異世界転生物語〜二度目の人生は剣士となる方向性

@rozeasuka

プロローグ〜いつも通りの

 薄暗い空間…

 鼻に付く臭いと、水が流れる音が響き渡る。

 はっきりと認識出来ていないが、恐らく下水道だろ。



 そして向かいには旅装の少女と、その護衛のような剣士が剣を鞘から抜き、その鈍い銀色の光を宿す刃をこちらに向けて睨んでいる。



 俺の手には白い輝きを放つ大きな剣。

 柄をグッと握ると辺り一面を照らすように剣が輝きを放ち、光が俺を包み込んだ。


 ――――――――――――――――――――――――




 窓の隙間から光が射す。

 目を開くと見慣れた天井だった。

 小汚い部屋に年季の入った布団の上から体を起こす。


 部屋の空気を全て飲み込むような大きな欠伸をしながら立ち上がる。

 隣で眠る妹を起こさないように気を遣い、そのままキッチンへと向かう。


 予約にしてあった炊飯器を確認しつつ、冷蔵庫を開き、自分と妹二人分の弁当を作り始める。

 ほとんど冷凍食品ではあるが、手馴れたものである。





「なんだ…起きてんのか、ちょっと水入れろ」



 二階から降りてきた目付きの悪い中年の男が、ふらふらとした足取りでこちらを覗いてきた。


 何も言わずにグラスに水を注いで差し出す。

 男はグラスを受け取ると一気に飲み干し、ふぅ…と息を吐きながらグラスを置いて二階へと戻って行った。



 彼は去年からの母の再婚相手、つまりは義父である。

 しかし半年程前から母は入院しており、この家には俺と妹、そして義父の3人暮らしだ。


 義父は生活リズムの問題で、一週間でも顔を合わせる回数は片手で収まる程度。


 最も良好とは程遠い仲である為、それで問題ないのだけど…




 それはさておき、妹と自分の弁当を用意して、ついでに妹の朝食を作っておく。

 妹は中学生で、俺は高校生。

 電車通学も相まって出発は早い。


「アヤ!そろそろ起きないと遅刻するぞ?」



 学生服に着替えながら眠る妹に声をかける。

 妹はゔぅーと呻き声を上げながら、年頃の女の子とは思えないだらしない姿で起き上がろうとしている。


 パンツ見えてるし、お腹、ってより腰も見えてるけど…



 そんな姿に少し溜息をつくも、時間はないのだ。



「朝御飯置いてあるからしっかり食べるんだぞ?弁当も置いてあるから忘れんなよ!」



 玄関に向かいなら少し早口で妹に伝えると、目をこすりながらうんうんと、頷いている。


 本当に聞いているか、と思うがいつもの事だし大丈夫だろう。


「いってきます!」


「いってらっさぁい…」



 だらしない返事だ。遅刻しなきゃいいが…

 そんな事を思いながら早足に学校へと向かった。



 ――――――――――――――――――――――――





 なんの変哲も無い毎日が始まる。

 朝の満員電車にストレスを感じながらも、いつも通り学校へ行き、いつも通り授業を受ける。

 昼休みになれば自分で作った弁当を食べながら級友とくだらない会話をする。


 といっても話しかけてくるのはいつも同じ奴…幼馴染のケンジだ。


 ケンジは小さい時からの綾を含めた3人でよく遊んでいた。

 俺が親の再婚などで少し荒れた時期があり、一部の友人とは疎遠になった事もあったがケンジは気にする素振りも無く接してくれた。


 つまりは親友だ。

 だが一つだけ複雑な事がある。

 ケンジはきっとアヤに気がある。

 仕方ない、アヤは兄の贔屓目無しに美少女だ。


 最近こそ少し素っ気ないが、少し前までは俺にベッタリだった。

 父が居なかった事もあるが「お兄ちゃんと結婚するー!」なんて言って甘えてきていたものだ。

 自分が多少なりともシスコンである自覚はあるが、それでもそんな妹が、幼馴染と仲良くするの事に少しだけ複雑な感情が湧いている。


 ケンジはいいやつだ、まだまだ早いし、俺が考える事では無いが、他のどこぞの馬の骨に取られるよりは…なんて考えもある。


