2-3 祖父との思い出
「あの、間宮・・・さん?でしたっけ?」
「渚でいいよ。千尋。」
相変わらずニコニコと笑って千尋を見ている。
「あなたは私の事を知ってるんですか?」
以前のストーカー事件の事もあるので慎重に尋ねた。
「うん、千尋の事はよく知ってるよ。ねえ、まだ夜ご飯食べてないよね?僕どうしても君と一緒に行きたいお店があるんだ。話はご飯の後でもいいでしょう?」
年齢の割にあどけない話し方をする渚を見て、千尋は少し警戒心を解いた。それに人混みの中で話をする方が身の安全を図れると言うものだ。
一方、里中は千尋たちの様子を物陰から盗み見ていた。
「誰だ?あの男。二人の間に微妙な距離感を感じるから彼氏っていう感じでも無さそうだし・・。あ・何処かへ行くみたいだ。」
里中は二人の後をつけようとして、足を止めた。
「何やってるんだ、俺。これじゃストーカーしてた長井と同類じゃないか・・。やめた、帰ろう。」
里中は踵を返すと二人とは反対に背を向けて帰って行った。
酔いはとっくに冷めてしまっていた。
渚は鼻歌を歌いながら千尋の前を歩いている。時折千尋の方を振り向いては笑顔で笑いかけてくる。
(何だかすごく人懐こい男の人だな・・・。)
程なく歩くと渚は足を止めた。
「ほら、ここだよ。」
そこは昔ながらの洋食亭だった。
けれども—
「あ、ここは・・・。」
千尋は思わず声に出していた。この洋食亭は生前、祖父と何度も一緒に食事をしに来ていた店であった。けれども祖父が亡くなってからは一度も千尋はこの店を訪れる事は無かった。
「ほら、千尋。早く入ろう。」
渚は促すとドアを開けて千尋を先に中へ入れた。
テーブルに着くと渚はメニューを千尋に手渡すと尋ねた。
「ねえ、千尋はいつも何を食べてたの?」
「え・・と、私は大体いつもオムライスを注文していました。」
「そっかー。じゃあ僕はそれにしよう!千尋が食べてた味がどんなのか知っておきたいからね。千尋は何にするの?」
「それじゃ、私はビーフシチューで。」
「うん、それもとっても美味しそうだね。じゃ注文しよう。すみませーん」
渚は手を挙げて大声で声をかけると女性店員がやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「オムライスとビーフシチューをお願いします。」
渚が注文をし、店員が去った後千尋は質問した。
「それで、渚さんはどうして私の事を知ってるんですか?」
「渚って呼んでよ。それから敬語も無し。」
いきなり呼び捨てもどうかと思い、千尋は遠慮がちに言った。
「それじゃ・・・渚君て呼んでもいい?」
「嬉しいな、初めて千尋に名前呼んで貰えた。」
相変わらず渚はニコニコしている。
「あの、さっきの話の続きだけど私たちって何処かで会った事あるの?どうして私の事知ってるの?」
「僕はね、千尋のお爺さんと知り合いだったんだ。」
「え?」
「正確に言えば、千尋のお爺さんと僕のお爺ちゃんが親友同士。僕は幸男さんにも
会った事何回もあるよ。その時千尋の事も聞かされてたんだ。自分にも僕と年齢が近い女の子の孫がいるんだよって。写真も貰ってるから。」
見てみる?と言って渚は写真を取り出した。
そこには制服を着て校門前で照れたように立っている千尋が写っていた。
「あ・・・これは私の中学校入学式に撮った写真だ。」
「すっごく可愛く映ってるよね?僕の一番好きな写真だよ。」
渚の余りにもストレートな物言いに思わず千尋は顔が赤くなってしまった。
不意に渚は意外な言葉を口にした。
「僕もね、千尋と同じでお爺ちゃんに育てられたんだ。」
「え?」
千尋は顔を上げた。
「でも、もう高校を卒業する前に死んじゃってるんだけどね。」
「・・・。」
千尋は黙って話を聞いている。
「その後は千尋のお爺さんが僕の事、色々気にかけてくれたよ。すごく感謝してる。でもある時突然連絡が取れなくなったから今日、会いにきてみたんだよ。
・・・でも亡くなっていたんだね。近所の人に聞いたよ。」
「そうだったの・・・。」
