「美少女」なら「みため」と「きゃら」がちがってもいいです、よね?

刹那 マヤ

エピソード1 「美少女」ならどんな「みため」でも「きゃら」でも好きです、よね?

僕たち一年生が私立栄聖学園高等学校に入学してから二週間がたった。

この時期になると次第にお互いの顔も把握してきて徐々に人間関係も出来上がってくる。

生徒の多くがそれぞれ友達と登校している。

そんな中僕自身も小学校からの友達、篠塚 優にあいさつをされる。

「おはよう、千尋。今日もいつもと変わらずぼーっとしているね」

「おはよう、優。朝っぱらから人を馬鹿にして楽しい?」

「悪かった、悪かった、怒るなって。言ってみただけだから。」

穏やかに笑いながら全く悪びれる様子もなく優が謝ってくる。

「別に怒ってないって。言ってみただけだから。」

何でもないといったようなそぶりを見せながら僕も答える。

小学校の時からの友人だけにお互いにある程度性格をわかっているので軽口をたたきあっても嫌な気はしない。

「千尋、高校になって最初のクラスはどう?友達とかできたかい。」

「まあまあかな。優は・・・聞くまでもないか」

痛いところを突かれあわてて優に話を振る。

「うん、こっちもまあまあかな」

優の言う「まあまあ」はクラスの半数ぐらいだろう、篠塚 優は見た目よし、性格よし、成績よし、運動よしのハイスペックイケメンであるから。

一方、僕の方はというと・・・つい流れで「まあまあ」なんていってしまったが実は一人もできていない。

そう、教室での僕ははボッチである。

いや、正確に言えば、ボッチではない。何かあれば話すというぐらいの「知り合い」ならそこそこいるのだが休み時間を一緒に過ごしたり放課後一緒に遊ぶような「友人」がいないのである。

そんなことを考えていると学校の前にある例年よりもだいぶ開花の遅れた桜並木が見えてきた。

「いつ見てもきれいだね。ここの桜は」

「うん、開花遅れすぎだとは思うけどね。。ここで2次元だったら「美少女」と出会うんだろうなあ~」

「相変わらず千尋は突拍子もなく地層を口にするね。」

そういって優は苦笑いしている。我ながらいきなり「何言ってんだコイツ!?」っていう発言をしていると思う。自覚はあるがついつい自分の理想が口から出てしまうことがまれによくある。(言った後現実との差に落胆するまでがセット)ドン引かずに苦笑いで流してくれる優が友達でよかったと心底思う。

「しかし、「美少女」ですか。いままでそういうことには興味なさそうだったのに・・・これまたどういった風の吹き回しで、千尋さん?」

「それは・・・」

「新しいクラスで気になる子でもいた?」

「ち、ちがうよ。そんなんじゃないよ。」

優からの追及に慌てて首を横に振る。我ながら動揺しすぎだと思う。

「千尋焦りすぎ。しかし、あの千尋が・・・いったいどんな子なのかな?」

優が興味深そうにたずねてくるが頭に入らなかった。「その姿」を見て視線を、意識を思わず向けてしまったからだ。


千尋の視線の先にいたのは「美少女」だった。

それも「超」がつくほどの。

茶色のショートヘアに大きくぱっちりとした黒い瞳、制服の上からでもわかる二つのふくらみ、そしてスカートから伸びた真っ白な足、この学校に入学してすぐに学校中にその名が校内中に知れ渡るほどの「美少女」 鈴瀬 千紘である。

例年よりだいぶ開花が遅れたきれいな桜を背に歩く千紘の姿は桜に勝らずとも劣らないほど美しく鮮明で、それでいて儚く通学中の生徒の視線を釘付けにしていた。

そして千尋もまた自分と同じ「ちひろ」という名の少女に目を奪われていた。


「なるほどねぇ~そういえば千尋は同じクラスだったな。」

優が何かを察したかのように「うんうん」とうなずきながら僕のほうを見てくる。

「な、何でもないよ」

僕はあわてて首を振りごまかす。

その後しばらく、優からの追及をうけていたが、そうこうしているうちに教室の前についた。

「んじゃ、俺二組だからまた後でな。」

「うん、また後で。」

優に別れを告げ僕も教室の中に入る。

そのとき、一瞬、鈴瀬 千紘がこっちを見ていた気がするが気のせいだろう。

自分でも自意識過剰だと思いながら僕は一時間目の数学の準備をする。









そして時は経ち昼休み。チャイムがなり生徒たちの話し声が響きだす。

生徒たちは仲のいい者同士席をくっつけたり、あるいはほかのクラスに行き親しき友人と会ったりして昼食をとる。そして千尋もまた昼食を取ろうと自分の席で弁当を開けて耐えようとすると突然、千尋の名を呼ぶ声が教室に響いた。

「千尋きゅんいますか~」

「きゅん?」と教室がざわめく中その声の主、北条 紗雪は千尋に近づいてきた。

そして教室の中の生徒の視線は一斉に千尋のほうに集まってくる。

「千尋きゅん、こんにちは!」

「先輩、その呼び方でからかうのはやめてください!見た目と全然キャラが違う上に思いっきり目立っていますから!」

そういって千尋は自分の先輩に自重するようにもとめる。

「冗談よ千尋君。そんなに怖い顔をしないで。」

そういって紗雪は黒く長いサラサラの髪の毛を揺らしながら「クスクス」と笑っている。

「そんなに目立っているかしら?」

「目立っていますよ。思いっきり!」

そういいながら千尋は慌てて先輩を教室の外に連れ出す。


ちなみに千尋たちが目立っていたのは先輩の言動だけではない。

なぜなら北条 紗雪もまた鈴瀬 千紘と同じく「美少女」だからである。

黒くサラサラの髪の毛、静かにものを見据える赤い瞳、制服のスカートから伸びた太すぎずそれでいてムチムチの足、そしてなにより制服がはち切れんばかりのとても高校二年生のものとは思えない大きな胸、千紘を「美少女」とするならば紗雪は「美女」といったところだろうか。


