統括する。
まず、犠牲者について。遺体は上がっていないため、明確に死んだと判断はできないが、今回は死者として扱うこととする。
亡くなったのは十人で、年齢層は十三から三十歳の働き盛りの男たちである。彼ら全員に共通する点は無いが、十人のうち六人は住良木村の村役員という位置づけであり、資産、資材の管理や催物の制定に深く関与していた。だがこれは共通点とは言い難い。役員と言っても専業ではなく、漁師との兼業だ。人口と人手に余裕のない辺境の村であるのだから、当然と言える。
次に、場所と時間について。事件は住良木村の沖合にある漁場、スナドリで発生した。明確な時刻は不明だが、日も昇り切らぬ早朝。気候は良好であり、波も穏やかであったという。当時の気候を確認すると、村人の証言に偽りはなく、その日の住良木村は穏やかな陽気であった。
次に、発覚について。スナドリには当時二十五人の漁師がおり、十二隻の舟があった。舟は六隻が横並びの二列になっており、前を航行していた。スナドリに到着し、それぞれ前列と後列が二か所に設置されていた定置網の回収に向かった。由名瀬悟の率いる前列は東側、後列は宮島に近い西側であったという。
由名瀬悟は網の引き上げの際、その異様な手ごたえのなさに違和感を覚えた。引き上げた網は綺麗に切断されており、獲物は全くかかっていなかった。不穏な空気を感じ取った悟は、後列に注意を促そうと宮島の方を見た時には、宮島方面の舟の上に人影はなくなっていた。
後日魔導官の観測員が駆けつけたが、不浄も遺体も発見されなかった。しかし、魔力の増加は確認された。
「どうだ?」
背もたれにのしかかりながら、五樹が帳面を覗き込む。女性陣に頼まれた薪割は完了したのだろうか。
「色々謎が多くてな」
「この言い伝えは、なんか関係ないのか?」
手帳に記された一文を指さす。
「死に方が異なるから何とも言えん」
言い伝えでは、鼓太郎は真っ二つにされて死んでいたらしいが、事件では遺体すら見つかっていない。
「……ただ、気になる点はあるな」
「なんだ?」
「海ってのは障害物がないからな、音とかは遠くまで聞こえるもんなんだ。それを考慮したうえで事件の発覚を見てみろ」
「……そうか、悲鳴か」
なかなか察しがいいではないかと少々感心する。
「そうだ。襲われたのなら、悲鳴にしても漁師の着水音にしても必ず聞こえるはずだ。それがない」
人生の大半を舟の上で過ごしてきた男たちが難聴であるわけはあるまい。現にノックもせずに組合の建物に手をかけた時点で、死角であるはずの六之介に気が付いていたのだ。
視覚以外に来客を察知する方法は、聴覚しかない。
「悲鳴も音を出さずに、十人を消し去る……ううん、波音に紛れて一発で全員仕留めた、とか」
「悪くない線だ。ここは海だからな、蛸や烏賊、海月なんかが不浄化して触手で絡めとった、これは考えられる」
「でも、十人だからなあ、絶対どぼんってデカい音するよな」
「ああ。そこで、もう一つ考えられるものがある」
六之介は窓の外に視線を向ける。沈む夕日の中、海鳥の声が木霊している。
「そうか! 海鳥の不浄か!」
「そうだ。空を飛べば着水音はしない。だが、そうだとすると相当数の不浄がいることになるし、何より悲鳴の問題が解決しない」
声を出す暇すらなく殺されたという線も考えられなくはないが、十人同時ともなると厳しいものがある。
「くっそー、わかんねえな……」
がしがしと頭を乱暴に掻く。
「とりあえず、明日スナドリに舟を出してみようと思う」
「おいおい、危ねえだろ、相手がどんなもんかすらわかってねえのに」
「自分の超能り……異能は、瞬間移動だ。逃げる分には問題ない」
そもそも本当に危険な任務であれば、参加などしないし、こんな役を立候補したりしない。
「そういえば、篠宮、お前の異能はなんだ?」
有益に使うためには、相手のことを知っておく必要がある。
「五樹でいいぜ、六之介」
「うるせえ、気安く名前を呼ぶな。質問に答えろ」
「はいはい、俺の異能は『振動』だ」
そう言って台所に向かい、小包丁と薪を持ってくる。
「見てろよ」
包丁を握りしめる。研ぎ澄まされた刃が小刻みに振動を始め、高い音が聞こえてくる。
それを薪に触れさせる。振り下ろしたわけではない、押し当てたわけでもない。切れるどころか傷一つ付かないほど優しく、刃と薪が触れ合う。すると、刃はまるで豆腐を切るように、滑らかに入っていく。木の持つ固さ、抵抗すら感じさせず、人の手首ほどはある薪は切断される。その断面たるや、磨かれたように美しい。
「超振動カッターか」
「そうそう、超振動……か、かったあ? ああ、そうだな! 木に『勝った』からな!」
「勝った、ではない。カッターだ。まあいい」
改めて断面を観察、撫でてみる。ささくれ一つない。見事なものである。
「振動、ということは、音を操ったりもできるのか?」
「いや、俺には出来なかった。効子を揺らすことで、物質自体を振動させ、音を出すっての確かにできるが、波長や振動数はまるで安定しないな」
「なるほど、騒々しいだけである、と」
「手厳しいねえ」
苦笑する。
どこまで応用が利くかは判断できないが、武器としては有効である。
「それはそうと、一つ気になっていたんだが」
綴歌が拝借した帳を取り出し、開く。記されているのは街で購入した物品の一覧である。個人のものもあるが、多くが共同で使うものが多い。
「なんだ?」
「この、魔力原動機のことなんだが」
「ああ、それか。大型船とか自動車に着けられる動力の心臓だよ。効子結晶をぶち込んで電源を入れると動き出すんだ」
文字通り、エンジン部分と考えてよいのだろう。
「これは、どこで使われているんだろうか?」
「この村で考えると、舟だろうな。ああ、そいや、船着場に一隻、でかい舟あったぜ。あれは手漕ぎの大きさじゃなかったし、それに着けられたんじゃねえかな」
組合へ向かう途中の光景を思い出す。木製の舟が並ぶ中、確かに一際存在感を放つ船があった。白く塗装され、漁網の引き上げの為の巻き取り機が付いた近代的なものだ。
「お二人様、料理が出来たので配膳してくれませんこと?」
「お、りょうかーい。腹減ったぁ」
小走りで台所へと向かう五樹の姿を見送った後、六之介もゆっくりと追った。
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