第7話 舞い降りた天使

 あれから店舗を数箇所まわってみたが、どこも荒らされており、ロクな物資はなかった。唯一の収穫は、背負うタイプの鞄を手に入れたことだった。


 やはり食料を手に入れるのは難しい。

 こんな状況下だ。皆、食料をみつければ、すぐ胃に納めるだろう。横取りされては元も子もない。残すとすれば鍵がかかる場所ぐらいなものか。


 探索方法を変えるべきだ。

 施錠前提の場所、すなわち個人の住居か客室を重点的に調べるか、あるいは、溜め込んでそうな誰かを見つけるのが手っ取り早い。

 弱肉強食だな。つまるところ野生の生き方を強要されている訳か。


 こうして、思考を巡らせていると、ふと、通路の隅におかしな物が設置されていることに気付いた。

 危険物ではない。が、警戒しつつ近づいていく。


 壁際にひっそりと置かれていたのは、高さは二メートル弱、幅は約三メートルの金属製の箱。前面を覆うプラスチック製のパネルが、内部から照らされ、くすんだ光を放っている。

 コイツは昔なつかしのジュークボックスにそっくりだ。コインを入れて番号を選ぶ、さすれば曲を奏でる、あのジュークボックスだ。

 しかし、決定的に違うところがある。

 透明のパネルの奥に陳列されている紙箱たちだ。

 通常ジュークボックスは曲名だけか、数枚のCDやレコードのジャケットが内部に飾られている。

 だが、この紙箱に描かれているのは、数種類の弾薬と爆発物だ。


 ひょっとしてコイツは、弾薬を売る自動販売機か?

 よく見れば、たしかに取り出し口のような物が下についている。


 なるほど。弾薬の入手方法は分かった。

 ただ問題は通貨だ。

 これまで紙幣、硬貨といった通貨に属する物は見ていない。

 まあここに至っては金など必要なかろうと、積極的に探してこなかったこともあるが……


 ――いや、一つだけあった。

 ボトルキャップだ。

 大人にとってはただのガラクタ。しかし子供の目線で見れば宝物となりえる物。


 投入口と思わしきものを見る。

 不自然に大きい。

 札どころか、硬貨を五枚重ねても投入できる程の分厚さだ。


 試しにボトルキャップ一枚を放り込んでみる。


 デロッ。


 電子音、それも何かが溜まったと感じる不思議な音がした。

 変化したものがないか調べる。

 すると1Cと光る文字が右隅に浮かび上がっていることに気が付いた。


 さらによく見る。

 すると、もとからあったのであろう、9×19=5、5.56×45=5、7.62×39=5などの切り取られた文字がいくつもあることに気が付いた。

 この、かけるの数字が表すのは、おそらく弾の口径。そして、イコールの先は金額だ。


 俺の持っている銃はカービン銃、弾は.30カービン弾。

 ええっと、0.30インチをミリに直すと……

 これか、7.62×33=5。

 ボトルキャップを四個追加する。


 デロデロデロロッ。

 7.62×33=5の文字がバックライトに照らされる。


 ガゴトン。


 ボタンを押すと、取り出し口に何か落ちてきた。

 .30カービンと書かれた、小汚い紙箱だ。

 他にも何やら書かれている。10カードリッジ。

 十発か。ならば二発で一キャップ。

 なかなか世知辛い。

 

 これで手持ちのキャップは7となった。もう一つ買えるが残しておく。

 なぜなら自動販売機がこれ一つとは限らないからだ。

 水、缶詰などの携帯食料の販売機がある可能性だってある。


 今後はキャップを重点的に探すとするか。

 不思議な自動販売機に背を向けると、また、店舗あさりを開始する。

 自動販売機の破壊など考えない。

 荒らされたショッピングモールの中で、原型を留めている弾薬の供給箱。どう考えても不自然だからだ。


 今は無理をする必要はない。新しい体のメドがたってからでも遅くはない。

 そう心の中で、呟いた。




――――――



 