加えて制服について言うと、千尋達が通う栄聖学園の制服にはブレザータイプのものが二種類ある。一つは濃い緑色のブレザーとズボンに白いシャツと青いネクタイ。もう一つは一つ目と同じく濃い緑色のブレザーに茶色のチェックのスカート。ブレザーの下には白いシャツを着て胸元には青いリボンといった具合である。それに加えてどちらの制服にも合わせられるシャツ上に任意で着用できる薄いベージュのカーディガンがある。ちなみに先ほどなぜ「男子、女子」ではなく「一つともう一つ」という言い方をしたかというと、自由な校風で有名なこの学校では男女で制服が別れている訳ではないからある。つまり極端な話男子がスカートを、女子がズボンを着用することも可能である。まあもっともほとんどの生徒は男子なら前者、女子なら後者を選ぶのだが。


教室の外に出たもののどうしたらいいか分からず千尋が立ち尽くしていると

「どうしたのかしら千尋君?ぼーとして。」

と紗雪が不思議そうに見つめてくる。

「どっ、どうもしてないですよ。」

慌てて千尋はなんでもないといった風に返事をする。

「先輩こそどうしたんですか?急に休み時間に来るなんて。」

「そうだったわ。実は集会委員の部屋を掃除していたのだけれども私ひとりじゃ退屈・・・片付けがはかどらなくて・・・」

「いま退屈って言いましたよね!?嫌ですよどうせまたからかって遊ぶつもりでしょ!」

「そんなことないわ千尋君。ただ片付けするときに反応の面白い後輩の男の子がいたらいいな~って思っただけよ。」

「おもちゃにする気満々ですよね!だいたい人手が足りないならほかの先輩方に頼めばいいじゃないですか。そのほうが委員会に入って一週間の僕より要領よくできるでしょうし・・・先輩、まがいなりにも委員長なんだからそれぐらいできますよね?」

「入って一週間って言っても千尋君とわたしは中等部のころからの知り合いじゃない。

・・・それに中等部の時も集会委員やってたでしょ。」

「そうは言っても中学と高校じゃ勝手が違うじゃないですか。ほら、部室が違ったり・・・権限が違ったり・・・」

千尋のもっともな意見に紗雪は黙る。しかし、沈黙もつかの間、なにかを思いついたかのように顔を上げると笑顔で

「いま必要なのはかわいい美少年なの。」

などと脈絡もなく非論理的に思える言葉を発する。

「っ・・・やっ、やめてくださいよ!確かに、僕は、美少年、ですけれど、それと、部屋の、片付けに、何の、関係が、あるんですか!おっ、おだてても手伝いませんよ!」

・・・彼なりの照れ隠しなのだろうか。なぜか言葉を文節に区切り自画自賛をする千尋に対し・・・紗雪は大真面目な顔で言葉を紡ぎだす。

「いいえ、千尋君、関係なくなんかないわ。例えば千尋君だって見た目以外同じような能力の人が二人いたときにどちらか一人と仕事しろって言われたら見た目のいいほうと仕事をしたいと思うでしょ。」

「それは・・・確かにそうですね。」

「そうでしょう。さらに聞いた話によると、ある大学の研究では職場に美男美女がいると仕事の効率があがるということが分かったらしいわ。つまり私が今美少年である千尋君の力を借りたいと思うことは至極当然のことなの。」

そういって髪の毛を「ふさっ」となびかせて得意げに語る紗雪。そして語り終わると静かにじっと千尋のほうを見つめる。

「・・・わかりました・・・行けばいいんですよね、行けば。」

根負けした千尋はうなだれながら、しぶしぶといった様子で紗雪に答える。

「さすが千尋君、そう言ってくれると思っていたわ。」

紗雪は「にこにこ」というより「ニヤニヤ」しながら上機嫌な声でそういう。

そして小声で「これで千尋きゅんとあんなことやこんなことができる」とつぶやいている声が聞こえてきた千尋だが聞こえないふりをしながら「仕事だから、仕事だから」と心の中でつぶやく。

(まさかさっきのたとえも全部僕を丸め込むためだったんじゃ)と千尋は頭の片隅に思いつつ委員会室への道を上機嫌な先輩ともにゆっくりと歩き出す。







この学校は授業教室のある教室棟、部活動の部室がある部室棟、体育館、そして千尋たち集会委員など委員会室のある多目的棟の4つの校舎によって構成されている。

千尋と紗雪は委員会棟の三階にある集会委員会室の中にいた。

「片付けているっていうから結構散らかっているのかと思いましたけれど、片付いているじゃないですか。」

「いいえ千尋君。今日来てもらったのは資料の整理のためよ。」

そう言って紗雪は机の上にある紙束に手をやった。

「わかりました。でもその前に昼食を食べてもいいですか?まだ食べていないので」

「もちろんよ。私も千尋君といっしょに食べようとと思っていたところだもの。」

そういうと紗雪は千尋が座っているすぐとなりに椅子をもって来て・・・さも当たり前かのように座った。

「紗雪先輩、なんでわざわざとなりにくるんですか?向かいあって食べればいいですよね?」

「だってこっちの方が千尋君の息遣いや身体の温かさを感じることができるじゃない。」

サラッととんでもないことを言いながら紗雪は千尋に近づき僕の腕を身体に寄せる形で抱きついてくる。

当然そんなことをされては紗雪のふたつの柔らかな膨らみの感触が伝わってくる。

千尋は突然のことに緊張しているとさらに紗雪は耳もとで「千尋君・・・」と甘ったるい声を出して耳に息を吹きかけてくる。「ビクッ」とするような刺激的で、それでいてどこか気持ちよさを感じる生々しい感触が千尋を襲う。

「・・・いっ、いきなり何するんですか!」

そう言って慌てて千尋は紗雪の身体をはなす。

「千尋君ったら照れちゃって可愛い・・・っ!?がっ、ガードもかたければ千尋君の千尋君もかたくなっているんだから!?」

途中までは計算通りといった様子で余裕満々で言葉を述べていた紗雪だったが・・・あることに気付き明らかに動揺して裏返った声を上げ目を回し始めた。

すぐには紗雪のセリフの意味が分からず・・・「きょとん」としていた千尋だったが、やがて状況に気付き「あっ・・・」と呟き青ざめながら自分の局部に目をやる。するとそこにはかたくなった自分の「アレ」があった。

一瞬、あたりを沈黙が支配しそうになったが・・・

「わっ、私に興奮しちゃったのかしら?」

と誘惑するようなセリフを顔を真っ赤にして恥ずかしそうな表情を浮かべつつも言う紗雪。彼女の一言によって沈黙は回避される。彼女なりに気まずくならないように気を使ったのだろう。

