第36話 悪運

 ショッピングモールへと帰ってきた。

 ここを抜ければ最初の区画へとたどりつく。


 だが、その前によるべき場所がある。

 イザベラと出会った『チケット売り場』だ。そこにはベン・カフスマンの体がある。

 ヤツには何も残していない。使えるものなど置いていくはずがない。

 しかしそれは、生きるうえで必要なものを、だ。

 元の世界にもどるカギが何なのか、まだ分かっていない。ネックレス、指輪などの装飾品、靴や服のボタンに至るまで、ヤツが身に着けていた全てを確認する必要がある。



 やがて目的の場所が見えてきた。

 金属製の重厚な扉に、壁の一部がくりぬかれたチケットカウンター。去ったときと変わっていない。


 開閉ボタンを爪でおす。音もなく扉は開く。

 中に人の気配は……ない。入室するとさらに奥の部屋へと進んでいく。


 ミニキッチンにベビーベッド、じゅうたんに革張りのソファー、そして――死体がひとつある。

 ベン・カフスマンだ。

 あれからさほど時間はたっていない。皮膚の変色、むくみが見られるものの腐敗はそこまですすんでいないようだ。


 念入りに調べていく。

 まずはポケット。……何もない。

 次は装飾品。さいわい着飾る趣味はないようで、ブレスレット、ネックレスともにつけてなく、ゆいいつ左腕にまいた年代物の腕時計のみである。

 ありがたい。ありがたいが……

 クソッ、こいつはなかなか骨が折れるぞ。


 わたしには小さすぎるんだ。

 時計を腕からはずすだけでひと苦労、ねじを回すのなんてとても無理だ。

 それにだ、どうやって服を脱がす? この獣の手で。

 シャツにも下着にだってボタンはついてたりする。


 まるで着せ替え人形だ。

 千キロを超える巨体にとっては、大人の男といえどもオモチャとかわらない。


 やってられないな。

 ベン・カフスマンの体をくわえると、壊さぬようそっと運びだすことにした。


 

――――――



 歩くたび、口からはみでたベンの足がブラブラと揺れる。

 最初からこうすればよかった。なにもあそこで身ぐるみ剥ぐ必要はない。

 カギのある可能性がいちばん高いのは、コイツの私室だ。

 まずは部屋を調べ、なければ装飾品、ボタンや衣類にうつっていけばよい。


 前方に青い光がみえた。

 販売機がはなつ淡いひかり。


 販売機か……

 思えばずいぶん役にたってくれた。

 弾薬にしてもそうだが、コレがなけりゃ獣を倒せなかった。

 しかし、よく成功したもんだ。

 青から黄、色の変化を見ていたものの、ぶっつけ本番、確証だってありゃしない。

 たまたまセキュリティーロボット――あのプロペラがついたハコが現れた。そして、迅速かつ正確に獣を襲った。

 なにも起こらない可能性だってあった。起こったとしても、間に合わなかったかもしれない。間に合ったとしても、わたしも襲われていたかもしれない。


 すべてが綱渡り。なにかがひとつ向こうへ転がり落ちても……


 ――いや、まてよ。

 ここで違和感を覚えた。

 どうも何かがひっかかる。

 何だ? このひっかかりは……


 対象者……か?

 壊した相手を正確に襲う。それはいい、なにせ機械だからな。

 問題はなぜ獣を襲ったのか、ということだ。


 全身しろずくめの男もセキュリティーをになっていたはず。

 そして、獣たちはその部下。ならば仲間ではないのか?


 考えられるのはまず独立性。いかなる存在でも、販売機を破壊したものに襲い掛かるようにプログラムされている。

 あるいは通信の遮断。中央でデーターを管理していたが、なんらかの理由でやりとりができなくなった。

 しろずくめの男は言っていた。コンタクトがとれなくなった者がいたと。

 獣と如何にしてして意思疎通をしていたのか定かではないが、それならばある程度の説明がつく。


 この都市は妙にノスタルジックなよそおいをしている。

 だが、それでも監視カメラぐらいあるだろう。じっさい『チケット売り場』にもついていた。

 コンタクトがとれずとも通信がいきていれば居場所ぐらいは分かるだろう。

 それすら分からないのは、全ての通信が途絶えていたからにちがいない。

 

 ……ほんとうにそうだろうか?

 なにか大切なことを見落としている気がする。



 一抹の不安を感じたころ、ふと何かの気配を感じた。

 耳をすます。聞こえてくるのは、荒い息づかいと足音だ。

 ……音の間隔と重なりから二足歩行。かずは……二。

 さらには、ぼそぼそと話す声も聞こえてくる。


「ちきしょう。なんだよ、アレ」

「シッ、黙れ。声をだすな」


 驚いた。狂人じゃない。しかも聞き覚えのある声色こわいろ

 やがて横道から人影があらわれ、確信する。

 ひとりは出っ歯に天然パーマの若い男。もうひとりは、右眉の上に古傷のあるショットガンをもっている男。

 ダンとジョシュア、――いや、シュタイナーだ。


 彼らはすぐにわたしの姿に気がつくと、叫び声をあげた。


「ひゃあっ! うそ!!」


 ダンは背中をむけて走り出す。

 シュタイナーはショットガンをこちらに向けて後ずさる。


 なるほど。ほうぼうに散らばった獣たちに狩られかけたとみえる。

 さて、いまさらコイツらを狩ることに意味などないが……


 そのときシュタイナーの視線が、わたしから口元のベン・カフスマンに向けられた。


「ベン? いや、まさか、おまえ!?」


 その口ぶりでは、正体がわたしだと気づいたか?

 なかなかに勘がいい。

 ――いや、勘だけではないな。もしかしたらコイツは人間に戻るだけでなく、ずっと都市からの脱出方法を考えていたのかもしれんな。

 そして、わたしどうよう脱出のカギがベン・カフスマンにあると踏んだ。


「ダン、まて。止まれ」


 わたしの敵意のなさをくみ取ったのか、ダンを制止しようとするシュタイナー。

 しかし、ダンには届いていない。彼は手すりをひいて体をひっぱり、少しでも早く逃げようと懸命だった。

 

 ショッピングモールの上下じょうげに吹き抜ける通路を、あたふたと走るダン。

 その方向はわたしの目的地と同じ。

 ダンを助けるつもりなど毛頭ないが、わたしどうよう悪運が強いとみえる。


 しかしそのとき、吹き抜けの下から奇妙な白い棒が伸びてきた。

 ツルリとした表面。全身はグネグネと曲がり、先端は花のツボミのように少し膨れている。

 そして、ツボミはパカリと開くと、逃げるダンの頭をのみ込んでしまった。

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