【書籍化記念SS】七つの鍵の物語 ぼっちな僕の異世界領地改革

上野文/DRAGON NOVELS

悪徳貴族の農園開発

 マラヤディヴァ国にあるレーベンヒェルム辺境伯領は、国一番のひなびた土地と評判だった。

 そんな田舎の山間に、グリタヘイズと呼ばれる湖と、湖と同じ名前の小さな村があった。

 季節が乾季から雨季へと移り変わる頃、村を治める代官は一人の娘を呼び出した。


「代官様、何か用事かい? 痛んだ納屋の修理ならいつでも手伝うよぉ」

「エレン」


 年齢以上に老けた面持ちの代官は、左足をひきずりながら部屋に入ってきた、栗色の髪を三つ編みで束ねた年若い娘に悲痛な面持ちで告げた。


「辺境伯様から人足を出すようにと命が下った。近々迎えに来る馬車に乗って、領都レーフォンへ行け」

「わかりました。わだすもついに都会へおのぼりさんってわけかあ。代官様、土産話たくさん持って帰るから楽しみにしてな」

「このような時に、すまんな」

「大丈夫! ちゃあんと勤めを果たしてくるって。龍神様も見守ってくださってる」


 エレンは、溌剌はつらつとした娘だった。片足が不自由ながらも、沈みゆく村を生来の明るさで引っ張ってきた女性だった。代官自身さえも、彼女の朗らかさに幾度となく救われてきたのだ。

 代官はエレンが去った後、重くなった空気を少しでも変えようと部屋の窓を開け、湖から漂ってくる鼻の曲がるような異臭に目を閉ざした。

 古より龍神が住むとされるグリタヘイズ湖は、辺境伯が誘致した外国の工場によって汚染され、青く澄んだ湖面は今や真っ赤に染まっていた。


「ここに龍神などいるものか。いるのは邪悪な竜ファヴニルと、権力を笠に着た悪徳貴族だけだ」


 少し昔のことだ。先代領主の死後、クローディアスという末子の少年が、強大無比な邪竜と盟約を結び、近隣の外国の協力を取り付けて、他の親族を皆殺しにして爵位を奪った。

 晴れてレーベンヒェルム辺境伯となった少年は、邪竜の武力と外国の経済力を後ろ盾に、悪逆非道の限りを尽くした。

 新領主の苛烈な税の取り立てに農民たちは苦しみ、商店や工務店も次々と潰された。役所の職員が諌めるも皆殺しにされて、領主の不興を買った者や抗いの声をあげた者はことごとく処刑された。

 いまや、レーベンヒェルム領にまっとうな働き場所などない。領民たちは生きる為に、外国が運営する大規模農園や巨大工場で非人道的な労働に従事するか、怪物がうごめく古代遺跡に潜って金品を得るかの二択を強いられた。

 ゆえに領都レーフォンに到着して馬車から降りた者は、誰もが大なり小なりの怪我を負っていた。


「こちらから降りてください。僕が手伝います」


 馬車に同乗していた職員らしい少年が、怪我をした乗員の降車に悪戦苦闘していた。だから、エレンは彼に協力することにした。


「ありがとうございます。今のお爺さんが最後です。その、肩に触っても構いませんか?」

「あはははっ、もちろんだよ。世の中助け合いで、お互い様さ。私はエレン、お兄さんのお名前は?」


 エレンは、少年にヒマワリのような笑顔で笑いかけた。


「クロードです」


 蚊の鳴くような声で答えた彼は、陰気でどことなく細いもやしを連想させた。怪我をしているのか厚めの手袋をつけていて、何度も修繕を重ねたらしいツギハギだらけのチュニックとズボンを着ていた。

 そして、どんな地獄を見たらこうなるのだろうか。彼の三白眼は暗く曇りきっていて、目を合わせた者に言いようのない不安感を抱かせてしまう。


(んん? 違うね。この子、目の奥に何か炎みたいなものを……)