そんな紗雪を見た千尋は自分気まずくならないようしようと考え・・・なぜ、どうして、その結論に至ったのかはまったくもって不明だが・・・さっきまでとは一転、このタイミングでなぜか開き直って会話の主導権を取ろうと攻勢に出る。

「ええ、そのとおりです。「美人」の先輩に迫られて緊張して興奮しました。仕方ないですよね。男の子ですから。」

「美人」の部分を強調して千尋は紗雪に言う。もちろん千尋とてこの程度で会話の主導権を取れるとは思ってなどいない。やられっぱなしでは悔しいので少し揺さぶりをかけてやろうと思っただけである。しかし紗雪は・・・

「美人ってそんな・・・照れるわね・・・」

などといいながら顔を真っ赤にしながら下を向いている。

「ええ・・・」

千尋は紗雪の予想外の反応に困惑していた。

(前々から思ってたけれど・・・この人もしかしなくてもちょろいんじゃ・・・)

などと思い千尋は紗雪に助言する。

「先輩。」

「な、なにかしら千尋くん・・・」

さっきまでとは違い「にへら」とだらしのない笑みをうかべながら紗雪は答える。

「褒められたからってあやしい写真撮影について行ったら駄目ですよ。」

「どっ、どういう意味かしら・・・?」

「そのままの意味ですよ。先輩、ちょろそうですから。」

「ち、千尋君のくせに生意気ね・・・」

そう言って「むっ」とした表情で紗雪は千尋を見返す。

「それで、資料ってこれですか。さっさと片付けちゃいましょう。」

そういうと千尋は何事もなかったかのように資料に手を伸ばす。

ちなみに集会委員というのは毎月一回ある全校生徒の集まりを取り仕切る委員会である。

本来、生徒会の仕事と思われるかもしれないが、この栄聖学園では生徒会の負担が大きくなりすぎないように別に委員会を設けている。

「そ、そうね!さっさと片付けちゃいましょう!」

そういうと紗雪も千尋とともに手を動かしだす。そこには先ほど一瞬流れそうになった気まずい空気など微塵もなかった。それだけ千尋と紗雪は親しいのである。

そしてそうこうしているうちにもうすぐ休み時間の終わりだと告げる予鈴のチャイムが鳴り響く。

「ありがとう千尋君。おかげで片付いたわ。」

「どういたしまして。それでは紗雪先輩、お疲れさまでした。」

「ええ、お疲れさま千尋君。またいっしょに作業しましょうね。」

そういってお互いをねぎらい千尋と紗雪はそれぞれ自分の教室へと歩みを進めた。













そして、時は過ぎ去り放課後、教室の中の生徒たちの姿もまばらになる中千尋もまた教室を出て帰路につく。

すると校門の前に一人の中等部の制服を着た少女が立っていた。

千尋もちらりと視線をやる。

そしてその少女は千尋の姿をみると「とてとて」と駆け寄ってきた。

よく見るとその少女は千尋自身よく知っている、小学生の時からの知り合いで先輩と後輩の関係である少女、永野 未来であった。

中等部の制服、ネクタイやリボンが青ではなく赤の制服を身に纏った未来が

「千尋先輩、お久しぶりです。未来です。」

と可愛らしく、それでいて丁寧にお辞儀をしてくる。

「未来ちゃん!久しぶり、どうしたの。」

実に三週間ぶりに合う後輩に千尋も嬉しそうに答える。

「はい。先輩が高校に進学してから挨拶がまだだったのでご挨拶をと思いまして。あらためて先輩、入学おめでとうございます!」

そういって千尋に向き直りかしこまりつつも元気良く返事をする未来。

「そんな、わざわざ気を使ってくれなくてもよかったのに」

「いいえ・・・そういうわけにはいきません。それに先輩の顔も久しぶりに見たかったですし。」

そういって未来は少し恥ずかしそうにしながら笑顔で千尋を見つめてくる。

「そういってくれると嬉しいな。未来ちゃんも進級おめでとう。そういえば中等部は社会科見学が中三になってすぐにあるんだったね。楽しかった?」

「はい!楽しかったです。先輩は高校生活どうですか。お友達とかできましたか。」

未来の悪意なき質問に一瞬顔がこわばった千尋だったがすぐに取り直し、

「まあまあかな。優もいるしそれなりに楽しくやっているよ。」

「そういえば優くんも栄聖学園でしたね。挨拶したほうがいいですかね?」

未来は少し悩むように考え出す。

千尋、優、未来の3人は同じ小学校だったこともあり面識がある。というかかなり親しい。

「またの機会でいいんじゃないかな。優、今日は部活見学に行くって言っていたし。」

そういって千尋は悩む未来に声をかける。

「わかりました。またの機会にします。」

そういって未来は顔を上げた。

「それで未来ちゃんは何か用があってきたの?」

「はい。先輩、この後お時間よろしいですか。実は弟の誕生日プレゼントを買いに行きたくて。」

そういって未来はなにかを期待するような目で千尋を見上げる。

「うん。特に用もないし、いいよ。」

と千尋が言うと未来はぱっと顔を上げ嬉しそうに笑って

「ありがとうございます!」

といった。

瞬間、千尋は頭の中で思考を巡らせ始めた。

(あれ・・・これって制服デートなんじゃ・・・いやいやいや、確か「デート」の定義は仲の良い男女が待ち合わせをして出かけるだったはず。確かに僕と未来ちゃんは仲のいい男女だけれどそういう関係じゃないしなにより待ち合わせしてないし・・・そうだ、これはデートじゃない、デートじゃない)

などと考えていると不思議そうにしていた未来が

「先輩、どうしたんですか?早く駅に向かいましょう」

と言ってくる。

あわてて千尋は我に返り、

「ごめんごめん。そうだね行こうか」といって歩き出す。

しかし、歩いていくうちに千尋は生徒たちの視線がこちらに集まってくるのを感じた。

やっぱりか・・・と千尋は心の中でつぶやく。なぜなら・・・、


永野 未来もまた鈴瀬 千紘や北条 紗雪と同様「美少女」だからである。

美しい銀髪をツインテールに結った髪に、吸い込まれるような藍色の瞳、小さいながらも確かに存在を主張する胸の二つのふくらみ、そして肩から足の先までの抱きしめたら折れてしまいそうな細く儚い体つき。小柄で小学生のようなその見た目は「美少女」というより「美幼女」といった様子である。


「先輩、さっきから人の視線を感じるんですが・・・」

「マッタクナンデダロウナー」

(いや、そりゃそうだろ・・・未来ちゃんのような美少女が男と歩いていたら誰だって見るしなんなら嫉妬の視線を向けるまである。)とはいえずに千尋はとぼける。

「先輩、少し近づいてもいいですか・・・さすがに少し視線が気になるので・・・」

そういって未来は千尋の腕にぎゅっと抱き着いてくる。

「ええ!?未来ちゃん!?」

突然のことに千尋は驚き変な声を上げる。

(やばいやばいやばい・・・未来ちゃんあったかい・・・それにささやかだけれどやわらかいおっぱいが当たって気持ちいい・・・じゃなくてまずいでしょ!どう考えても逆効果っでしょ!)