その時、
「お待たせ致しました。」
二人の間に料理が運ばれてきた。
「うわあ、美味しそう!食べよう、千尋。」
「う・うん。」
「いただきます。」
渚は手を合わせた。
「あ、渚君も御飯食べる時手を合わせるの?」
「う・うん。まあね。」
「そっか、私と同じだね。」
千尋も手を合わせていただきますと言うと料理を口に運んだ。
その様子を渚はじっと見つめている。
「な・何?」
「夢みたいだなって思って。」
「何が?」
「千尋と向かい合って食事する事が出来る日が来るなんて夢みたいに幸せだな~。」
「!」
千尋は思わずむせそうになった。
「大丈夫?!千尋。ほら、お水飲んで。」
渚は慌てて水の入ったコップを差し出した。
「い・いきなり何言うの?」
千尋は水を飲みこむと言った。
「え?何が?」
渚はポカンとしている。
「だから、私と食事するのが夢みたいに幸せだって言った事。」
「うん。だって本当の事だから。思いは口に出さなくちゃ伝わらないでしょ?」
純粋な目で見つめられると千尋はもう二の句が継げなくなってしまった。
「もう、渚君も食べて。料理冷めちゃうよ。」
「そうだね。僕も食べよっと。」
おいしい、おいしいと笑顔で言いながら料理を口にする渚はまるで子供の様に思えたが、渚といると何だか心地よく感じた。
(どうしてなんだろう?今日初めて会った人なのに・・・。)
「ふぅ~美味しかったね。」
渚は満足そうに言った。
「うん、そうだね。・・やっぱり誰かと一緒の食事っていつもより美味しく感じるかもね。」
千尋が言うと、渚は目を輝かせた。
「そうだよね!千尋も僕と一緒に食事して美味しいって思ってくれてるんだね。」
「う・うん。」
「今日、千尋の家に行ったあと、働いている花屋に行ったんだよ。」
渚は急に話を変えた。
「うん。お店の人から聞いた。」
「前に悪い男に付きまとわれて怖い思いしたんだよね。」
「その話も聞いたの?」
「ねえ、千尋にお願いがあるんだ。僕を千尋の家に暫く置いてくれる?」
「え・・?えええっ!」
渚の突然のお願いに千尋は面食らってしまった。
「・・・前から千尋のお爺さんに困ったことがあったら、いつでもおいでって言われてたんだ。僕が住んでいたアパート、取り壊しが決まって出る事になっちゃって。
丁度身体も壊して仕事辞めたばかりだったから・・。迷惑かと思ったけどお世話になろうかと思って来たんだ・・。」
「ま・待ってよ!突然そんな事言われても困るってば。」
いくら何でも赤の他人、しかも若い男性を一人暮らしの自分の家に置くのは流石に無理というものだ。
「でも、僕は男だからまた今度千尋が危ない目に遭った時は守ってあげられるよ。
ねえ。番犬だと思って僕を置いてくれない?生活費はちゃんと払うから。」
番犬と言うよりは、むしろ捨てられる子犬の様な目をして訴えて来るのを見捨てる程、千尋は冷たい人間では無かった。
(お爺ちゃんの知り合いの人なんだから親切にしてあげなくちゃ駄目だよね。それに彼は危険人物に見えないし・・。)
「分かったわ・・。いいよ、暫く置いてあげる。」
「本当?ありがとう。今日からお世話になるんだから僕がお金払うね。
渚はサッとレシートを取ると振り向いて千尋に言った。
「それじゃ、帰ろうか?」
千尋と渚が家に着いたのは夜の9時半を過ぎていた。
「渚君、どうぞ。」
最初に上がって電気を付け、渚に声をかけた。
「お邪魔しま~す。」
渚は遠慮がちに上がってきた。
「ここ、お爺ちゃんの使っていた部屋なの。今夜からこの部屋を使って。」
千尋は部屋に案内した。
「寒いね~。今エアコンつけるね。」
リモコンで電源を入れ、風呂を沸かしに行って部屋に戻ると渚が雨戸の戸締りをしてくれていた。
「ありがとう、渚君。」
「これから居候させてもらうんだから、何でも手伝うからね。明日から僕が料理をするよ。」
「渚君、料理出来るの?」
千尋は意外そうに言った。
「うん、調理師免許も持ってるよ。僕はカフェの店員だったんだ。」
渚があげた店の名前は料理も提供する有名なチェーン店だった。