 エレンはクロードに不可思議な印象を受けたものの、空に肩を借りて馬車を降り、目的地へと向かった。


「ここが、今日から皆さんに働いてもらう農園になります」


 クロードが人足たちに示した場所は、だだっ広い荒野だった。

 太陽が昇りだした遠方に柵や石が見えることから、土地を囲ってはいるのだろうが、ここを農園と言って信じる者はいないだろう。


「へえ、やり甲斐がありそうじゃないか」


 エレンは腕まくりをしたが、他の集められた人足たちは悲観していた。


「無理だろ、こんなの」

「……」

「いっそ殺して欲しい。もうたくさんだ」


 額に傷痕の残る禿頭の少年が呻き、喉を切られて声の出せない少女が震え、怪我で肩が大きく歪んだ青年が大地に膝をつく。

 エレンを除く、誰もが嘆きの言葉や態度を露わにした。

 クロードは、そんなざわめきの中で鞄を広げて、鞭と一体化した杖を取り出した。

 人足たちは、恐ろしげな凶器を目の当たりにして、潮がひくように雑談を止める。


「クロード……」


 エレンは駆け寄ろうとした。しかし、彼女が止めるよりも早く、クロードは杖を掲げていた。


『ぐたぐだと喋るんじゃない。死んだって、お前たちの代わりはいくらでもいるんだ』


 一同は、そんな残酷な言葉と苛烈な罰を予想して悲鳴をあげた。


「ま、まって。た、たすけて」

「皆さん、こちらに注目してください」


 老若男女がパニックに陥る中、クロードは静かに杖を大地に立てた。

 先端の鞭がはねて、土の中を掘り進む。持ち手についた宝石が深い赤色に染まり、なにやら文字と数字を映し出した。


「この杖は隣領の大学から借りてきた、土の状態を見るマジックアイテムです。あちらの小屋に入っていますから、印のついた場所を手分けして調べてください」


 人足達の間に安堵と、動揺が広がった。片腕を失った老人が、周囲の仲間に押されるようにして進み出た。


「しょ、職員どの。恥ずかしい話じゃが、わしらは文字が読めないのじゃ」

「小屋の中には、使い方を説明した絵図もあります。宝石の色を見て、印を入れるだけだから簡単ですよ」


 こうしてエレン達の農園生活が始まった。罵声を浴びせられることも、鞭打たれることも無い、およそ想像もしなかった平穏な始まりだった。


「作物の成長には、薄い赤が一番良いんですけど、たぶん濃い赤ばかりだと思います。もしも青に染まったら教えてください。植える作物が変わるんです」


 農園は広大だった。土の調査を終える頃には、太陽が南天に昇っていた。


「丁度いい時間ですね。お昼にしましょう。付いてきてください」


 クロードに案内されて、エレンたちは農園に設置された天幕へと向かった。


「信じられない。休めるのか、ありがたい」

「しかし、ここには食べられそうな野草はないぞ」

「せめて黒パンのカケラか、スープのひと匙でも貰えればいいのだが」


 人足達はぼそぼそと呟きながら従った。ここでいう黒パンとは雑穀を混ぜて、ガチガチに焼き固めた乾パンを指す。スープも野菜のかけらを入れた塩入りのお湯だ。そんな粗末な食事でも、いまのレーベンヒェルム領ではご馳走だった。