千尋は柔らかな感触に対する興奮と小さな女の子にイケナイコトとを考えてしまっている背徳感が入り混じって思わず未来に声をかける。

「未来ちゃん、少し離れてくれないか。」

動揺のあまり千尋がそういうと未来は悲しそうな表情を浮かべ、

「先輩は未来にくっつかれるのが嫌ですか?」

と明らかに落ち込んだ言って千尋から離れた。

「いや・・・いやってわけじゃなくてその・・・はたから見てると僕たちカップルに見えるからさ・・・さっきから視線が集中しているのもそのせいだと思うし・・・」

そういって千尋はあわててフォローを入れる。すると未来は

「先輩は未来と恋人に見えるのが嫌なんですね・・・」

と言ってますます元気をなくししょんぼりとしてしまった。

「いやそうじゃなくって・・・未来ちゃんが僕なんかと恋人だと思われると嫌なんじゃないかって思って・・・」

言葉の綾というものだろう。千尋が何とか弁明する。

「そっ、そういうことなら未来は大丈夫ですよ。先輩のことすっ、好きですし・・・」

顔を上げ千尋に向き直り健気な様子でサラッとすごいことを言ってのけた後輩に千尋は一瞬動揺するが・・・

「そうだね。未来ちゃんが僕を先輩として好きでいるように僕も未来ちゃんのこと後輩として好きだよ」

と言って千尋は受け流す。

(危ない危ない。「好き」とかいうから勘違いするところだった・・・)

そんなことを考えつつ未来のほうを向くと・・・未来はいまにも「うわー」と声を出しそうな呆然とした表情を浮かべていた。

「・・・千尋くん・・・今のはちょっとないです。」

そういって未来は「ぷいっ」とそっぽを向いてしまった。

「・・・未来ちゃん、もしかして怒っている・・・?」

(何かまずいこと言ったかな・・・というかなんで小学生の時の呼び方になっているの?)などと考えながら千尋が恐る恐る尋ねると

「別に・・・怒っていません。ただ未来が勝手に期待して勝手に失望しただけです。」

そういって珍しく不機嫌な後輩はスタスタと歩き出した。

(未来ちゃんやっぱ怒っているよな・・・何とか機嫌を直してもらわないと・・・)

そう思いながら千尋は未来の後を追いかける・・・










歩くこと二十分。駅前のショッピングモールについた千尋と未来は、未来の弟の誕生日プレゼントを買うため、ショッピングモールの中を散策する。

「それで未来ちゃん、その弟って何歳ぐらいなの」

千尋はプレゼントのアドバイスのために未来の弟のことについて尋ねる。

「今年で十四歳です。中学二年生になりました。」

そういう未来の横顔は二十分ほど前の不機嫌さはなく、いつもの健気さに満ちていた。

(よかった。未来ちゃん機嫌直してくれたみたいだ。)

と思った千尋だったが・・・

「それにしてもいいですよね・・・こういう場所は。何せプレゼントを選びにきた恋人たちがたくさんいて仲睦まじそうで」

その未来の言葉を聞き千尋は周りに目をやる。

さすがショッピングモールというだけあって老若男女問わず様々な人がいるが今日が金曜日ということもあってか、男女二人の学生やサラリーマンたちの姿も散見された。

(やばいよ・・・これ絶対未来ちゃん拗ねちゃっているやつだよ。まあ、拗ねた姿も可愛いんだけれど。)

などと千尋が反省しているのかしていないのか怪しいことを考えていると、

「先輩は私の「恋人」ではなく「先輩」ですもんね。「先輩」としてプレゼントのアドバイスを未来にお願いします。」

などといい顔にこそあまり出していないもののあからさまに不満を含んだ声で千尋にお願い?をしてくる。

「つつしんでお引き受けさせていただきます、お嬢様。」

そう言って千尋は未来に向かう。

「いきなりどうしたんですか?からかっているんですか?まあ、先輩が執事になってくれるのは少しだけ嬉しくないこともないですけれども・・・」

そう言って未来は何かを考え出すがすぐに顔をあげると・・・

「先輩。」

「なんだい、未来ちゃん、じゃなくて・・・なんでしょうか、お嬢様。」

「手をつないでください。」

「かしこまり・・・って、何言っているの未来ちゃん⁉」

「手をつないでください。お願いします。今だけでいいですから。」

そう言って未来は手を差し出してきた。

千尋が躊躇していると、

「つないでください。それでさっきの件は水に流しますから」

そう言って未来は千尋の手を「ぎゅっ」と強すぎずない力でしっかりと握ってくる。

(あっ、未来ちゃんの手温かい。すべすべして気持ちいい。)

などと煩悩にまみれたことを千尋が考えていると

「先輩、見てください、ソフトクリームです。」

そういって未来は「ぐいぐい」と千尋の手を引っ張ってくる。

「そうだね、あれは和製英語でソフトクリームと呼ばれている食べ物だね。」

引っ張ってくる未来をなだめるように千尋が言う。

「そうだね、じゃないですよ!甘いものを前にして興奮しないなんて!」

そういって未来は心底驚いたような顔で一歩前に出て千尋を見つめてくる。

体を「ぐいっ」と近づけられた千尋は動揺する。なぜなら未来の体からソフトクリームよりも甘い女の子特有の「ふわっ」としたいい匂いが漂ってきたからである。

「未来ちゃん、近い近い!」

そういって千尋が手を「パタパタ」とさせると未来は自分がまるでキスするような体制になっていることに気づき慌てて顔を離す。

「ご、ごめんなさい。つい興奮してしまいまして。」

そういいながら未来は恥ずかしそうに頬を赤らめうつむく。

「あ、謝ることじゃないよ。ただちょっとびっくりしたというか・・・」

(いい匂いがして心地よかったというか・・・)

