間宮渚 —2 独白

 俺の人生は全くと言っていいほど順風満帆とはおよそ言い難いものだった。

幼い頃から喧嘩の絶えない両親、だったら何で夫婦になったんだと言ってやりたい。

二人はろくに俺の事も顧みず揃って浮気してやがった。笑っちまうよな。

離婚するにあたって、どちらが俺を引き取るかで酷く揉めていた。

俺に丸聞こえだってのもあの二人は気が付いていなかったと見える。

結局俺は親父に引き取られることになった。

その際に、こう言われた。

—くれぐれも新しいお母さんに迷惑をかけるんじゃない、と—


 迷惑?迷惑って何だよ?一番あんた達のせいで迷惑被ってるのは俺だって言うのがアイツらにはまるで分かっちゃいないんだ。

多分、親父と新しく俺の母親になったあの女は俺の事が邪魔で仕方が無かったんだと思う。

何故なら俺は聞いてしまったからだ。あの女が親父に向かって、子供を引き取るなんて聞いてないってヒステリックに喚いていたのを・・・。

ああ、そうかい。そこまで俺が邪魔なら俺をこの家に置いておきたくない理由を作ってやろうじゃないか。そしたら世間も同情してくれて堂々と俺を追い出す事が出来るよな?


 だから俺は何でもやった。万引きは小学6年の時に初めてやった。

幼馴染でおせっかい、優等生気取りの祐樹は俺に何度も警告した。馬鹿な真似はやめるんだと。お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか。

恐喝は中学になってから。俺は高校になんか行く気は無かった。中卒でこの家を出てどんな仕事でもいいから働いて自立する事だけを考えていた。

なのに親父がそれを許さなかった。世間体というものを気にしていたらしい。

そんな気持ちがあるなら浮気なんかするなよと言ってやりたくなる。

高校に上がると俺はますます荒れて行った。犯罪すれすれの事もやったし、暴力事件で何度警察の世話になったか分かりはしない。

ただ、これだけは自信を持ってはっきり言える。俺は自分より力の弱い者には決して手を出さなかったって事だけ—。


 案の定、親父は俺を持て余し、安アパートを当てがわれた。学費、毎月の家賃に生活費、それらは全て援助してやると。ただし、条件を突き付けられた。

二度と自分たちとは関わるな—。金の代わりに親子の縁を切ると言われたようなものだ。未成年の子供に親がそこまでするかね、ほんと。

 

 家を出た日、俺は実の母親の所に行ってみる事にした。一応別れ際に住所を教えて貰っていたからな。その時の俺は馬鹿だった。まだ母親の方がマシだろうなんて思っていたから。

家に着いて驚いた。何処かの社長だって話は聞いていたけど、信じられない位馬鹿でかい屋敷に母親は再婚男の連れ子達と庭にある遊具で呑気に遊ばせていた。

俺は母親の近くまで寄ると声をかけた。母親は一瞬驚愕したような顔を見せると、俺に言った。

—どちら様ですか—と。

頭にカッと血が上る。俺の事が分からないはずは無いのにとぼけた顔で言うなんて。

それでも俺は思い切って言った。

<俺だよ、渚だ。母さん—>


 あの女は冷たい笑みを浮かべると言った。お金が欲しくて来たのか?と。

少し待つように言われて俺はその場に留まった。

戻って来ると母親は俺に通帳とキャッシュカードを手渡してきた。

毎月この通帳に金を振り込むから二度と私たちの前には現れないで―。


 別に金が欲しくて会いに行ったわけじゃない。でも・・ああ、そうかい。そこまで言うなら貰えるもは貰っておこうじゃないか。俺はもう二度とあんたらの前には現れない。俺は通帳とカードを引っ手繰るように取ると、何も言わず駆けだした。


 俺は親に捨てられたんじゃない、自分から親を捨てるのだと—。

毎月両方のかつて親だった二人から定期的に金は振り込まれるが手を付けるのは癪だった。

それからの俺はアイツらを見返してやるために死に物狂いでバイトと勉強を両立させた。成績はグングン上がり、教師共は大分俺を見直すようになってきた。

小学校からの腐れ縁、あのお人よしの祐樹も俺が生まれ変わったと喜んでいるが、生憎お前が考えているような出来た人間の俺では無い。


 教師に大学を勧められた。けど、俺は進学する気はさらさら無かった。別にやりたい事が見つかったからだ。俺のバイト先は飲食店だった。そこで料理を作り、客に出す。俺はそこで初めて料理を作る事がこんなに楽しい事だと知った。

決めた、俺は料理学校に行ってシェフを目指す。


 調理師専門学校は学費が中々高かった。けどあいつらから金は振り込まれてるし、殆ど手は付けていない。入学金と学費合わせてみても、これなら何とかやっていけそうだった。


 高校卒業後、俺は希望通り都内の調理師専門学校へ通い始めた。授業はきつくて大変だったが俺は死に物狂いで頑張った。

夜は生活費と料理の腕を上げるために飲食店で働く日々。他の奴らは合コンだの飲み会、デート等で楽しんでるが、生憎俺にはそんな余裕も無いし、一切興味など無かった。俺が恋愛事に全く興味が無いのは全てあの両親のせいだった。当然だろう?毎日のように激しいのの知り合いの喧嘩を見て来ただけじゃなく、お互い裏切っていたんだから。