「この天幕が食堂兼休憩室になります。配膳をするので、誰か手伝ってくれませんか?」

「あいよ、任せておきな。おや、お嬢ちゃんも手伝ってくれるのかい?」


 喉に傷を負った娘は、こくんと頷いた。

 そうして三人で配り終えた食事は、人足たちが想像していた通りの、黒いパンと塩スープだった。しかし――。


「お、落ち着け。凄く大きいが、黒パンは黒パンだぞ」

「でも、柔らかいよこれ。中に豆もいっぱい入ってるっ」

「黒糖とナッツを入れたライ麦パンです」

「このスープ、野菜がゴロゴロしているぞ。ほ、本当に食べていいのかい?」

「どうぞどうぞ。お代わりだってあります」


 人足達は、待ちきれぬとばかりにテーブルについて、各々のやり方で食前の祈りを捧げ食事にかぶついた。


「うんまぁあああいっ!」


 直後、天幕を突き破らんばかりに歓声が響き渡った。


「午後からは暑くなるので、熱中症に注意してください。こちらに水筒を準備しているので、使ってくださいね」


 昼食後も仕事は続く。

 鍬やシャベルで荒れ地を掘り返して石やゴミをとる。

 掘り進めた穴には、動物の糞や魚の死骸を加工したものや、焼いて砕いた貝殻粉といった肥料を入れる。

 最後に、かき混ぜて柔らかくした土を盛り上げてうねを作るまでが一セットだ。

 クロードは、人足達の先頭に立って鍬を振るっていた。

 やがて日が沈み、エレンたちは宿舎に案内された。


「ここが、皆さんの寝泊まりする寮になります」


 農園から少し離れた場所に立つ宿舎は、およそ屋敷といって差し支えのないものだった。人足たちは、全員に個室が与えられると知って、歓喜のあまり腰を抜かした。


「すっごぉおいっ」

「おやすみなさい。それでは、また明日」



 こうして日々は続き、農作業も続いた。

 最初は警戒していた人足たちも、やがて落ち着いて作業に励むようになった。

 仕事場に向かって歩く時間には、軽い雑談に興じる余裕も生まれた。


「辺境伯様って、案外悪い人じゃないのかもな」

「クローディアス様は、血のように赤い指輪をはめた、大蛇のごとき威風の青年って話だろ。だいの大人が恐怖のあまり泣き出したとかいうぜ」

「いやいや、人は見かけによらないってこともある。あのクロードってアンちゃんだって、案外体力があるじゃないか」

「痩せっぽちなのに力もちだよなあ。アンタは親しいみたいだけど、どう思うよ?」


 人足達に話を振られたエレンは、素直に答えた。


「クロードはいい子だよ。弟に欲しいくらいさ」


 ただひとつだけ気になる点があるとすれば、彼が身につけている傷だらけの服だ。


(ゴブリンの爪痕に、スライムの粘液痕、獣に蹴られた痕や大蜘蛛の糸の痕もあった)


 エレン自身、足に大きな怪我を負うまでは、古代遺跡の探索を生業にしていたのだ。


(あの子は、これまでいったい、どんな危険な生活をおくってきたんだい?)

「おい、なんだこれ!?」


 エレンの思索は、同僚の悲鳴によって打ち切られた。

 作ったばかりの畝が踏み荒らされ、より分けた石やゴミがまき散らされていた。


「誰がこんな真似を……」


 嫌がらせは、その日だけで終わらなかった。

 次の日は道具が盗まれた。その次の日は、小動物の死骸と汚物が投げ込まれた。

 クロードは、役所を通じて自警団に見回りを頼むと人足達に告げた。

 しかし、エレンも人足達も知っていた。ここはレーベンヒェルム領、まっとうな治安維持組織など有りはしないのだ。常識的な対応では――絶対に間に合わない。

 エレンと人足たちは、翌日、せめて見回りをしようと夜明けと共に宿舎を出た。


「あ、あんたたちは!?」


 野犬ならば良かった。野盗でもマシだった。鉢合わせた犯人は、よりにもよって外国の商人だった。


「ああんっ。うちをクビになったゴミがこんなところで何をしてやがるんだっ」


 宝石を縫い付けた家紋入りのコートで着飾った若い男が、喉に怪我をした娘を鉄の棍棒で打ちすえる。

 彼の連れてきた用心棒らしい二〇人もの男達が、耕したばかりの畑を踏みつけ、農具を壊し、止めようとする人足達を殴りつける。


「ちくしょうっ」

「黙って見てはいられない」


 禿頭の少年や肩の歪んだ青年他、若い人足達が農具を手に抵抗しようとするも、隻腕の老人たちがしがみついて止めた。


「いかんっ。野盗ならともかく、あやつらには逆らえん」

「なんでだっ」

「諦めろって。死んでいるみたいに、見て見ぬふりをしろって言うんですかっ」


 少年や青年の悲鳴は、この場にいる誰もが抱いた痛切な叫びだった。それでも、エレンは彼らを諫めた。


「揉め事を起こすわけにはいかないよ。クロードに迷惑がかかる」


 彼女の言葉を聞き、血気盛んな人足達の動きが止まる。

 もしも商人と諍いを起こして、それが辺境伯の耳に入ったらどうなることだろう?

