第28話 彼だけ

「歩きスマホがいけないことだってのは、重々理解しているんだけどよ……」

 彼はよく歩きスマホをしている。そのたびに私が注意するのだが、一向に治そうとしない。



 道すがら、彼から聞いた言い訳はこんなんだった。

「いやな、一回下を向くと前を向くのが怖いんだわ」

 靴紐を結ぼうと下を向くと、もう駄目らしい。


「俺だけにしか見えていないんだと思う。顔を上げたとき、自分の進行方向から毎回同じ女性が近づいてくるんだよ」

 それがどうしたんだ?


「目線を上げるたびに、そいつが少しづつ近づいてくるんだ。俺が見ているときは足を止めているんだけど、一瞬目を逸らすとその間に距離を詰めるんだよ」

 何もしなくても、女性は進行方向にいるもんだから必ずすれ違うんだと。


「で、なにも起こらない」

 ほっと胸を撫で下ろしていると、彼は続けてこう言った。


「この女なんだけどよ……」

 そう言って彼は、目の前の誰もいない空間を指差した。

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