などと思春期の男の子らしい感想を千尋が考えていると

「と、とにかく未来はあれを買いたいです。というか買います!」

といつになく強い口調で言う未来に千尋も

「そうだね二人で買って食べようか」と答える。

そして二人は店の前に行き、

「先輩、未来はバニラ味がいいです。先輩はどうなさいますか?」

「僕もバニラ味でいいかな。」

「だめですよ。先輩は未来と違う味にしてください。」

「聞いといてダメだっていうの!?」

結局未来ちゃんはバニラ味、僕は抹茶味を購入して近くのベンチに座る。

「それでは先輩、食べさせあいっこをしましょう。」

「これまたベタな展開だな!!!」

(いや確かに違う味を買えって言われた時点で少し考えたよ。考えたけれどもこうも想像通りだと逆に反応に困るというか・・・)

「どうしたんですか先輩、早く未来の口に先輩のソレを突っ込んでください♪」

などと意味深な言い方で未来は物欲しそうに千尋の顔を見つめてくる。

「未来ちゃん!なんかキャラ変わっているよ!」

「変わってなんかないですよ。それとも未来のミルクで攻められるほうが好みですか?」

そういって未来は千尋の口元に白い塊の乗ったスプーンを近づけてくる。

「ストップ、未来ちゃん。それ以上未来ちゃんみたいな小さな女の子が意味深なこと言ってると一緒にいる僕が社会的に死んでします。」

(ああ、でもなんでだろう。なんでか分からないけど少し興奮する・・・)

またしても千尋が煩悩にまみれたことを考えていると、

「でも先輩、そんなこと言って心の中ではこんな小さくてかわいい女の子にエッチなこと言わせているっていう背徳感にぞくぞくしているんですよね♪」

などとまるで千尋の心の中を見抜いたかのような鋭い返しを小悪魔的な笑みを浮かべて楽しそうに、というか若干おかしなテンションで言ってくる未来。

「なぜばれたし!というか言わせてないし!」

慌てて弁明?をする千尋。すると千尋がしゃべるために口を開けた一瞬を突きスプーンを口の中に入れてくる未来。

「どうですか先輩。おいしいですか?」

そういってさっきまでの様子から一転、様子を窺うように千尋を見つめる未来。

「んっ・・・うん、普通においしいね。」

「えへへ・・・よかったです。」

(よかった、未来ちゃんいつものテンションに戻ったみたいだ。)

などと千尋が安心していた次の瞬間・・・

未来は千尋がくわえたスプーンを自分の口の中に入れ「ぺろぺろ」となめまわす。

「えへへ・・・千尋先輩と間接キス・・・最高です・・・」

などといって変態的行為に走る未来。

さすがの千尋もこれには唖然としていると・・・

「どうしたんですか先輩。黙りこくって。あっ、もしかして未来のナカを先輩のねばねばした液で汚した喜びに浸っているんですか?エッチですね♪」

「さすがにそんなことは思ってないよ!というか意味深な言い方しないで!」

・・・などと話しながら二人はソフトクリームを食べ終えた。

そしてソフトクリームを食べ終えた未来は「ふわふわ」した満足そうな笑顔を浮かべていたが・・・

やがて我に返って自分がした数々の問題発言を思い出し「かあぁ」と顔を赤らめしばらく恥ずかしそうにうつむいていた。

つかの間の沈黙が場を支配したが、やがて未来が顔を上げ千尋に向き直るとまだ恥ずかしそうにしながら

「先程はすみません先輩、未来は興奮するとエッチな女の子になってしまうんです。」

と言って未来は「ペコリ」と千尋に頭を下げる。

「もういいよ、そのことは。」

しかし未来は不安を抑えきれないのか

「未来のこと嫌いになりましたか?」

と聞いてくる。その顔はいつになく不安そうで、今にも泣きだしそうな表情だった。そんな未来に対して千尋は・・・

「とんでもない!未来ちゃんみたいな純真無垢そうな女の子が実はエッチだなんて最高じゃないか。」

と心の底からの本音で答える。

そう、霞 千尋は「見た目」と「キャラ」にギャップがある「美少女」も、ギャップがない「美少女」も大好きなのである。というか割と面食いなのである。

それを聞いた未来は安心したのか嬉しそうに目を輝かせて

「よかった・・・やっぱり先輩は優しいんですね。そんな先輩のこと好きです。」

と千尋同様心の底からの本音で答える。

そして先ほどの続きというように未来が「ぎゅっ」と千尋の手を握ってくる。

「・・・好きって言ってくれてありがとう未来ちゃん。素直にうれしいよ。それじゃあプレゼント探しを再開しようか。」

未来の言動にドキドキしている内心を隠し、あくまで平静を装って言葉を返し歩き始める千尋であった。


しばらく歩いてエスカレーターで上の階に移動した後に

「先輩はどんな物をもらったら嬉しいですか?」

ふと未来が千尋を見上げて尋ねてくる。

「僕はどんなものでも心のこもったものなら嬉しいかな。こういうのは何を渡すかじゃなくてどんな思いをこめて渡すかが重要だと思うから。まあ強いていうなら長く使えるものだと嬉しいかな。」

「長く使えるものですか・・・腕時計とかですかね?」

そういって未来はこの階層のメインのひとつである腕時計売り場をさし示す。

「腕時計か。悪くはないけれど、値段がピンキリだからちょうどいいものを見つけるのが難しいかもね。」

と千尋は売り場に並べてあるさまざまな値段の腕時計を見ながら言う。

「むうぅ・・・先輩さっきは値段じゃないみたいなこと言ってたじゃないですか.」

そういって未来は千尋の顔を不満気に見上げてくる。

「そうはいっても多少はね。それに腕時計だと長くは使えるけれど普段使わない時が多いかもしれない。」

千尋はその場にあった腕時計を手に取り、腕につけたりしながらこたえる。

「っ・・・」

そこで何かに気付いたかのように一瞬表情を硬くする未来。

「未来ちゃん?」

「ふふっ、何でもないです♪それよりどうしてですか?」

「う、うん?だって、今の時代みんなケータイやスマートフォンを持っているでしょ。そうすると時計としての機能はそれで代用できるから腕時計を持つ意味っていうのはファッションのためってことになるけれど、中学二年生の男の子がそこまで見た目に、ましてや腕時計の有無まで気を遣うかっていうと微妙なところでしょ。まあもちろん個人差はあると思うけれど。」

