第20話 スケアクロウ

 二度の銃声が鳴り響くと、汚い服を着た男が地面に崩れ落ちた。

 素早く駆け寄り、彼の手から離れた鉄パイプを蹴り飛ばす。


 撃ったのは私だ。新たな区画へ侵入したところで、死体漁りをする彼と鉢合わせたのだ。

 まさかこの扉が開くとは思っていなかったのであろう、驚きの表情を浮かべていたところへ二発。

 一発はそれたが、もう一発は喉元に命中した。男は仰向けのまま、カヒュー、カヒューと擦り切れた呼吸音をあげている。

 まだ死んでいない。が、あの傷ではじきに死ぬ。


 柱の影へと身を隠すと、他に脅威がないか気を配る。

 周囲に人影はない。あるのはすでに死体だった者と、これから死体になる者だけだ。

 だが、これで安心とはいかない。

 あの獣のような咆哮をあげた何かが、扉を通過できない保障などありはしないのだから。



 ガァン!! と金属をたたく音がした。

 それから、キイイイと爪で引っかくような摩擦音も。

 来たか! 

 あの分厚い隔壁すらも通して伝わる脅威に背筋が凍る。


 急いでこの場を離れるか?

 ――いや、動く方がマズイ。捕食者はまず背を見せる者を襲う習性がある。

 次は弱った者だ。

 ならば、あの瀕死の男が襲われている間に、残った弾を全て撃ち込めばよい。

 銃を構え、呼吸をかみ殺す。

 一秒が無限にも感じる。


 ……

 

 しばらく待ってみても扉が開く気配はなかった。

 諦めたのだろうか? よく分からない。

 いずれにせよ長居は無用だ。

 逃げようと這ったのだろう地面に赤い尾を引く男を柱の影へと引きずりこむと、キャップ三個、一口サイズの携帯食料ひとつを奪い、足早にこの場を去った。




――――――




 新たな区画はこれまでにないほど大きく広がっていた。

 博物館、オペラ劇場ですら小さく感じるつくり。

 向こうの壁は遠すぎて見えず、一面総ガラス張りの天井を支えるのは、太く高い石の柱たち。


 そんな中、私の目前にはピンと張られたロープがあった。

 先を追っていくと、足をブラブラと揺らす、宙ぶらりんの男へと辿り着く。

 首吊りだ。

 男の首に食い込んだロープは柱についた留め金のような部分をとおり、やや下の柱体部に巻きつく。

 自殺ではない。

 全裸のまま後ろ手で縛られていることからも、それは明白だ。


 なかなか凝ったインテリアだな。

 視界に入るだけでも、首吊りオブジェは十体は下らない。

 たんなる趣味か警告か、殺風景なホールを彩る彼らは風もないのに揺れ動き、まるでスケアクロウかかしのように声なき声を発するのだ。


 警戒しつつ先に進む。

 もっとも注意を向けるのは足元だ。上に意識を誘導しておいて下に罠を張るのは人狩りの基本だからだ。

 次に柱周辺。大きな物に身を寄せるのは、生物全体の習性だろう。


 やがて大きな建造物へと行き当たった。

 巨大な石を積み上げてできた四角いハコ、その周りを円筒形の石柱がグルリと取り囲む。そして上部には、レリーフが刻まれた石組の三角屋根がのる。

 

 なんとも奇妙な感覚に陥る。

 コイツはパルテノン神殿にそっくりだ。

 かの遺跡は損傷が激しく、中の石組みは朽ちてしまったけれども、いま目にしているのは、時をさかのぼったその姿だ。

 だが、歴史的荘厳そうごんさよりも、場に存在するミスマッチさに気を引かれる。

 そもそもここは海底都市。石と金属でできた巨大な建造物の中なのだ。

 建物の中に建物というテーマパーク的構造が、より人工物感をかもしだしているからだろう。


 建造物のまわりを一周する。

 柱には、やはりというか首吊りオブジェが括りつけられ、腐敗臭を放っている。

 床には乾いて変色した血溜まりだったものがあり、壁や柱には飛沫血痕ひまつけっこんと解読不能の血文字がある。



 さて、どうしたもんか。


 かかしに血文字は縄張の主張であろう。

 何者かが、蛮族よろしく集落でもつくっていると考えられる。

 普通なら、一も二もなく回り道だ。

 目的は脱出であって、異文化とジャレあうことじゃないからな。


 だが、なんであろうか、妙な違和感がわたしの足を止める。


 原因は吊るされた死体だ。

 いつぞやのように死体をエサに狩りをしていると予想し、手を触れないよう注意していたのだが、今のところ罠らしき物が見つからないのだ。


 残虐なオブジェクトには、ある種の意味がある。

 己の存在を誇示し、意思を明確にするといったものだ。

 早い話が、近づけばお前もこうなるぞ、との警告だ。

 結果、相手に恐怖を与え、無用の争いを避けられる。


 そう、避けられるのだ。そこがどうもしっくりこない。

 物資が少なく、奪うことでしか生存できぬこの地で、なぜ避ける?


 逆だ。注意を引きつけたならば、獲物を狩るためワナをしかける。

 休息を必要とするならば、目立たぬよう息をひそめねばならない。


 そもそも、ここは狂人の街。凄惨な死体を見て怯む者などいやしない。

 全裸の死体など漁る意味もない。

 これでは、ただ己の身を危険にさらすだけではないのか?



 確かめる必要がある。

 吊るされた死体をひとつ、ロープをほどいて地面に下ろしてみた。

 やはり罠はない。全身をくまなく観察する。

 複数の打撲痕。それに骨折が二箇所以上。

 それから死斑だが……背中側に少なく、胸側に多かった。


 死後吊るされた死体か。

 死因は殴打。パックリ割れた頭部への一撃が致命傷になったと思われる。

 死斑とは赤血球の沈着。生きたまま吊るされれば、おのずと足へと集中する。

 圧迫された部分に死斑は現れない。息絶えた後、死斑が沈着する五時間は仰向けで放置されていたこととなる。


 他の死体も確認してみる。

 打撲、銃創、火傷……そして、見つけた。外傷のない死体を。

 死因不明。

 それも少ない数ではない、確認しただけでも五体はあるこれら死体は、死斑から考えて絞殺でも首吊りでもありえない。可能性としては毒殺、あるいは病気ぐらいなものか。


 病死……自然死か。

 狩った獲物でない死体を吊るす意味とは何だろうな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る