 

 恋愛には全く興味が無かったが、とに角俺は良くモテた。まあ、俺の両親が二人とも美形だったからだろう。そこだけは感謝してやってもいい。

女には苦労した事は無かった。ただ黙っているだけであいつらは皆俺にすり寄って来るのだから。だが、俺は愛だの恋だの、そんな面倒臭いものは必要ない。一時の快楽さえあればいいと思ってる。ただそういう女に限って別に男がいるのが大半だ。お陰でいきなり殴られた事も一度や二度ではない。そんなに自分の女が大事なら首に縄でもつけておけよと言いたくなる。


 2年後、俺は素晴らしい成績で卒業する事が出来た。就職先はイタリアン料理で有名なレストランだった。

働き始めて1年後、俺は初めて好きな女が出来た。長い髪の毛で可愛らしい顔立ち、どこか気まぐれな猫を思わせるようなそんなタイプ。

客としてやってきた女の接客をしている内に俺は彼女の心に暗い影が宿っているのに気が付いた。女の育ってきた境遇も俺と似たようなものだったので、尚更惹かれてしまったのかもしれない。


 女は親の借金の肩代わりをさせられていた。借金を返すために慣れないキャバ嬢をしている事も、そしてヤクザの情婦であることも聞かされた。

俺は彼女の借金を全て肩代わりしてやる事にした。女の借金は1500万円あったが、今まで必死で貯めた金を全てかき集めたが、まだ足りない。


 俺はもっと金を集める為にヤバイ仕事もするようになった。

そこは会員制のショットバー。あまりカタギの人間が集まるような店ではない。

俺はそこでバーテンの仕事と、時には用心棒として働いた。

時給が高かったので、毎月かなりの額の金を受け取る事が出来る。そして目標金額に到達した。

さあ、これで借金も返せるし、ヤクザの情婦もやめる事が出来るだろう—。

俺はその時までそれを信じて疑わなかった・・・・。


 けれどそれは全て女のついた嘘だった。いや、正しく言えばヤクザの情婦ってのは真実だった。

女は俺が金をため込んでいるのを知っていて、俺をまんまと騙したのだ。

無一文になった俺は女に言われた。

—あんたみたいに騙しやすかった馬鹿は初めてよ—


 いつか将来、自分の店を持つために貯めておいた金が一瞬で奪われた。

そのショックで、ある朝目覚めた俺は目が全く見えなくなっていた。

医者が言うには強いショックを受けて一時的に目が見えなくなってしまっただけだと言う。視神経には異常が無いので大丈夫?ふざけるな!俺はシェフだぞ?!目が見えなくなったら料理なんか作れるはず無いじゃないか!


 当然店はクビになってしまった。働き口なんかどこにもない。お金は底を尽きた。

携帯は解約、光熱費が払えずストップ。そしてアパートも解約せざるを得なかった。


 今、俺はウィークリーマンションの一室にいる。手元には睡眠薬が入ったビンと水の入ったペットボトル。何もかも失った俺はもう生きる希望も何もない。

今夜この部屋で俺は自分の人生を終わらせる。


 大量の錠剤を口に開けて水と一緒に飲み干す。それを何回も繰り返して薬瓶は空になった。

俺はそのまま大の字になって床に寝そべって目を閉じる。もうこの暗闇の世界とはおさらばだ—。

徐々に瞼が重くなってくる。俺は深い眠りに着く・・・・。



 ≪ねえ、その身体いらないなら僕に頂戴≫


誰かが俺に話しかけて来る。うるさい、俺は眠いんだ。誰だか知らないが俺に構うな。でも癪だから俺はこう答える。


≪誰だ、てめえ。ふざけるな!これは俺の身体だ。誰にもくれてやるものか。≫


≪だっていらないから自分で死のうとしたんでしょう?≫


≪・・・・。≫

俺は答えにつまる。


≪どうして死のうとしたの?≫


この人物になら俺の素直な気持ちを告白てもいいかなと言う気持ちになった。

≪俺は・・・酷い裏切りにあったショックで目が見えなくなった・・。医者は何とも無い、精神的ショックが治れば目も見えるようになるって言うけど、そんなの信じられるか。真っ暗闇の世界でこの先生きてなんかいけるかよ。≫


≪でも、僕がこの身体に入れば目が見えるようになるかもしれないよ?≫


声は意外な事を口に出した。


≪うるさ・・・い・・。もう俺に構う・・・な・・。≫

その時だ。声の主が強引に俺の心の中に侵入してくる気配を感じる。

≪てめ・・!何す・・・・。≫

俺は猛抗議した。けれど俺の話なんか聞かずにどんどん声の主は俺の中を侵入してくる。


俺の身体が、感情が、心が沈んで飲み込まれてしまう。

一体お前は何者なんだ・・・・?


一瞬、白い大きな犬の姿が俺の脳に浮かび上がる。

白い・・・犬・・・?


 俺は完全にそいつに自分を乗っ取られるのが分かった・・。













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