 農園が潰れるだけならまだいい。あの暴君のことだ。この場にいる人足だけでなく、職員のクロードまでも首をねることだろう。

 感情に任せて巻き込む覚悟があるのか? そんな迷いが彼らの足を止める。


「ここは、私に任せておくれ」


 エレンは、棍棒を振るう商人と喉が傷ついた少女の間に割って入り、少女に覆い被さった。


「商人様、どうかおゆるしください」

「はぁあ、ふざけんじゃないっての!」


 エレンの肩が、腕が、背中が、傷ついた左足が打たれ、焼けるように痛んだ。

 胸の中の少女は、小さな手足に力をこめて、声の出せない喉を震わせて、庇わなくていいと訴えていた。


(いいんだ。だいじょうぶ、私は大丈夫。きっと龍神様が守ってくれる)


 エレンは激痛の中、薄れゆく意識の中で思い出した。

 祖母のそのまた祖母、ずっと昔から受け継がれてきた、グリタヘイズの村に伝わる伝承を。


『むかしむかし、グリタヘイズの村は龍神様に守られて、まるで都のように栄えていました。でも、村人達は日々を楽しむばかりで、誰もかえりみようとしませんでした。だから、龍神様は、村の為に働いて、村の敵と戦って、傷ついて眠ってしまいました』


 エレンは思うのだ。もしも村人達が、龍神と一緒に働き、龍神と一緒に戦っていたなら。ひょっとしたら、昔話は、めでたしめでたしで終わったのではないか。

 彼女はもう戦うことは出来ないけれど、あの少年と一緒に働いた時間は楽しかった。


(だから、龍神様。どうか……)

「うざいんだよ。悲鳴もあげずに我慢しちゃってさあ。そういや、小さい方のゴミは俺が喉をやったんだっけ? おゆるしください? ゆるすわけないじゃん、ばぁか!」 

(この子とクロードを守ってください)



 エレンの願いは叶わない。なぜならここはレーベンヒェルム領。

 龍神ではなく、邪悪な竜が住む呪われた大地なのだから。

 そのはず、だったのに。


「……お前たち、何をしているっ?」


 バァン、と頭上で鈍い音が響いた。

 異変に気付いて駆けつけたのか、息を荒げたクロードが、商人の棍棒を右手で受け止めていた。

 鉄の凶器を受けた衝撃で、手袋だけでなく、右手の肉も裂けたようだ。赤い血がエレンの首筋へと滴り落ちた。


「何をしているかだって? このゴミどもに因縁をつけられたんだよ。だからっ、賠償と、けじめが必要だよなあっ」


 クロードは、再びエレンに襲いかかろうとした商人を、とっさに突き飛ばした。


「ああっ、いってええ。骨が折れたわ、これは重傷だわ。だからよぉ、お前らこいつを殺せ!」


 雇い主の命令を受けて、屈強な用心棒達が槍を手に押し寄せてくる。


「クロード、逃げなっ」


 エレンが叫ぶ。


「させんぞ。この老骨めが差し違えてもっ」

「見直したぞクロード、すぐ助けにいくぞ」


 腹をくくった人足達が、老いも若きも鍬や鎌を手に走り出す。


「これ以上、誰も傷つけさせはしない」


 そしてクロードは、エレンと少女を背に仁王立ちになった。

 槍が迫る。人足達も、商人も、少年が串刺しになる未来を予想した。


「鋳造――八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござし」


 しかし、クロードの左手が魔術の文字を描くや、彼の右手に美しい片刃の曲刀が生まれた。

 彼は刀を閃かせ、乱れた麻糸を断つように、一〇本の槍の穂先を切り落とした。


「守ると言った!」

「死ねええ」


 クロードは、いかにも無頼といった用心棒の攻撃をひらりとかわし、鼻下と唇の間にあるくぼみを柄で叩いて昏倒させた。

 続いて色眼鏡をかけた中年の顎を峰で殴りつけ、同じバンダナを巻いた二人組の鳩尾みずおちを蹴って倒す。


(集団で襲ってくるゴブリンとの戦闘で慣れた身のこなしに、物陰からスライムによる奇襲を想定した足運びか。あの子は、ちゃんと克服してたんだ……)


