28缶目 突撃開始 !


「あ~再開したよ~ ! 」


 うたのゆっくりだけれども、興奮気味の声に夕夏ゆうかはスマホから顔を上げた。


 テレビ画面には大型ショッピングモール入口に立つ四人の背中が映っている。


「……ネットの掲示板とか…… SNS とか、これに便乗して現場を生配信してる奴らを見ると……ゾンビかどうかはともかく、何か騒動が起こってるのは本当みたいだ……」


 少しだけ固い声で、夕夏は呟いた。


「本物だってば~、あ~見て~ ! 」


 もはや詩に言われずとも、夕夏は画面を凝視していた。


(もし本当にゾンビがいて……映画みたいに噛まれた人がゾンビになって……倍々で増えていくなら…… Y 県ってここから電車で 2 時間以上はあるけど……ここは大丈夫なの ? )


 大型ショッピングモールの大きな真っすぐの通路は両側に店が並び、天井は吹き抜けで二階も同じように店が並んでいる。


 二階の両側の通路は中央が吹き抜けになっているため、空中につり橋のように両側をつなぐ通路がいくつか掛けられていた。


 そして灰色の腐敗した皮膚と白濁した目、すでに渇いた赤黒い傷口を持つ者達が、そこを埋め尽くしていた。


「……こいつら何してるんだ ? 」


 『勇者』達がショッピングモールに突入したというのに、ゾンビどもは襲ってこない。


 大通路をフラフラと歩きまわったり、店を出入りしたり、まるで客のように動き回っている。


「きっと買い物だよ~。ゾンビにだって日常生活はあるだろうからね~」


「どんな日常だよ ! 」


 二人がとりとめのない会話を交わしている内に、カメラは二階の両側通路をつなぐ空中の橋にズームする。


 そこには紫色のゾンビ三体を後ろに従えた人間の男が立っていた。


 服装からまだ若いことが伺えるのに、その目は黒く落ちくぼみ、肌はガサガサと乾燥し、ミイラを思い起こさせる容貌だった。


『──お前が死をもたらす災厄だな…… ! せっかく解放してやったこいつらを……殺させない ! 』


 手にした拳大こぶしだいの金属製髑髏の首から伸びた柄らしき部分を掴み、それを掲げて男が言い放った。


「どっちかって言うと……いや確実にこいつの方が『死をもたらす災厄』的な存在じゃないの ? 」


 夕夏の疑問は画面の中の「勇者」一行も抱いたようで、フルフェイスヘルメットの「戦乙女」がプロレスマスクの「勇者」に問う。


『──酉井とりいさん、あいつ何か言ってることおかしくない ? 』


『──「勇者」と呼べ…… ! 似たようなケースを経験してるが……見えてる世界が逆転してるのかもしれん。あいつから見たらゾンビこそが生者に見えて、生きてる者が死者に見えるのかもな』


 そう分析して「勇者」はいつの間にか太い革紐を両端につけて肩に掛けたドクターバッグの口を開き、一振りの剣を取り出した。


 それはおよそ実戦で使われるとは思えないような美しい剣だった。


 つかは黄金で、宝石がいくつか埋め込まれ、剣身には植物を思わせる紋様が刻まれていた。


『──起動イニシオ


 「勇者」の呟きと同時に、剣が白く輝き始めた。


『──勇者様 ! 来ます ! 私が前衛を務めます ! 』


 画面の向こうでは思い思いに動いていたゾンビどもがノロノロとした足並みをそろえて、「勇者」達に殺到していく。


「このパンツスーツで顔出しオッケーのお姉さん、ノリノリだね~」


「あ、ああ、そうだな……。でも怖くないのかな ? 」


「きっと会社のセクハラやパワハラの方が怖いんだよ~。それでこの街の会社を辞めようとしているところを『勇者』様にスカウトされたんだよ~」


うたの説だと『戦乙女ワルキューレ』は近場のドン・キホーテで仲間にしてるし、この美人なお姉さんもその辺でスカウトしてるし……なんかキャッチセールスみたいだな……」


「私もその内スカウトされちゃうかもね~ ! 」


「さすがに詩みたいに運動神経がゼロの人間はスカウトされないだろ」


「もう夕夏ちゃん、ひどい~ ! 」


 二人がじゃれ合っている間にも画面の中の時間は止まらない。


『──待て ! まずは道を切り開く ! 』


『……あれをやるんですね !? わかりました ! 』


 前に出かけた女はすっと脇に移動し、「勇者」に道を開けた。


「ん ? また何かお約束があんの ? 」


「えーとね。決まり事じゃないんだけど、敵が多い時にやる『勇者』様の技があるの~」


「技 ? 」


 顔を詩から画面に戻した夕夏の目に、光輝く剣を右肩に担ぐように構え、技名を叫ぶ「勇者」が映った。


『──絶対破壊斬りアブソリュート・ブレイク・スラッシュ ! 』


 振り抜いた剣から光が横なぎに飛び、数十体のゾンビを上下に両断し、一拍おいて二つに分かれた身体が粉々になる。


 それは日常では絶対に見ることのできない光景だったし、映画の CG とは違う言葉にできない何か迫るものがあった。


「……本物の……『勇者』 ? 」


「そうだよ~」


 茫然とする夕夏とそれを面白そうに見つめる詩。


 そして画面には大きなテロップが映し出された。


『──これより先の視聴はエグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員様のみとなっております。是非とも登録して勇者を応援してください ! 』


「……やっぱり違うわ。世界を救う『勇者』にしては商売っ気が強すぎる」


 年間 100 万ドルの会員登録ボタンを恨めしげに眺めながら、夕夏は息を吐き出した。


「しょうがないよ~。世界を救うにはお金がかかるんだよ~」


「……特典もショボいし……」


 画面の「登録すればパソコンとスマホの二画面で同時視聴可能 ! 」と年会費が日本円で一億円を超える会員にしてはつつましやかすぎる特典を見て、夕夏はさらに溜息を重ねる。


「……夕夏ちゃん、続きが気になるんだね~」


「……そんなことない」


「大丈夫だよ~。エグゼクティブ・ラグジュアリー・プレミアム会員でネット上の掲示板でいつも実況してくれてる人がいるから~」


「そ、そうなんだ。……興味ないけど、見てみようかな」


 内心を悟られないためか、ワザとらしくゆっくりとスマホを持ち上げた夕夏。


 その耳に「勇者」の声が届いた。


『──俺が前衛 ! 湖山こやま刑事は後衛 ! 真ん中に「不審者」を挟んで二人が中衛 ! エスカレーターから二階へ行くぞ ! 倒すよりも退けて進むことを意識しろ ! 』


 驚いて顔を上げると、テロップが消えて、再び配信が始まっていた。


「ま、まさかあんた勝手にうちのアカウントで登録したんじゃ…… !? 」


「ち、ちがうよ~ ! 勝手に始まったの~ ! きっと登録済みだったんだよ~ ! すごい~ ! 神だ~ ! 夕夏ちゃんは神だ~ ! 」


 興奮のあまり、詩は夕夏に向かって手を合わせて拝み始める。


「そ、そんな……確かに父さんは酒造会社の社長だけど……どこにそんなお金が……」


「心配することないよ~。きっと会社の経費で落としてるんだよ~」


「そ、そうだよね。会社で販売してるお酒を『勇者』が宣伝してたし……」


 詩の言葉でようやく落ち着いた夕夏は、ソファーに座り直し、ゾンビの群れに突撃を開始した勇者一行を画面ごしに眺めた。

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