そういって千尋は手に取っていた腕時計を元の場所に戻す。

「なっ、なるほど・・・確かにうちの弟も特別おしゃれなタイプではないですし結局使わないで置物になりそうですね・・・」

未来は「うーん」と考え込むようにうなりだす。

「先輩からは何かいいアイデアありますか?」

未来が千尋の顔を覗きながら尋ねる。

「そうだね。僕なら財布とかにするかな。」

「財布ですか。どうしてですか?」

「財布なら汚れてしまっても長持ちするし普段から絶対に使うから時計と違って置物にもならないし、値段も腕時計より割と低めな範囲で幅広く存在するからね。」

そういって千尋は未来に年季の入った皮の財布をみせる。

「なるほど、財布ですか・・・盲点でした。わかりました先輩の言った通り財布にします。アドバイスありがとうございます。」

未来はうれしそうに頷く。

「買う場所はさっき通り過ぎた小物屋さんがいいと思うよ。」

といって、千尋は右側の道の先にある一つの店を指し示す。

「ありがとうございます先輩。それではあのお店に行ってみましょう。」

千尋と未来は小物屋の中に入る。

そこはテーブルの上にアクセサリーやポーチ、財布などが並べられたこぢんまりとした店だった。

「雰囲気のいいお店ですね。」

「そうだね、財布は・・・あっちにまとめてあるね。」

千尋と未来は奥のテーブルに向かう。

そこにはさまざまな色の布や革で出来た財布がたくさんあった。

「沢山ありますね・・・これだけあるとどれにしたらいいか迷いますね・・・」

そういって未来は千尋のほうに目を向ける。

すると千尋は「ううむ」と難しそうな顔をしていたがやがて「よし」という風に顔を上げた。

「先輩?」

「んっ、ああごめんね未来ちゃん。少し考え事をしていたんだ。」

「考え事、ですか?」

「うん、財布の選び方についてだよ。」

「はて?」といった表情で千尋を見る未来に千尋は・・・

「弟君は何か部活とかやってる?」

「はい、サッカー部に入っていますけど・・・それがどうかしたんですか?」

いまいち話が見えてこないといった風な未来に千尋は、

「それなら、革の財布で色が濃いものがいいと思うよ。」

と説明する。

「それなら、ですか?いまいち関連がわからないです。」

ますますわからないといった未来に千尋は

「サッカー部ってことはグラウンドで練習するでしょ。そしたらそこに財布を持っていくわけだから砂埃とかが舞った時のことを考えたほうがいい。そしてそれを考えるなら布より砂が付きにくい革、なおかつ付いても目立たない恋色の財布がいいってわけ。」

と自分の考えを説明する。

「なるほど、それなら弟のためになるし、こちらとしても候補がある程度絞られた中で選べるので選びやすいですね。さすが先輩です。」

未来は心底感心したというような表情で千尋を見つめる。

「そんなに大した事じゃないよ。」

千尋は思ったことを口にする。すると・・・

「はぇー、先輩そこは「それほどでもあるよ」とか言わないんですね。てっきり先輩のことだからドヤ顔でもしながらそう言うのかと思いましたよ。」

と未来が心底驚いたというふうに目を見開きながら千尋を見つめる。

「いや、本当に大した事じゃないから大した事じゃないって言っただけだよ。大した事ならドヤ顔してるね。」

後輩の驚きの視線を感じながら千尋は苦笑いしながら答える。

「なるほど・・・ただのナルシストではなかったんですね。」

「どういう意味⁉」

後輩、もとい未来のナチュラルに失礼な発言に先輩、千尋は動揺する。

「さあ?どういう意味でしょうね?」

慌てる千尋を片目に未来は「くすり」といたずらっぽく微笑む。

「そんなこと言われるとますます気になるなぁ・・・」

楽しそうに笑う後輩に相変わらず苦笑いしている千尋。

この二人は割といつもこんな感じである。

そしてそれはお互いがお互いを信頼しあっているからできる会話である。

そして未来は千尋との距離を一歩詰めて・・・

「ふふっ。未来のこともっと知ってくれたら未来の先輩に対する気持ち、教えてあげてもいいですよ。でも今はまだ・・・ヒミツです♪」

そういって千尋を見上げながら口の前で右手の人差し指を立て片目をつぶりながら千尋に微笑む。ウインクである。

(未来ちゃんあざとい!あざと可愛い!自分が可愛いのわかっててやってそうだけどそこがいい!いやでも未来ちゃん変なところで抜けているから案外素かもしれない・・・それはそれでいい・・・)

計算しているのか素なのか分からない小悪魔な後輩に魅了される千尋。未来の術中?である。

そして、千尋が魅了されている間にも未来は会計を済ませ無事財布を購入しそれぞれの帰路に就くため駅の前に向かう。

「先輩、今日はありがとうござしました。おかげでいい買い物ができました。」

そういって未来は満足そうな笑みを浮かべてくる。

「いやいや。こちらこそ楽しかったよ。」

千尋も思ったことを素直に口にする。

「それで結局未来ちゃんは紺色を選んだんだね。どうして紺にしたの。黒とかでも良かったのに。」

千尋はふと疑問に思ったことを口にする。

「紺だとまずかったですか?」

未来が聞き返す。

「いや、まずくはないよ。ただ純粋に気になっただけ。」

「・・・。それは・・・」

なぜか未来が言いよどむ。少し笑いをこらえているようにも見える。

(あれ、何かまずいこと言ったかな?)