「そうだ、ケンジ!この前貸した漫画まだかよ?」


「あ、わりぃ、持ってくんの忘れた!今日バイト終わったら返しにいくわ!続きもあるし!」



「おい!ってわかったよ…俺もバイトだし先に着いたらアヤが居るはずだからあがってまってて」



「りょーかい!さんきゅーな」



 そうしていると、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。




 午後もサボることなく授業を受ける。

 消して成績優秀ではないものの、素行は悪くない普通の学生である。



 放課後は部活には所属していないので、やや足早に学校近くのレンタルビデオショップへアルバイトに向かう。

 日が暮れると、地元の駅近くのコンビニで働き、そのまま帰る。




 その日もいつも通り帰って、妹と食事を取り、風呂に入って、勉強をして眠るつもりだった…。




「お疲れ様です。」


 コンビニのバイトが終わり、携帯をチェックする。

 液晶は真っ暗で起動しない。

 充電が切れてるのか…まあいいか。


 片手にはカバンとコンビニで貰った弁当の入った袋を持って家に向けて足を進める。


 そういえば朝妙な夢を見た気がする。

 もうぼんやりとしか覚えてないが…



 そんなことを考えながら歩いていると、家が見えてきた。



 ケンジはいつも自転車で来るからまだ来ていないのを家の前を見れば確認できる。


 カバンから鍵使って扉を開ける。





「ただいま…」




 いつも素っ気ないながらもリビングから妹の迎える声が聞こえてくるのだが、今日は聞こえない。


 勉強してるのか、そのまま寝てるのか、何にしろ特別珍しいなんて事はないだろうと…


 しかし、奥から何か不審な物音が聞こえた。

 ガタガタという音


 何か胸騒ぎがする。

 カバンや弁当の入った袋をそのまま床に置くとリビングに向かって小走りで向かい、勢いよく扉を開けた。




 その光景に一瞬俺は固まった。

 …妹を床に押さえつけるように腕を掴んでいる中年の男、義父である。

 アヤの口にはタオルのようなもので塞がれ、服は破れて綺麗な白い肌が露わになっていた。

 いつの間にか成長した胸に顔を埋める義父。




 アヤと目があった。

 涙の溢れた目が、助けを求めて震えていた。

 アヤに襲いかかっていた義父はゆっくりとこちらに視線を向けると、驚いたように目を見開いた。

 その同時だった。


「クソがぁぁぁぁ」


 勢いよく踏み出して駆け寄れば、義父の胸倉を掴み少し持ち上げると、迷いなく思いっきり拳を振り抜いた。


 義父はそのまま転がるように倒れた。


 俺はそのまま追撃する。


「ま、まて」


 頭を庇うように腕を上げる義父の右腕を、左手で押さえつける、態勢の問題が遅れて来た右腕は跨るように乗りかかる自分の右足で押さえつける。


 余った右手は拳を握りしめ、迷いなく振るった。


 義父は激しく抵抗を見せるがそもそも態勢が有利である以上に、筋力が違う。


 義父はそこまで細いというわけではないが、消して筋肉質というわけではない。

 対して俺は、中学校まで空手をやっていた。

 亡き父が武道をやっていたと聞いて何となくやっていた空手が、今暴力として執行されている。



「死ねっ!死ね死ね死ねっ!」




 何度も何度も振り下ろされた拳はいつしか、義父の血と、歯を殴った事で、切った拳からの血液で真っ赤になっていた。



 義父の呻き声が小さくなり、抵抗の力がなくなった頃、肩で息をしながら俺は停止していた。




 手が痛いはずなのに痛くない。

 頭が…顔が…熱いのか冴えてるのかよくわからない。

 放心気味な虚とした表情で血塗れの義父を見下ろす。





「お、お兄ちゃん?」



 背後で掠れるような声が聞こえた。

 目に光を戻し振り向くと、義父に対してか、それとも目の前の暴力の惨状からか、体を細い腕で己を抱くようにして震える妹がいた。


