5-3 精彩に翔ぶ
「ちょっと、その汚い泣き顔で隣を歩かないでくれませんこと?」
心底不快そうな表情で、綴歌が五樹と距離を取る。しかし、それを物ともせずに五樹はずるずると鼻水をたらし、しゃくりあげている。
「な、泣いで、ねえよおぉ……」
「でしたら、その目から零れているものは何ですの」
「汗だよお……」
被害者の一人の自宅を訪ね、事情聴取を終えたところである。訪ねたのは木本家という比較的大きな家で、二世帯が生活している。亡くなったのは木本信彦という二十三歳の男性であり、昨年、二児の父になったばかりであった。
虚しくなるほどの空元気で歓迎され、快く話をしてくれた。しかし、話が進むにつれ、重くなる雰囲気と口調。とどめとなったのは、幼い兄妹の父親を探すという一言であった。
予想と覚悟の済んでいた綴歌は木本家に対して静かに哀悼の意を表した。それに対し、五樹は泣き崩れた。涙を零し、声をあげ泣いた。それにつられ、信彦の妻である木本静が泣きだし、彼女の父母と義父母が泣き出し、子供も泣き出した。
話は充分に聞けたとはいえ、平常であるのは綴歌のみ。皆を慰めるのに苦心し、平静が戻った頃、彼女は既に疲労困憊であった。
「だっでよお、あんなちっこい子が、必死に父親探してたら、つらいだろうがよお……」
「あー、はいはい」
綴歌とて、辛くないわけではない。だが、この職種を選んだということは、人の哀しみ、不幸、怒り、後悔、絶望と向き合うことになると分かっていた。分かっているなら、耐えることもできる。
「はあ……よし、落ち着いた!」
「……遅いですわよ」
聞き込みによって得た情報を手帳に記す。
木本家は、住良木村と御剣を始めとする各都市の物流に大きく携わっている。住良木村は決して大きな集落ではなく、すべてを自給自足で賄うことはできない。そのため、村で穫れる海産物を輸出し資金を獲得、舟や衣類、食料を仕入れる。それを始めたのがこの家系であった。
伝えられた情報には、村人たちにも伝えられていない流通の経路や資金の流れもあった。そして、その中には村の存続にかかわるものも含まれていた。
住良木村を漁港とする計画である。この村の漁場は、全国的に見ても魚介類の種類、漁獲量が優れている。その上、立地条件も良く、鉄道の開発と普及により、各都市への輸送が迅速かつ大量に行えるようになる。政府は日ノ本の人口増加による食糧難を危惧しており、それを解消する手段の一つとして、この村の再開発を提案した。
つまりは住良木村を一度潰し、巨大な漁港としてつくり変えようとしていたわけである。それによって、施設や資源を充実させ、漁に出るのに必要な物資の安定供給を、漁獲物の陸揚げ、輸送に関する設備、つまりは駅を設置、また漁獲物の一部の加工、貯蔵施設を建設する。この際、住良木村の住人は一時的な退去を強いられるが、その期間の生活は保障され、開発後も漁港の管理を任されることになっていた。
漁港計画は反対の声も上がったものの、大多数が賛成を示し、開発は決行されることとなった。準備は順調に進んだ。豊潤な人材のおかげで、測量も済み、建設を行う組合も決まった。しかし、その矢先に生じたのが今回の事件である。
漁港計画の中心であった人々のほぼ全員が死亡し、不浄の出現によって計画は一時頓挫。加え、今回の事件を、この土地に生きて死んでいった者達の祟りだという輩まで現れ、計画反対の声が強まっているのだという。
流麗な文字の記された帳面を眺め、ぱたんと閉じる。
海の不浄だけでも厄介だというのに、村自体が開発の賛成派と反対派で分断されている。開発が不浄のお陰で止まっているというのなら、それを取り除こうとしている魔導官は賛成派と見られてしまうだろう。となると、反対派からの情報収集は困難となることは十分に考えられる。
「困りましたわね……」
「何が?」
そんなことは考えてもいないであろう五樹を見る。いつも通り、能天気そうな顔をしている彼に、なんだか無性に腹が立った。
「二人とも~」
向かいから華也が大きく手を振っている。
「華也さん、そちらの聞き込みを済みまして?」
「その件なんですが、なんだか皆さん非協力的でして……」
彼女にしては珍しく憤りを覚えているような顔をしている。
よく見ると、魔導官服が湿り気を帯び、髪から水がしたたり落ちている。
「門前払いで、水をかけられまして」
「やはり、そういったことをなさる人もいるようですわね。とりあえず、どうぞ」
懐から手拭を取り出し、手渡す。華也は礼を言いながら、髪を拭く。
「やはり、というと心当たりが?」
「ええ、その辺も話しますわ。とりあえず、集会所に戻りましょう」
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