 あれから更に店舗を数箇所まわり、キャップを五個ほど手に入れた。

 もちろん、荒らされた店を更に荒らすような非効率なことはしていない。

 荒らした者を見つけて、背中にズドン、という単純な作業をこなすだけ。

 とっても汚い彼らだが、俺のためにせっせとキャップを集めてくれたかと思うと、とたんに、いとおしく見えてくる。不思議なものだ。


 そうこうしているうち、『チケット売り場』なる部屋を発見した。

 ここは店舗とは違い、金属製の重厚な扉つきだ。


 さて、物資の残る可能性がある、施錠前提の場所を見つけたわけだ。

 問題はそんな場所が手付かずのままなのか、だが……

 

 開閉ボタンを押してみる。

 ウンともスンとも言わない。微動だにしない扉は、行く手を遮ったままだ。

 だよな。しかし、施錠イコール荒らされていない可能性、大だ。


 扉以外の進入経路を探してみる。

 すると壁の一部が、くり抜かれた場所があった。

 チケットカウンターだ。かつては、ここで受け渡しをしていたのであろう。

 そっと中を覗いてみる。


 中は外から見るよりも広く、さらに奥へと続く扉も見えた。

 これはひょっとすると、ひょっとするかも。

 この穴から、どうにかして開閉ボタンを押せないものかと思案する。

 その時!


「誰? そこに誰かいるの!?」


 若い女の声がした。

 予想外の展開に、一瞬動きが止まる。

 誰かがいる可能性は考慮していたが、まさか会話できる者がいたとは。

 だが、喜ぶのは早い。オウムのように一方的に同じフレーズを繰り返している、なんて場合もある。

 フーと息を吐き、気持ちを落ち着ける。

 それから、相手の気持ちを害さぬよう、慎重に言葉を選んだ。


「すまないが、水をもらえないだろうか? 少しでいい」


 すると、しばしの沈黙の後、返事が返ってくる。


「あなた……話せるの!!」


 ビンゴだ。これでサイコダイブが使える。

 乗っ取っちまえば鍵なんて関係ねえ。中から扉を開いて銃を回収すれば一件落着だ。

 この体もだいぶガタがきてる。女だが若い体を手にいれりゃあ、今よりずっと楽になる。


 ――いや、待て。思い込みは禁物だ。

 もしこの女が車椅子だったらどうする? 詰みだ。

 それにサイコダイブは記憶を引き継げない。女が持つ情報をまるまる捨てることになる。

 焦るな。会話さえ続けていれば、いつでも乗っ取れる。

 急いては事を仕損じる、だ!


「ああ、話せるよ。でも、やつらに襲われたんだ。足をやられてしまった。もう歩けそうにない。少しでいいから休ませてもらえると助かるんだが……」

「……そう。大変だったわね。でも無理。赤ちゃんがいるの。危険は冒せない」


 赤ん坊?

 よく分からんな。ガキがいようがいまいが、命の危険に変わりはなかろうに。

 そもそも赤ん坊なぞ、邪魔にこそなれ……

 ここで、一瞬、天使が舞い降りてきたかのような錯覚に陥った。


 ハハッ! 運が向いてきやがった。

 鞄の中へと手を伸ばす。そして、取り出したのは缶詰。――粉ミルクだ。


「なあ、もしかして赤ちゃん、栄養足りてないんじゃないか?」


 そう言って、チケットの受け渡しカウンターに粉ミルクをのせた。


「他にもある。良かったら中に入れちゃあくれないか?」

「……」


 沈黙が続く。

 駄目か? これ以上はサイコダイブに支障がでる。

 別の話題をふるか、もう乗っ取ってしまうか。再び選択に迫られる。

 が、そのとき、穴の横から、するりと手が伸びてきて粉ミルクをつかんだ。


「いいわ。そのかわり銃の弾を抜いて。私に見えるように」


 己の口角が釣りあがるのを、どうにも止められなかった。


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