 その目は涙を溜めながらこちらをあらゆる恐怖を含んだ目を向けている。



「だ、大丈夫…か?」



 妹の目に映る自分の姿が見えた気がした。

 その瞬間しっかりと現状を自覚した。

 自分を支配していた怒りという感情が収まり、その後に追いかけて来た焦りを…


 しかし、心配させまいと声を絞り出す。

 うん…と頷く妹に不安定な歩みで近付いていく。

 少しビクッと肩を震わせたが、それ以外反応は無い。

 怖いのか、そうだろうな…。


 何となくだが拒絶を感じたが、



「とりあえず着替えておいで?」



 無理矢理引っ張られて破られたブラウスをチラッと見る、男としてみたいという欲望はあるが、こんな状況だからか、それとも妹だからか変な感情は湧かない。




 妹は頷いて、立ち上がって着替えを取りに行こうとした時、インターホンが鳴った。

 忘れてたわけじゃないがこんな状況だ、後日説明もするとして今日は帰ってもらおう。

 こんな事になったんだ、警察沙汰にもなるだろう。



 妹の安全のために警察に突き出す事に迷いはなかった。

 自分も暴行などで捕まる可能性がないわけではないが、今はそれは置いておく。


「ケンジだよ…約束があったんだ、まぁ今日は帰ってもらうけど…」


 インターホンの対応に迷い、玄関と自分を交互に見る妹に説明すると、妹は頷いて隣の部屋に歩いていく。



 手が痛い…殴ったことがないわけじゃないがここまでするのは初めてだ。

 倒れる義父をチラッと視界に入れながら立ち上がる。


 玄関に向かって歩いて行く。



 もう一度インターホンが鳴る。



「ああああああ」



 背後から声が聞こえた。


 人影が勢いよくこちらに体当たりしてきた。


 俺はバランスを崩してうつ伏せに倒れ込む。

 義父がいた。

 その後ろ、奥の部屋から妹が声や物音を聞いてか慌てて出て来た。




 歯を折られ、鼻がひん曲がり流血したまま、俺の背中に跨る。

 腕を振り上げた、その手には銀色の鈍い刃を持つ包丁が握られてるのがわかった。

 理解した。


 理解したその時から世界はゆっくりと時を刻みはじめた。

 義父が腕を振り下ろすまでの数秒…


 受け止めれたり躱せる体勢じゃない。

 腕の位置が悪い、力が上手く伝わらない。

 身を捻るくらいは出来るが誤差の範囲だろう。

 そんな思考と共に走馬灯が脳内を駆け抜けていく。

 人は死を悟った時、助かる為に過去の記憶を一気に思い出すことが走馬灯だと誰かが言っていた。

 結局は役立つ経験なんて無かった。



 背中に冷たい感覚が一瞬…

 すぐに熱と共に激痛がやってきた。



「いやあああああああああ」



 妹の悲鳴が響く。


「っっあがっ…はぁがっ…っあ」


 息が、呼吸が出来ない。

 背中から突き刺された刃は肺に届いているのか…

 ドクドクと血が溢れる感覚と熱と激痛。

 喉から熱い血液が逆流してくるのを感じる。


 死ぬ



 死ぬ



 死ぬ



 妹の悲鳴から鍵のかかっていない扉を開いてケンジが入って来て、その光景に絶句している。


 うつ伏せで背中に包丁が突き刺されている男。


 その横で座ってはははっ…と不気味に笑みを浮かべている中年の男。


 奥で泣き叫んで崩れ落ちる女。





 ケンジが声を掛けて来ている…聞こえない。

 俺に何かを言っている…聞こえない。

 大声で妹に何か叫んでいる…聞こえない。


 何も聞こえない。

 痛い…痛くない…痛みが薄れてきた。

 寒い…血が暖かい…

 これが死ぬってことか?

 わからない…死ぬのか?助かるのか?


 嫌だ

 死にたくない…死にたくない…死にたくない…

 まだまだやりたい事も沢山ある。


 なのに力は入らない。

 声が出ない。














 今日俺は死んだ。


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