第二章 回復薬

第1話 エルフの通販番組を見る二人



砂希さきちゃん先輩……泣いてたね……」


「そうだな……。最後のインターハイ前に交通事故なんて……」


 うたは今更もらい泣きしそうになる。


 夕夏ゆかはやるせないように息を吐いた。


 高校二年生の二人は、一つ年上で幼馴染でもある同じ高校の先輩のお見舞いを終えて、夕夏の家のリビングで落ち込んでいたのだ。


 自分達が青少年であった頃を忘れた大人から見れば、たかが一つのスポーツ大会だけれども、その真っただ中を生きる少女にはそれが全てであった。


「何とかならないかな……」


 詩が元々細く垂れた目をさらに細くして、まるで懇願するように由香を見た。


「……残念だけど、予選まで一週間だろ ? 無理だよ。骨が折れてるんだもん」


 夕夏はつり気味の大きな瞳を悔しそうに歪ませた。


「『勇者』様なら……奇跡を起こせないかな…… ? 」


 俯いた詩の呟きに夕夏は一ヶ月ほど前の騒動を思い出す。


 ショッピングセンター内に蔓延はびこるゾンビの群れを魔法のような技を駆使して駆逐する様をリアルタイムで配信していた覆面の男のことを。


「……そうだな。何もしないよりは……。幸いうちはあの動画配信のエグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員に登録してるから、メールで問い合わせたら他の視聴者よりはこたえてくれるかもしれない」


 なかば詩を慰めるためにそう言うと、彼女はそうだね、と小さく笑った。


 早速、とスマホを取り出した夕夏の耳に、艶やかな作り声が届いた。


 彼女がその発声源を見やると、テレビ画面に鮮やかなライムグリーンのドレスを纏った金髪碧眼の女性が映っている。


『異世界のみなさん ! こんにちわ ! アナ・ビランダです ! 』


 詩がテレビをつけたのかと思い、彼女に視線をやると詩はブンブンと首を横に振る。


「私じゃないよ~。勝手についたの~」


「隣の家のリモコンに反応したかな ? それにしてもこんな時間に通販番組なんてやってたっけ ? 」


 夕夏はチャンネルを変えようとリモコンを手に取る。


「ま、待って夕夏ちゃん~ ! このお姉さん、いつもゴブリンやオークの餌食になっている神様が男の子の性欲充足のためにつくりたもうた種族だよ~ ! 」


「エルフをそんな風に表現すんな ! 」


 怒鳴りながらも夕夏は改めてテレビを見ると、確かに画面に映る女性は作り物とは思えない 20 センチほどの長い耳をしていた。


「これだけ長い耳だと、耳つぼマッサージ師の人も大変だろうね~。このお姉さんがお客さんで来ると~」


 詩がふんわりとした感想を言った。


「もしそんなシチュエーションがあるとしたら、特別料金をとればいいだろ」


「ダメだよ~。このご時世にエルフだけ料金を高くしたら『エルフを差別した ! 』って批判されて、さらに SNS で拡散されて大炎上して、その耳つぼマッサージの店は潰れちゃうんだよ~ ! 『批判は耳が痛いですね。耳つぼマッサージだけに』とかうまいこと言ってごまかしてもダメなんだよ~ ! どうしよう~ !? 」


「……全然うまくねえよ。まったく……」


 夕夏は適当にあしらいながら、再びスマホに目を落そうとするが、大きな画面の下に設置された上質なスピーカーから聞こえてきたアナの次のセリフで、もう一度テレビに向き直る。


『……本日、ご紹介いたします商品は、どんな重症もこれ一本あれば大丈夫 ! 『回復薬ポーション』です ! 』


 画面には青い薬瓶が大写しになる。


「……夕夏ちゃん、『回復薬ポーション』てあれだよね~ ? ゲームとかファンタジー小説に出てくる……」


 詩が息を呑んだのがわかった。


「そうだけど……本物のわけないだろ ? この番組も異世界からの通販番組って設定のドラマかなんかだ」


「でも~」


 夕夏はにべもなく言った。


 詩が一縷の望みをこんなインチキ商品にかけて、さらに絶望する前に。

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