千尋はそんなことを思って考えてみたが思い当たる節がない。一方の未来は「にこにこ」いや「ニヤニヤ」といったほうが適切であろう、そんな感じの笑みを浮かべ言葉を続ける。

「それはですね・・・強く印象に残ったから、です♪」

未来は「残ったから」と「です♪」の間に意味深に一呼吸置き千尋に笑みを向ける。

「印象に残った・・・?どういうこと・・・?」

千尋は未来の意味深な言動を読み解こうと必死に頭を働かせるが答えは出ない。

「わかんないや。もうちょっと分かりやすく話してほしい、かな?」

千尋は謎解きのヒントを求めるように未来に言う。

「そうですね・・・未来的にはもうちょっと先輩を困らせて遊ぶのも楽しいのですが・・・もうそろそろ駅に着くので長くはできませんね。仕方ないので大ヒントをあげます。

先輩、今日、未来と会う前にお手洗いに行きましたね?」

「お手洗い・・・そりゃあ行ったけど・・・それがどうしたの?」

「小さいほうですよね。」

未来は「キッパリ」と言い切る。

(あれ、なんで断定されているんだ・・・同じ教室にでも通っているならまだしも未来ちゃんは中学生だから僕の高校でのトイレ事情がわかるわけないのに・・・落ち着け、よく考えろ、考えるんだ・・・紺色、トイレ、小さいほう・・・・・・あっ・・・)

「何か」に気がついた千尋はそっと目線を下に下げる。その先にある「ソレ」は下がっていた。「ソレ」・・・つまり「ズボン」の大事な大事なファスナーが下がっていた。全開であった。

「・・・いつから気づいていたの・・・」

千尋は慌ててファスナーを上げ顔を真っ赤にして未来に問いかける。

「時計売り場で先輩が時計を付けて腕を下げたとき、ですかね。目線が下に言ってその先にちょうど紺色の大事な大事な布切れが見えたのです♪」

無論、制服のズボンではない。栄聖学園のズボンは黒である。

「何で教えてくれなかったの!」

千尋が珍しく語気を強めて言う。未来を責めているのではない。彼にしては珍しく本気で恥ずかしがっているのである。

「それは・・・教えないほうが面白いから、です♪」

未来は少しも悪びれる様子もなく満面の笑みで答える。

「み、み、」

「み?」

「未来ちゃんのドS!小悪魔!美少女!」

「全部、ほめ言葉です♪」

興奮してほめているのか糾弾しているのかわからない言葉を発する千尋とその様子を強い底楽しそうに見る未来。完全に未来のペースである。

そうこうしているうちに駅に着いた。まだ恥ずかしがっている千尋に未来は、

「先輩、駅に着きましたよ。もじもじしてどうしたんですか?トイレ、いきます?」

と気の利いたことを気の利いていないタイミングで言う。

「未来ちゃんわざと言ってるでしょ!」

「さあ、どうでしょうね?」

わざとである。

「どうしてそんなにサディストなの!」

言うまでもなくドSのSはサディストのSである。

「どうしてって言われても・・・好きな先輩には意地悪したくなっちゃうから、ですかね♪」

「質問の答えになってないよ!先輩として慕ってくれているのは嬉しいけど未来ちゃんの考えは分からないよ!」

千尋の言葉を聞いた次の瞬間、それまで上機嫌だった未来の笑顔が「ピキッ」と凍り付く。

「・・・わかってないのは千尋くんのほうです・・・」

一瞬にして変わる未来の雰囲気、そして何よりどこから出しているのか分からないどす黒い声に千尋は戦慄する。

(あれ、もしかして僕また未来ちゃんを怒らせちゃった?なんか地雷ふんじゃった?)

踏みまくりである。特大の地雷である。

「あ、あのっ、未来さん?」

千尋が顔色を窺うように未来に小声で言う。

「・・・未来もわかりましたよ・・・」

「な、なにがでしょうか・・・?」

「千尋くんが未来の気持ちにこれっぽっちも気づいていないことに、です!」

未来は今にも泣きだしそうな表情で思わず大声で叫ぶ。

当然、駅の中でそんなことをしたら人々の視線が一気に集まる。さらには・・・

「あれなんだ・・・もしかして高校生が小学生をいじめているのか?」

「警察に通報したほうがいいかしら?」

などとあらぬ誤解が広がっている。

(え、なに、いやいやどうしてそうなるんだよ。小学生が制服着ているわけない・・・いや待てよ、私立の小学校だとあり得るのか・・・うん普通にありえるね失念してた・・・ってのんきに考えている場合じゃない!)

「と、とにかく落ち着いて未来ちゃん!いや落ち着いてください未来さんお願いします!このままだと僕が社会的に死んでしまいます!」

千尋は早口で未来に言う。

「はっ!ご、ごめんなさい。つい大声出しちゃいました。」

未来は「しまった」という様子で千尋に言う。

「いや、理由はわからないけれど怒らせたのは僕にも原因があるわけだし・・・謝らなくて大丈夫だよ。」

「そっ、そうですよ。先輩だって悪いんですからね!鈍感なのは大罪だと思います!」

「鈍感・・・?」

「そうです鈍感です!ま、まあそんな一面も魅力的というかなんというか・・・」

「鈍感が魅力?話が見えないぞ?」

「人を好きになると少しの欠点ぐらいなら魅力に見えるということです!」

未来は「よくわからない」といった様子の千尋に力説する。

「と、とにかく先輩はもうちょっと考えてから発言してください!」

「善処します・・・」

と、まあそんなこんなで別れの時を迎える二人。

「それでは先輩、デート、ありがとうございました。」

(やっぱりデートだったのか!)