 エレンは確信した。一見頼りなさそうな少年は、きっとこの場にいる誰よりも強い。

 クロードと応援に駆けつけた人足達によって、二〇人の用心棒は瞬く間に制圧された。


「へへっ、手を出したな。手を出したな。大商人であるこの俺、ウルリケ・バーダーに!」


 たったひとり残った若い商人は、家紋のついたコートを翻して高笑いをあげた。


「へ、へキキキキッ。俺は辺境伯の、クローディアスの親友だぞ。俺様に逆らうと、どうなるか!?」


 ウルリケの言葉を聞いて、人足達が沈黙した。クロードは手にした刀を捨てた。

 商人は満足そうに笑って、呪文を唱え魔術の文字を綴った。彼が持つ鉄の棍棒が炎に包まれ、赤々と燃え始める。


「貴様達のようなゴミは、俺たちの靴を舐めながら犬のように働くのがお似合いなんだよ。土いじりなんぞして、どうしてそれがわからない!」


 ウルリケは激情に駆られるがまま、燃える棍棒を大上段に構えて、雄叫びと共に殴りかかった。

 彼は怒りで目が血走り、憤怒のあまり口から泡を吹いていた。だから気がつかなかったのだろう。相対した少年の、右手袋が裂けて、血のように赤い指輪が輝いていることに。


「僕は、お前の顔なんて知らない」

「はべぇ」


 クロードの右ストレートが、ウルリケの顔面を捉えて気絶させた。


「……」


 人足達は、無言のまま呆然としていた。


「こ、殺さないでくれ。こいつに命じられただけなんだああっ」


 用心棒達は、恥も外聞もなく泣き崩れ、中には失禁するものまでいた。


(さすがに、これは想像もしなかった)


 エレンは、少女と肩を貸し合い、互いを庇って立ち上がった。

 いつもならすっ飛んでくるクロードは、悲しそうに見守るだけだ。


(暗い瞳だね。この子が見てきたものは、私たちの悪意。追い詰めたのは、孤独か)


 エレンが足を引いて歩く。少女が寄り添う。少年領主は一歩後ずさりして……。


「クロード」


 エレンの声で、その場に留まった。


「ありがとうね」


 エレンは、彼の頭をくしゃくしゃと撫でて、少女もまた彼に抱きついた。

 人足達から歓声があがり、誰もが彼の元へと駆け寄る。


「水くさいね。なんで言わなかったのさ?」

「自分が領主じゃなくなったみたいで、少し嬉しかったんです」


 エレンに尋ねられて、クロードは困ったように答えた。

 彼は、医者と治癒魔術師を呼んで、人足達と、用心棒やウルリケさえも治療した。


「この目で見ても信じられねえ。あのクロードが辺境伯様だって?」


 禿頭の少年が呆れたように空を見上げた。雨季といえ、今日の空は一段と青い。


「ぼくもです。彼はとても、残酷な殺戮をするようには見えない」


 肩の歪んだ青年は、俯いて大地を見た。この数日、彼はずっとここで鍬を振っていたのだ。


「当然じゃろう。あの子は別人じゃ。竜の力など借りもせず、ひとりすら殺していないではないか」


 隻腕の老人の言葉に、人足達は雷に撃たれたかのように飛び上がった。だとすれば、彼はいったい何者なのだ?


「大切なのはひとつだけだろ。いまの領主様は、私たちと一緒に働いたクロードだってことさ」


 治療を受けたエレンは仲間達の元へ戻り、そう言って南方の山脈を見つめた。視線の先には、グリタヘイズの泉と村があった。


(もしも、クロードがこれまでの領主様と別人だとするならば……)


 エレンは祈った。これまでそうしてきたように。


「ひょっとしたら、龍神様が遣わしてくれたのかも知れないね」

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