4-9 挙り芽吹く 終

 第六十六魔導官署にて。

 報告書を送り出し、三日が経った。その結果が雲雀によって告げられようとしていた。


「えー、今回の任務、多々羅隧道における現場調査、もとい、不浄である多々羅蛍茸の発見に関して……ああ……」


 紙面に紫の右目と緑の左目が向けられる。よどみなく動く眼球とは異なり、その口は重く閉ざされている。

 しばしの沈黙を、打ち破る。


「読み上げんのめんどくせ。とりあえず、お前らはよくやった。超お手柄だってよ」


 などという大変適当な御褒めの言葉を頂戴した。


「ちょっと、ちゃんと読み上げてくださいませ!」


 華也が隣で何度も頷く。


「あとで三人分賞状渡すから、それでいいだろ。それと、上から特別給金だってよ」


 机の上に乱暴に積まれていた封筒を放り渡される。どれもとんでもない厚みがあり、ずしりと重い。華也と綴歌も目を白黒させている。


「ど、どうしてこれほどまでの金額が?」


「此度の不浄がめっちゃ稀少なんだよ。まず植物の不浄化、これが珍しい。次におそらく数百年近い超長命である、これも珍しい。加え、都市から割と近く観察しやすい、これも珍しい。その上、繁殖が容易に行えるため不浄の研究や他への利用価値が見込める、これも珍しい……と、珍しいこと尽くしなんだ。総司令部から直々に感謝状と称賛の言葉が届けられるなんて、前代未聞だ。下手したらお前ら教科書に名前が乗るかもしれねえぞ」


 そこまでのものだとは思っていなかった三人は喜んでいいのかどうか分からず、顔を見合わせる。


「それと、もう一つ……ここは真面目にやるか」


 襟元を正し、喉を鳴らす。

 だらしなく着崩していた制服を整える。なまじ容姿がいいせいか、それだけでガラリと雰囲気が変わる。

 つられて、こちらも身を引き締める。


「筑紫綴歌義将、貴殿の功績を高く評価し、『信兵』への昇進を認める」


「!」


 綴歌の背筋がさらに伸び、全身が強張る。

 信じられないと言った様相で、瞬きを繰り返している。


「今後も、魔導官としての誇りと責任を持ち、精進なされよ」


「は、は、はい!」


 そうして、金色の記章が手渡される。

 

「続いて、鏡美華也義将」


「は、はい!」


「『信兵』への昇進を認める。今後も精進せよ」


「りょ、了解です!」


「稲峰六之介義兵」


「は、はい!」


 こういった機会は初めてであるため、自然と体が強張ってしまう。


「『義将』への昇格を認める」


 雲雀がにやりと口角を上げる。


「まさかひと月せずに昇格とはな。大したもんだ」


「そうなんですか?」


「ああ、少なくとも俺の記憶にゃねえよ」


 素直な称賛の言葉がこそばゆく、うれしかった。形を持って誰かに認められるということが、これほど胸を熱くするとは思わなかった。


「貴殿を『義将』とする。今後も精進なされよ」


 二人よりは階級は下だが、当然のことである。魔導官として勤めた時間、任務の数、実績が違うのだ。


「……ふー、堅っ苦しいのはおーしまいっと。やっぱ向かねえわ」


 その一言で、魔導官署内の空気が一気に緩む。署長椅子にどかりと腰掛ける。


「信……わたくしが、信兵……」


「……」


 いまだに信じられない様子で、記章を眺める綴歌と夢か現か確かめる様に頬をつねる華也。

 階級について尋ねてもろくな説明は望めないだろう。


「あの、信ってのはそんなに凄いんですか?」


「んあ? 別に大したことはないが……二年目で信は少ねえかもな。本来なら四、五年間ほど実績を重ねて認められる階級だ」


「へえ……すごいんですねえ」


「お前も十分なんだがな」


 雲雀がどこか他人事な六之介の振る舞いに苦笑する。 

 

「二人の魔導官服は白の刺繍だろ? あれが黄色になる」


「色で示すんですか」


「ああ。正式な魔導官は、白の義から始まって、黄の信、赤の礼、青の仁、紫の徳になる」


 その各色の階級の中で二つに分けられると教わったことを思い出すと同時に、思考が止まる。

 目の前にいる雲雀の刺繍は、青色である。


「あの、署長のお年齢は……?」


「二十四だ」


「二十四で、青刺繍……というのは……」


「俺くらいなもんだろーな」


 ああ、やはり、この人はかなり優秀なのだな、と改めて思う。

 しかし、そんな認識を上塗りするどころか、吹き飛ばすような言葉が紡がれる。


「上と喧嘩しなきゃ、紫の兵は確実だったんだがな……」


 自慢するような物言いではない。悔やんでいる風でもない。ただ、ありのまま告げただけ、そんな乾いた口調である。

 まあ、階級などいつでも上げられると付け足し、雲雀は笑いながら署長室を出ていった。それと入れ違いになるように、仄副署長が入室する。


「話は聞いている。三人ともご苦労であったな」


 氷解した笑みで告げる。

 気を引き締め直し、華也と綴歌は敬礼をし、二人を真似て六之介が敬礼する。


「楽にしてよい。三人とも、実に見事であった。私からも称賛の言葉と労いの言葉を贈らせてもらおう」


「ありがとうございます」


 お手本のようなお辞儀を綴歌が見せる。


「だから固くならずとも……まあ、いいか。これは私からの褒美だ」


 包みを手渡される。店の名前だろうか、同じ文字が一定の間隔で書かれている。


「こ、これは……!」


「伊勢屋の……!」


 目の前に広がったのは、甘い香りと色とりどり目にも鮮やかな和菓子。饅頭や羊羹、美麗に染められ造形された練り切り詰め合わせである。


「いせや?」


「超高級菓子店のものです! 予約しても滅多に購入できないというあの!」


 ここまで熱く語る華也を見るのは初めてである。綴歌も目を輝かせている。

 

「ふっ、是非お前たちに食べてほしくてな。遠慮しなくていい」


「貴女の下に就けた事を、心から嬉しく思いますわ……」


「私、お茶入れてきます!」


 和菓子には緑茶であろう。

 華也がバタバタと部屋から飛び出し、すぐに戻ってくる。しっかりと仄の分まである。


「副署長も一緒に食べましょう」


「え、いや、しかしだな」


 褒美として渡したものに、自ら手を出すことに抵抗がある。


「皆で食べたほうが美味しいですわ」


 そう言われては、断り辛い。

 仄は小さく苦笑いし、長椅子に腰掛けた。


 第六十六魔導官署にて、小さな宴が催された。

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