未来に「デート」だとはっきり告げられ千尋は思わず赤面する。

「どうしたんですか、急に顔を赤くして?それじゃあまるでデートだと気づいていなかったみたいじゃないですか。」

図星である。

「い、いや、何でもないよ。それじゃあ未来ちゃんも帰り道気を付けてね。」

千尋は慌てて答える。

「はい、先輩も。それではさようならです。」

「さようなら、未来ちゃん。」

お互にあいさつを済ませそれぞれの駅のホームへ向かう。

そしてお互いの姿が見えなくなる直前

「先輩!」

未来が千尋を呼び止める。

千尋が足を止め振り返ると

「また一緒にデートしましょうね!」

そこには純真無垢な天使のような笑顔ではにかむ未来がいた。

千尋と目が合うと未来は恥ずかしそうにそそくさと駅のホームに駆け上がっていった。















「ただいまー」

僕は家の鍵を開けていつものように挨拶をする。

「おかえりなさい、ディア マイ お兄ちゃん!」

するといつものように可愛らしいセーラー服を身に纏った僕の妹、霞 ゆずが元気よく笑顔で出迎える。

「ただいま、ディア マイ シスター ゆず」

ゆずの口調に合わせて僕も改めて挨拶をする。

「というか、ゆず。なんで「ブラザー」じゃなくて「お兄ちゃん」なんだ?」

僕は思った疑問を素直に口にする。

「それは・・・だって「お兄ちゃん」って呼び方のほうが萌えるじゃないですか。ここは譲れないです!」

真剣な表情でゆずは答えてくる。

「いったい何と戦っているの、ゆず?」

僕はくつをそろえながらこたえる。

「何でもいいです!それよりお兄ちゃん、ごはんできていますよ。」

ゆずが僕をリビングに連れて行こうと腕を引っ張る。

「わかった。荷物を置いたらすぐ行くよ。」

僕は二階の自分の部屋に向かうため階段に向かいながら答える。

「わかりました。待っています!」

ゆずはリビングに「スタスタ」と向かっていく。

(さてと・・・荷物を置いてリビングにいこう。)



僕の家は四人家族だ。父と母と僕と妹の四人で暮らしているのだが・・・仕事の都合で父と母はよく家を空けているので実質妹のゆずと二人暮らしのような状態である。

「おまたせ、ゆず。わざわざ待っていてくれてありがとう」

僕はゆずにお礼を言いながら自分の席に座る。

「いいってことですよ。お兄ちゃん。」

そういってゆずも僕の向かいの席に座る。

「いただきます」

二人同時にあいさつをして食事を始める。

ちなみに家事全般はほとんどゆずがやっている。

当然僕も「手伝う」というのだがゆずは「いいです。ゆずが好きでやっているのですから。そのかわりお兄ちゃんは元気なお兄ちゃんでいてくださいね。」というので全部任せてしまっている。

自分より一つ年下の中学三年生でありながら学業と両立して家事をこなすのは素直にすごいと思うしありがたいことである。


ちなみに霞 ゆずも「美少女」である。

黒髪のショートヘアに、黒く輝く瞳、年相応の胸に、肌色の健康的な足、そしてなによりかわいらしい八重歯。総じて快活な少女という印象を与える見た目同様明るく元気な面白い千尋の自慢の妹である。


僕たちは別に普段食事中に話さないというわけではないのだが、今日は黙々と食事を済ませた。

そして僕たち二人で「ごちそうさま」の挨拶を済ませると、まるでそのときを待っていたかのように

「それで、お兄ちゃん。今日はどうして帰りが遅くなったんですか。」

とゆずが興味津々といった様子で尋ねてくる。

「ええと・・・」

ゆずから聞かれ僕は返答に詰まる。

ゆずは僕とは違う高校に通っているのでこのようにお互いに学校であったことを報告しあうのが日常である。

僕が返答できずにいると追撃と言わんばかりにゆずが質問を続ける。

「もしかして女の子ですか?」

そういうゆずの目からハイライトが消えたのは気のせいだと思いたい。

「お兄ちゃん・・・」

ゆずが返事を催促するように視線を向けてくる。

「こ、後輩の子といっしょに誕生日プレゼントを選んでいただけだよ!」

僕は目をそらしながら答える。

「なるほど。だいたいわかりました。後輩の可愛い感じの美少女とデートしていたんですね。」

「エスパーなの!?」

妹の鋭すぎる推測に僕は思わず突っ込む。

「どうしてバレたの!?」

「だってお兄ちゃんさっきゆずが質問したとき一瞬鼻の下伸ばしていましたもん。」

さも当たり前であるかのようにゆずは答える。

「いやいやいや。それで女の子だってわかってもどうして可愛い感じの子だってわかるのさ。」

僕は思ったことをそのままゆずに投げかける。

するとゆずはため息をつきながら

「そんなの簡単ですよ。だってお兄ちゃん面食いじゃないですか。」

「へ・・・」

「何腑抜けたような顔しているんですか。まさか自覚なかったんですか。」

僕は衝撃の事実を突きつけられ驚く。

「いや、全く気が付かなかった。」

だが思い返してみると思い当たる節はあった。

紗雪先輩や未来ちゃん、ゆずたち「美少女」相手だとついつい鼻の下を伸ばしてしまうし鈴瀬さんを目で追ってしまうのもその見た目が好みな面が大きい。

「あ~。いわれてみればそんな気がするかも。」

そういって僕はゆずのほうを見据える。

「そうですよ!暇さえあれば、歩いている女子中学生を見つめているのだってゆずは知っています!」

ゆずは腕組みしながら僕のほうをジト目で見つめてくる。

「ええ・・・そこまで露骨だったかな・・・」

「ええ、そうですとも!だってゆずと一緒に駅に行った時だってゆずのほうには目もくれず、制服の子たちばっかり見てたじゃないですか!しかも挙句の果てには、ゆずと同じ学校の子たちにまで目を向けているじゃありませんか!」

腕組みを続けたままゆずは興奮気味に言ってくる。

ちなみにゆずは中高一貫の女子校に通っている。

「それは悪かったね・・・って、ゆずは結局何に怒っているの?」

「ゆずの制服姿でお兄ちゃんがドキドキしなかったという事実です!」

「怒るとこそこ!?」

「そうですよ。まったくお兄ちゃんはほかの子にばかり興味を持ってゆずにはちっとも興味を持ってくれないんですから。」

「ええと・・・ゆずさんの制服姿も素敵でした。」

「いまさら言っても機嫌直しませんよ。さすがにそこまでちょろくないです。」

そういってゆずは不満気な顔をしている。

「ええっと・・・ゆずさん。それではどんなことをしたら許してくれますか?」

僕はゆずの機嫌を窺うように尋ねる。

「今からゆずと遊んでください。それで許してあげます。」

「そんなのでいいんだ!?」

「どうしますか?「ショドウバース」で対戦するか「家猫プロジェクト」で協力プレイをしますか?それともスイッチで「スラッシュブラザーズ」をやりますか?」

僕は一瞬迷ったが、

「じゃあ「スラッシュブラザーズ」にしますか」

そういってを対戦をするために僕はスイッチを起動する。

「わかりました。勝負です、お兄ちゃん。」

ゆずが真剣な表情で言ってくる。

「手加減なし、全力で行くよ!」

かくして、僕とゆずによる「スラッシュブラザーズ」真剣勝負が始まる・・・

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