第9話 お尻を叩く女
テレビはその大画面に異世界の有様を映し出している。
「すごい急斜面だね~ ! 」
「ああ……傾斜角は何度くらいだろうな…… ? 」
「測ってみたら~ ? 分度器持ってない~ ? 」
「……分度器なんて中学を卒業した時に処分したよ。一生使うことはないと思って」
あまり数学が得意ではない夕夏は、嫌なことを思い出したのか、苦々しい顔。
「え~ !? 大人になっても使う機会はあると思うよ~ ! 」
「ないだろ。例えばどんな時に使うんだよ ? 」
「えーと、新聞記者は『記事に角度をつける』って言うから、そういう時に使うんじゃないの~ ? 」
「それは実際に測って角度をつけてんじゃない ! 事実を捻じ曲げてフェイクニュースを創作してるだけだろ ! 」
社会問題にもなった大手新聞社から出た言葉を変に憶えていた詩に、夕夏は激昂した。
『そんなことより、布陣が完了しました。今ならまだ構成を手直しできますが、どうしますか ? 』
二人の指のリングがそう告げた。
「もう崖の上に着いたんだね~。やっぱり兵士同士で『押すなよ ! 絶対押すなよ ! 』とかやってるのかな~ ? 」
「さすがにこんな命のかかった場面じゃやらないだろ……。いや、でもどんな集団にもかならずお調子者はいるからな……」
「そうだよ~。
詩は、お笑い芸人を目指している、いつも賑やかで小柄なクラスメイトの名をあげる。
「ああ……やりかねないな。彩矢だったら……」
夕夏は苦笑する。
『ちなみにマルガリータ姫の前でそんなことを言えば、崖から落ちるどころか命を落とすでしょうね。彼女は戦場でふざける者が大嫌いですから』
「ひぇ~ ! 軍律が厳しすぎる~ ! 」
「冗談がまるで通じないタイプか……。あれ ? 」
「どうしたの~ ? 」
「いや……この部隊の並び方……おかしくないか ? 」
「そう ? 」
二人は改めて画面を見やる。
そこには部隊の並びが表示されている。
先頭がマルガリータとベニャト、そして歩兵 80 名の後ろに弓兵が 20 名。
窮屈そうに崖の上の開けた場所に身を潜めている。
「弓を使う兵隊さんは遠くからでも攻撃できるから、後ろの方にいるんじゃないの~ ? 」
詩は弓をひく仕草をしてみせながら言う。
「確かにそうだけどさ……。この場合は奇襲を崖の上から仕掛けるんだから、まずは弓で射かけるのもいいんじゃないか ? 」
夕夏は首をひねる。
『いいところに気が付きましたね。マルガリータ姫には彼女なりの理由がありますから、それを聞いて、改めさせるかどうか判断してください』
そんなリングの音声とともに、画面は崖の上のマルガリータとベニャトを映す。
『……この急斜面だ……。兵どもが怖気づかなきゃいいが……』
『安心しろ ! ちゃんと策がある ! 』
得意げに胸を張るマルガリータ。
「……『知略』のステータスが『 3 』しかないくせに、なんでこんな自信満々なんだ…… ? 」
夕夏は小さく溜息を吐いた。
「でも~知性じゃなくて野生の本能で正しい戦術を嗅ぎ分けてるのかもしれないよ~ ! 」
詩が画面の向こうで、今や重い金属の鎧を脱ぎ捨て、厚手の服だけとなった歴戦の戦姫をフォローした。
『……一応聞きましょうか。どうやって兵を奮い立たせる気なんだ ? 』
『ふふふ……簡単なことだ ! 臆して崖を下りない兵は最後尾の弓兵に撃たせるのだ ! そうすれば嫌でも崖を駆け下りて突撃するであろう ! 』
「……背水の陣ってレベルじゃないぞ…… ! 」
「猛将すぎる~ ! この人、絶対軟弱な人間の気持ちなんてわからないよ~ ! 国王になったら
日本の薩摩藩の八公二民という重税すら軽く超えてきそうなほど、マルガリータは苛烈であった。
そんな彼女をベニャトは青ざめた顔で見やる。
「さすがにベニャトもドン引きしてるな……」
「今の心の声って見れないの~ ? 」
『見れますよ』
詩の余計な好奇心から出た言葉に、リングが応え、画面はベニャトのステータスを映し出す。
ベニャト「相変わらず無茶苦茶だ……。崖を駆け下りて突撃してもほぼ死ぬ。崖を下りなくても死ぬ……。多くの兵が死ぬだろう。きっと俺も……。だが……マルガリータ様の
「ベニャトォォォォオオオ ! 」
「ひぃ~ ! 開けちゃダメな心の扉が開いちゃったみたい~ ! 」
二人は頭を抱えて絶叫した。
その後、彼女達は話し合い、前衛に配置した弓兵による先制攻撃の利点が、後衛に配置した場合よりも上回ると結論づけて、部隊の編制を改めるように託宣を下す。
どうしてか、素直に従うマルガリータに比べて、ベニャトの方が不満げであった。
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