30缶目 女神の分霊


「……配置完了しました」


 一目見て「特殊部隊」とわかる装備の若い男が、一目見て「特殊部隊の隊長」であろうと予想がつくいかつい中年の男に報告する。


「了解。そのまま待機せよ」


 厳つい男は短く指示を出して、再びタブレットを凝視する。


 たまたま別の案件によって隣県まで出動していた警察庁の特殊部隊が帰還中の輸送車の行先を急遽、このショッピングモールに変更するよう指令を受けたのだった。


「……良いのでしょうか ? 」


 次の指示が出るまで、待ちになった状況で若い男が隊長の隼田はやたに問う。


「何がだ ? 」


「……今まで『特殊案件』に関しては『特殊案件対策課』以外の出動を禁じられていたはずです。それが今回に限って……」


「さあな。だが定期的に出てくるらしいんだ。『特殊案件』の化け物に通常の部隊で対処できるんじゃないかって意見がな……。そしてそれを実証しようとする作戦もな」


「そうですか……。しかし現在も『特殊案件』を担当するのが『特殊案件対策課』ということは……」


「ああ、今まで試しに化けもんにぶつけた部隊はことごとくやられてきたってことだ」


「……」


 空調の効いた輸送車の中で、若い男はぶるりと身を震わせた。


「そんなに緊張することはない。今回は元凶となった『アイテム』の破壊、もしくは人物の排除が作戦の目的だ。この化け物全部を相手にするわけじゃない」


 そう言って隼田は若い男にタブレットの画面を向けた。


 そこはショッピングモールの防犯カメラから届けられたゾンビで溢れる店内。


「……いっそのこと自衛隊にミサイルでもぶちかましてもらいたいですね」


「アメリカならそうしてるかもしれんが、ここは日本だ。決められた枠組みの中でなんとかやるしかない。努力と根性でな」


 隼田は苦笑して、言った。



────



酉井とりいさん、エスパーダ・レジェンダニアの真の力を使うんですか !? 」


 いつも飄々とニヤニヤ笑っている「不審者」が珍しく焦った声を出した。


「ああ ! 皆、しばらく俺をガードしてくれ ! 」


 その指示に従って、酉井を中心に三角形が出来上がる。


「一体何が始まんの !? 」


 れいは打ち寄せるゾンビの波を防波堤となって釘バットで打ち砕きながら、彼女のすぐ後ろに陣取った「不審者」に問う。


「酉井さんは今からゾンビを一掃する気です ! 」


「すごいじゃん ! なんで最初から使わなかったの !? 」


「あの剣の真の力を解放するのはとんでもないコストがかかるんですよ ! それにあの剣は『闇の女神』がその分霊を宿らせて創ったものなんです。あまり人間に好意的ではない……ね。だから異世界の王が気前よく酉井さんに下賜かししたんですよ ! 何かとんでもない代償があってもおかしくないでしょう !? 」


「そんな……」


 後ろを振り向きたくても、前から迫るゾンビがそれをさせてはくれない。


「大丈夫だ ! この剣に宿る魂とは和解できるさ ! 」


 そんな零を安心させるように酉井が言う。


「剣に宿る魂と仲良くなれるってこと ? どうやって !? 」


「ふっ……どんな相手でもとことん話して、酒を飲んで、遊べばわかりあえるものだ」


「このショッピングモールの園芸コーナーはどこ !? 早く除草剤でこの人の頭の中のお花畑を枯らさないと ! 」


 まるで勉学を差し置いて平和活動に勤しむ学生のようなことを言い出す酉井に零は激昂した。


「……剣よ、言の葉を喰らい、それをうつつとする奇御魂くしみたまの宿る剣よ、我が呼びとよめに応えよ……」


 剣に額をつけて、酉井は語りかける。


「『エスパーダ・レジェンダニア』とかいうスパニッシュな名前の異世界の剣にそんな和風な呼びかけで良いの !? 」


 そんな零の要らぬ心配をよそに、剣は輝きを強くしたかと思うと、その光が徐々に形をとっていく。


 人の形に。


『……ボクを呼びだしたのはキミ ? 』


(応えるのかよ ! そしてボクっかよ ! )


 徐々に強くなるゾンビの圧力を堪えながら、零は心の中で叫ぶ。


 彼女の背中側から聞こえた声は少女のものだったからだ。


『……どうせキミもボクを都合よく利用するだけなんでしょ ? ただの武器として……』


(ただの武器だろ ! お前は ! 剣なんだから ! 自らの存在意義を果たせよ ! )


『……いいよ。切ってやるよ。それが望みなんでしょ……』


「うおっ ! 自分の身体を切るな ! 」


(ただのメンヘラ女じゃねえか ! 闇の女神じゃなくて「病み」の女神の魂が宿ってんじゃねえのか !? )


 まるで剣に宿る女神の分霊と和解できなさそうな酉井に零がイラつき始めた時、プシュ、とこの地獄のような場所に似つかわしくない軽快で爽やかな音が鳴った。


「悪いが時間がないんだ。八岐大蛇やまたのおろちからの伝統的な方法をとらせてもらう……」


『……何する気 ? ムダだよ ? ボクには実体がないんだよ ? ……え ? なんで ? うぐっ ! そんな……無理やり……やめ……』


(な、なにしてんの !? )


 振り向きたくとも、ゾンビの群れがそれを許さない。


『あ、ああああああ、世界の輪郭が無くなっていく…… ! ボクとキミとの境目も……』


「そうだ。これが真実の在り方だ。勇者と剣とは一つなんだ……。このストロング系缶酎ハイのレモン果汁とアルコールのように ! 」


(剣に宿る魂とやらにストロング系缶酎ハイを無理やり飲ませて前後不覚にした── !? )


『ああ ! こんなに良い気分なのは生まれて初めてだよ ! もっと ! もっとちょうだい ! 』


 こうして「勇者」酉井は剣に宿る闇の女神の分霊と分かり合った。


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