「そうだったの、あの店の料理凄くおいしよね~。」
千尋は感心したように言った。
「うん、でも今日あの店で食べた料理も美味しかったよ。また一緒に行こうよ。」
「そうだね、また今度行こうか?」
その時である。
「あのね、千尋・・。」
「何?」
「暫くの間、千尋が仕事に行く時に僕も付いて行っていいかな?」
「え?別に私は構わないけど・・・何故?」
「千尋に何かあったら大変だからね。僕が側に居る限り、絶対に千尋を危険な目に合わせたくないからだよ。」
「ちょっと大袈裟じゃない?もうあれから怖い思いしてないけど?」
「・・・そんなの分からないじゃないか。」
急に渚は真剣な表情で言った。その瞳は微かに揺れているように見える。
「渚君。どうしたの?」
千尋は不思議そうに尋ねると、渚は我に返ったように言った。
「ごめん、でも千尋のお爺さんとも約束してたんだ。もし僕が千尋と会う事になったら絶対に守ってあげてくれって。」
「え?お爺ちゃんから?」
まさか祖父が渚とそのような約束を交わしているなんて意外であった。
「そう、だから僕の気の済むようにさせて?」
笑みを浮かべて渚は言った。
その後—
お風呂が沸くと、千尋はタオルとバスタオルを出してきて渚に渡した。
「渚君、着替えはあるの?」
「うん、勿論。このリュックに入れてきたよ。あ・・・でもパジャマを持って来るのを忘れてきちゃったなあ。」
渚はリュックの中をゴソゴソ探しながら言った。
「それなら、お爺ちゃんの浴衣が残ってるから貸してあげる。浴衣ならサイズ大丈夫だと思うから。」
千尋は祖父の衣装ケースから浴衣を探しだすと持ってきた。
「はい、これを着てね。」
「あ・・・この浴衣・・。」
渚は浴衣を受け取ると目を細めた。
「この浴衣がどうかしたの?」
「い、いや。この浴衣僕のお爺ちゃんが着ていた浴衣によく似てたからちょっと驚いただけだよ。」
「ふ~ん。男の人の浴衣って大体似たような柄が多いものね。それじゃ、お風呂お先にどうぞ。」
「千尋はいいの?」
「うん、私は後でいいからごゆっくり。」
渚はありがとうと言うと、お風呂へ入りに行き、暫くするとシャワーの音が聞こえて来た。
その音を聞きながら千尋は思った。
「やっぱり、誰かが家にいると安心出来るな・・・。」
やがて千尋はうつらうつらし始め、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
誰かが千尋を呼んでいる。
「・・・尋、千尋。」
軽く肩を揺さぶられ、千尋はゆっくり目を開けた。
「キャッ!」
目の前には今にも顔がくっつくのではないかと思われる至近距離に渚の顔があった。
「ごめん、驚かせちゃったね。」
渚は申し訳なさそうにしている。
「う・ううん、大丈夫。私、眠っちゃってたんだね。」
「気持ちよさそうに眠ってはいたんだけど、お風呂に入った方がいいのかと思って起こしちゃった・・・けど起こさない方が良かったかな?」
「いいのいいの、お風呂には入って寝たいから。誰かが家にいるから安心してうたた寝しちゃってたみたい。」
千尋は改めて渚を見た。
上背のある渚に祖父の浴衣はぴったり合っていた。
「お爺ちゃんの浴衣、よく似合ってる。渚君、それじゃもう先に休んでね。お休みなさい。」
「うん、ありがとう。それじゃ先に休ませてもらね。お休み、千尋。」
渚は立ち上がると千尋が用意した部屋へ向かって行った。
千尋は湯船に浸かりながら今日の出来事を振り返っていた。
(間宮渚君・・・何だか不思議な感じの男の人だな。子供っぽい所があるかと思うけど頼もしい一面もあるし。明日から賑やかになりそう・・・。)
お風呂から上がると、千尋は念の為に渚の様子を見に行ってみる事にした。
そっと部屋の戸を開けると渚は気持ちよさそうに眠っている。
「お休みなさい、渚君。」
呟くと千尋は渚が眠っている部屋を後にしたのである。
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