第32話 カウボーイ
獣は身をひるがえすと跳躍した。
と同時に響く、タタタタタという発砲音。
獣がさきほどまで立っていた床を鉛玉が激しく打つ。
発砲音はさらに続く。
次は着地地点だ。まるで動きを予測していたかのように、かわしたはずの位置へと銃弾は打ち込まれる。
が、当たらない。獣は横に転がり辛くも避ける。
ヒュ~、やるねえ~。あの巨体でよくもまあ。
さて、助っ人カウボーイはどうするかね?
上を見上げる。目に映るのは上部にプロペラの付いた四角い箱だ。
数は三つ。どうやら金属製のようで、側面には目のような模様、下部から伸びるアームには、マシンガンが備わっている。
それら三つは獣を取り囲むように展開すると、惜しげもなく弾丸をばらまいていく。
防戦一方となる獣。右へ左へ飛び跳ねながら弾丸をかわしていく。
なかなかのアクションシーンだな。ポップコーンがないのが残念だ。
バキリ。
大きな音をたてて四角い箱が地面に叩きつけられた。
割れたプロペラの一部がクルクルと宙を舞う。
オイオイオイ。マジかよ。
なんと獣は銃撃のスキをついて大きく跳躍すると、三つのうちの一つを爪で叩き落したのだ。
マズイな。いまのうちに逃げるか。
ヒュンヒュンヒュン。
ふたたび頭上で風切り音が聞こえた。
見上げるとやはり四角い箱が浮かんでいる。
増援だ。しかも五つ。
ハハッ! こいつはさすがに無理だろ。
まあ、いずれにせよ逃げたほうがよい。
クソ猫が死んだあと、私にターゲットが切り替わる可能性もあるからな。
無理に見届ける必要はない。勝った事実が残りさえすればそれでいい。
戦いに背を向けると、壊れた販売機を漁る。
サブマシンガンの弾は……あった、これだ。9x19mmパラベラム弾。
箱を四つ手に取ると、彼らを刺激せぬよう、そっと遠ざかっていった。
かばんの紐が肩に食い込む。弾丸とは
9x19mmパラベラム弾は一発10グラム程度。ひと箱50発だから四箱で2キロ。
……そうでもないな。もっと持ってくればよかったか?
まあいい。足らなけりゃまた取りにいけばいい。まずは銃本体を手に入れるのが先決だ。
そうしてたどり着いたのはミラーハウスの入口。
カバンに乗せた余計な荷物をおろすと、落としたサブマシンガンを探す。
あった。これだ。拾い上げたのはMP 40。第二次世界大戦中にドイツが開発した短機関銃だ。
射撃モードはフルオート、毎分500発の射撃速度をほこる。
これならば少々狙いが狂っても数でカバーできるだろう。
右手が使えない今の私にはおあつらえ向きだ。
さて、これからどうするか。
傷をおして中心部に向かうか、どこかで体を休めるかだ。
あるいは病院まで戻りダンに乗り換える手もある。
だが戻るのは、できれば避けたい。
シュタイナーを刺激してしまうからだ。
傷ついたからとスペアを求めて帰ってくる。それでは、次は自分だと警戒させるようなものだ。
警戒……いや、確信だな。私がヤツなら帰ってきた時点でズドンだ。
そしてなによりセキュリティーの問題がある。私の予想が正しければダンでは中心部へ入れない。入れるのは政府関係者だけだ。
可能性があるのはノラスコだけ。少々ガタがこようが、しばらく彼であり続ける必要がある。
チッ、なんとも面倒な状況になったもんだ。
まあ、いい。
とりあえずは死体だ。進むにせよ戻るにせよ全ては物資を漁ってからだ。
なにせここには、まだ死体が沢山ある。思いがけない拾い物だってあるかもしれない。
「アスピリン(鎮痛剤)でもありゃ助かるんだがな。なけりゃせめて添え木の代わりだ」
折れた右手を見つめて、そう呟いた。
死体漁りをした結果、見つけたのは携帯食料が少々、武器がハンドガン二丁だった。
ハンドガンはルガーP08とモーゼルC96。どちらもドイツで開発された自動拳銃だ。
これで武器は合計五つ。
全部持つには多すぎる。
マシンガンは確定として、サブをひとつに絞った方がいいだろう。
ショックバトンはバッテリー残量が気になる。ここは拳銃を選択すべきだろうな、問題はどれを選ぶべきかだが……
威力ならコルトシングルアクションアーミー、弾を考えるとルガーP08か。マシンガンと同様の9x19mmパラベラム弾がつかえるのは大きい。
モーゼルC96は7.63x25mmマウザー弾。威力と弾を考えると選考基準から外れる。
よし、ルガーP08でいこう。
残りの武器は隠しとけばいい。それなら体を乗り換えたときも取りにいける。
そうして、どこに隠そうか思案していると、不意にゾクリとした悪寒に背を襲われた。
周囲を見回す。
――いた。
闇の中から浮かび上がったのは、巨大な獣。
先端を緑に光らせていた毛並みはもう血でベットリと濡れ、ポタポタと血の斑点を床へ落とす。
踏みしめる四本の脚は小刻みに揺れ、今にも崩れ落ちそうだ。
しかし、その目は死んでいない。
激しい怒り。そして、執念が込められているように見えた。
お前も道連れにしてやると。
フン、お断りだね!
死ぬなら勝手に死にな!!
銃を構える。私と獣、にらみ合う。
獣の脚の震えが止まった。
避ける気はなさそうだ。死は覚悟の上か。
タタタタタン。
銃声が鳴った……横から。
無防備だった獣の脇腹にいくつも穴を穿つ。
驚いた顔で発砲者を見る獣。
おそらく、ティーカップの残骸に隠されたアーム付きのマシンガンを見つけたことだろう。
そうだよ。お前さんが最初に叩き落した一台だ。役にたつかと思って拾っておいた。
プロペラは完全に壊れていたが、まだ弾はでそうだったからな。
重かったんだぞ。
頑張って運んだ甲斐があったというものだ。
ドサリと音を立てて崩れ落ちる獣。さすがに限界を迎えたようだ。
歩み寄って顔を覗く。
その表情は悔しさと憎しみに満ちていた。
いいね! その顔が見たかった。
獣の額に銃口を向けると、引き金をひいた。
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