煙に巻く

@chauchau

キツすぎた


 火を付ける。

 ゆらゆら揺れるライターの火が煙草に移る。

 肺に煙を吸い込んで、一呼吸後に空へと吐き出す。


 消えていく煙を何となしに目で追って、やっと息が出来たと一息ついた。

 煙草が美味しいかとか、健康に悪いだとか、我慢して長生きしてどうなるんだとか、周りの人への気遣いだとか、喫煙家への年々強まるあたりだとか。そういうことがどうでも良くなったのは何時からだろう。

 怒られない程度にマナーを守って、適当に吸えればそれで良い。


「雨、止まないね」


「…………そうッスね」


 煙草を嫌うお姉様方の意見を聞き入れて外に追いやられた喫煙所。暇ではないが忙しくもない平日の昼間の時間帯を戦い抜いたファミレスのアルバイト。帰る前に一本と寄ってみれば、残念ながらに先客が居た。


「あー……、雨と言えば」


「店長、無理に会話しようとしなくても良いッスよ」


「え、あ、……うん」


 最近薄くなったと陰で馬鹿にされている頭をかきながら、困った風に彼は黙る。たかだか一アルバイトにもこんな対応されるから、百戦錬磨のお姉様方に良いように使われるのだろう。

 最近バレないように(と少なくとも本人は思って)読んでいる愛読書に、同じ趣味を持っていれば仲良くなるチャンス! と赤ゴシックで書かれていた。彼なりに、愛される上司になろうと必死なんだな。


「店長は、止めないんスね」


「え!?」


「煙草」


 彼の方を見ないようにしているが、面白いぐらいに狼狽しているのが雰囲気から伝わってくる。


「あ、ああっ! 煙草? そ、そうだね……、いや、止めないといけないんだろうけど、こう、なかなか踏ん切りが……あは、はは……」


「良いんじゃないッスかね、止めなくても」


「そ、そうかな」


「さあ」


「あ、そっか。さあ、か。う、うん、さあだね、うん……」


 こりゃ無理だな。

 二本目を吸おうと懐に手を入れて、さっきのがラストの一本だったことを思い出す。ここから一番近いコンビニでも歩いて三分。


「ぼ、くので良ければ吸う……かい?」


 差し出された煙草と、いまにも泣きそうな彼の顔。

 別に取って食いやしないというのに、たかが二十そこそこの小娘の何にこの人はここまで怯えるのだろう。


「良いんスか」


「う、うん!」


「あざッス」


 もらえるものはもらう。

 焼き肉屋でもらった安物のライターで火を、


「…………、……ッ」


「はい」


 オレンジ色の炎。

 向こう側に少しはにかんだ彼の顔。


「……あざッス」


「ど、どういたしまして」


 肺に煙を吸い込んで、一呼吸後に空へと吐き出す。


「それ、良いライターッスね」


「あ、うん……、娘がね、昔誕生日に買ってくれたんだ……」


「そッスか」


「どうせ煙草止めれないんだったらせめて格好良いライターぐらい持てって、そこからずっとこれを、」


「上がりますね」


「え? あ、う、うん! お疲れ様! また明日もよろしくね……」



 家に帰ればストックぐらいあるのだが、途中にあるコンビニでいつもの煙草と百円ライターをたっぷりと買い込んだ。

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