16缶目 情報


「……酉井とりいさん、あんたがたまに起こす不可思議な現象も通販で取引したアイテムのせいなの…… ? 」。


 れいは少し前にゾンビの口にストロング系缶酎ハイを流し込んで昏倒させたことや、自分の殴打された頬が何故か少しの痕も痛みも残らずにいること、そして今、倒れている若い女性、それらから推測して、問うた。


「……まあな。『酒神の加護』ってアイテムで……詳しい効能はいつか気が向いたら教えてやるよ。ま、色々と便利なんだが、とてつもない代償がある……」。


 酉井は珍しく顔を曇らせた。


「……一体何 ? 命を削られるとか…… ? 」。


「いや……酒が切れると、とてつもない頭痛と吐き気に襲われるんだ……」。


「ただの二日酔いじゃねーか……。心配して損した……」。


 零は大げさに溜息を吐いて、続ける。


「で、その女の人どうすんの ? 救急車呼ばなきゃヤバそうだけど……」。


 ちらりと赤い発疹だらけの顔で意識を失っているのか、虚ろな目で荒い呼吸の女を見て、零は言った。


「放っておけ……。明日になれば回復してるさ。朝日とともに酔った男と女の恋心が消えちまうみたいにな」。


「儚い一夜の恋かよ !? 本当に大丈夫なんだろうね !! CDC(疾病管理予防センター)とかが出てきそうな症状だけど !! 」。


 酉井はゆっくりと首を横に振る。


「そんなにこいつが心配か ? 殺されかけたのに」。


 零は無言で少し赤くなった首に手をあてた。


「……たまにいるんだ。わけのわからない能力を習得して、それによって人を傷つけても証拠不十分で法律では裁けないから調子に乗ってどんどんたがを外していく奴がな……」。


 グラスに残った業務用紙パックから炭酸水によって希釈されたストロング系酎ハイを一気に呷った酉井は、グラスを零の前に置く。


 彼女が非日常の空気の中、いつもの業務である酒を作ろうと手を伸ばした時、奥のボックス席からひょろりと背の高い中年男性が安物のソファーから立ち上がり、こちらに歩いてきた。


「そういう輩を捕まえるのが我々の役目なんですがね……。私の監督不行き届きです。申し訳ありません」。


 短く刈り上げた坊主頭を下げて、男が謝罪した。


「……いいさ。あんた達には、ほんの少しも期待していない。だから酒を飲んでまぎらわすほどの怒りも沸いてこない。それに謝罪の相手が違うだろうが」。


 一瞥いちべつもせずに、酉井は言い、その言葉を受けて男は零に対しても丁寧に頭を下げる。


 そして男は倒れている女を背負い、ドアへと向かう。


 それを奥のボックス席の日野達はどこかほうけたように眺めているだけだった。


「……この子も数年前から起きている奇妙な一連の事件で家族を亡くしているんです。その手掛かりが、この店でこの時間に来店してくる男から得られる、と我々の仲間が予知したものですから、先走ってしまったのでしょう」。


 女を背負った背中から声が聞こえた。


 酉井は小さく舌打ちしてから、吐き捨てるように言う。


「……〇〇山の山道の途中に死体があった。それを調べりゃ何かわかるかもな…… ! 」。


 ──ありがとうございます、と男は少しだけ振り向いて、頭を下げてから店を出て行った。


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