第6話 ごちそう
ワンピース女の持ち物は、レンチ以外にはボトルキャップが一つだけだった。
重いのでレンチはいらない。ボトルキャップだけをポケットに詰める。
……しかし、ボトルキャップか。
最近トンと見かけないが、昔はビールや炭酸飲料のフタによく使われていた。
コイツも見たとこ特別な何かがあるようには思えないが、こうも続くと気にはなる。あえて無視する必要はないだろう。
――迷ったら、人の真似をせよ。
それが人生で得た教訓だ。
俺は自分が人と違うと知っている。
自分と彼ら、その間には決して理解し合えぬ大きな溝が存在することを。
世界は異物に優しくない。排除しようと牙をむく。
ならば、どうする?
形の上だけでも同じになればよい。
人と同じ服を着、皆が持っているものを持つ。
それが異なる者の生きる術だ。
死体を柱の影へ移し、先へと進む。
階段の奥の通路は暗くて何もない一本道となっており、なんとなくだが区画のつなぎ目を連想させる。
やがて、暗くて狭い視界が開けるとともに、多種多様のネオンサインが目に飛び込んできた。
『ファーマーズ・ツール』『エンジニアリングブロッサム』『ワークマンパラダイス』などと描かれた電飾看板や、コートを着た女性、パイプを咥えた髭男を一筆書きで描いたネオン管など、どこかノスタルジックな夜の光。
なるほど、たしかにマーケット、いや、歓楽街だな。
これらネオンで
はてさて。これだけ店があると、どこから探索すれば良いやら。
ひとまずワークマンパラダイスと書かれた店へと向かう。
表のショーウインドーには男女のマネキン。もとは着飾ってあったのだろうが、いまや衣類は剥ぎ取られ、腕も折られている。
入り口には扉はない。音を立てず、そっと店内へと足を踏み入れる。
壊れた棚、床に散乱する衣類、割れてしまった鏡と、見るも無残に荒らされており、おおよそ今の自分に必要な物資があるとは思えない有様だった。
なかでも、壁際に立つ数体のマネキン。
火でも付けたのだろうか、体についた焼け焦げた跡が、もう買い手など存在しないことを物語っているようで、余計に寂しさを感じさせる。
ん? ふと違和感を覚えた。
向かって右手の一番奥。カツラの取れた丸い頭のマネキンに、どこか他とは違う異物感を見て取ったのだ。
狙いを定め、引き金を引く。
タン!
白いマネキンの頭部に、赤い花が咲いた。
その後、床へと崩れ落ちていく。
やはり人か。
しかしコイツ、何でマネキンの真似をしていたんだ?
それに、いつからそうしていた?
まあ、狂人に理屈を求めても無意味か。
念のため他にもいないか、残ったマネキンに注意を向ける。
……大丈夫だ。全て本物のマネキンだ。
しかし、問題は銃声だな。近くに誰かいれば聞かれているだろう。
どうする? 一旦撤退するか、隠れるか。
……隠れるべきだろう。これだけの密集地だ。たった一つの発砲音では正確な位置など特定できまい。むしろ見通しのよい通路に飛び出すほうがリスクが高い。
素早く決断すると、部屋の最奥、レジカウンターを見定め、走り寄る。
そして、左へ回り込み、身を隠そうとして……凍りついた。
頭部を真っ白に塗った女が、そこにいたのだ。
真っ白な顔に、真っ赤な口紅。ギョロリとした二つの黒目が浮かぶ。
身につけているのは、素肌の上にブカブカのオーバーコート。
そいつは、俺と目を合わせると、ニヤリと笑い黄色い歯を見せた。
銃を!
いや、間に合わない。
女の手には、服を吊るすためのハンガーパイプ。
こちらが銃の狙いを定めるより早く、それを振るってきた。
「グゥ」
左太ももに鋭い痛みを感じ、思わず声が漏れる。
だが
銃床を女の顔面めがけて叩き付けた。
メキリという音とともに、鼻骨を砕く感触が手に伝わる。
もう一撃。
再び銃床にて顔面を叩くと、女は血を吹いて仰向けに倒れた。
タン!
銃弾を一発、心臓に打ち込む。
即死だ。顔面を抑えていた女の両手が、ダラリと地面に落ちた。
クソッ!! やってくれたな。
悪態をつきながらカウンターの上へ上体をあずける。
新手は?
まだいない。
ズキズキと足が痛む。
骨は……たぶん大丈夫だ。
だが、走ることなど到底できないだろう。
ここに立てこもるより仕方がない。
銃口を入り口へと向けたまま、呼吸をととのえる。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
短く息を吐き続けていると、次第に痛みと心が落ち着いてきた。
残りの弾丸は24。冷静に対処すれば乗り切れる。
これまで見た銃は俺の持つ一丁だけ。他の者の貧相な装備を見るかぎり、
それに手榴弾もある。いざとなれば、かく乱もできよう。
息を潜めて成り行きを見守る。
……。
来た!
薄汚い姿の女が二人、姿を見せた。
どちらも素足で、ぼろぼろのワンピースを着ており、一人は手にドライバー、もう一人はノコギリだ。
彼女たちは周囲を見渡し、マネキン女の死体を見つけると店内へと入ってきた。
「ピピピピ、ピッザはいかがかしら?」
死体を見下ろし、訳のわからないことをいう女。
ドライバーとノコギリで作るピザなどお断りだ。
タンタンタンと三度引き金を引く。
一発はひとりの胸に、一発はもうひとりの肩に命中した。
「ちぃ~ずがなぁ~い」
ここでようやく俺の存在に気が付いたのだろう、肩に銃弾を受けたドライバー女が奇声を発し飛び掛ってきた。
今度は外さない。
後ろに数歩下がると、カウンターを乗り越えようとした女の腹に、
入口に銃を向けたまま待つこと数分。結局それ以上誰かが現れることもない。
ひとまず危機的状況からは脱したと判断してよいだろう。
銃を下ろすと、改めて倒した者共の状態を確認する。
生きていたのは一人。腹部を撃った者が、かろうじて息があるだけで、他は全て死んでいた。
「おい、お前の名は?」
無駄だと思いつつも、少しでも情報を得られないかと会話を試みる。
が、女は口から血を吐くばかりで、情報どころかマトモな単語すら発することはなかった。
仕方がない。お別れだ。
女の喉をナイフで切り裂くと、続いて戦利品を漁る作業へとうつった。
彼女らの所持品はドライバーにノコギリ、ポールパイプと、いらないものばかり。めぼしい物はポケットに入っていたボトルキャップ三個だけだった。
厳しい結果だ。単なる体力と弾丸の浪費で終わってしまった。
まあ、やつらの数が減った分だけ危険も減る。安全を買ったと思えば良いだろう。
それに僅かばかりだが、分かった事もある。
彼らは精神に異常をきたしているが、無秩序に殺し合っている訳ではない。ある程度のコミュニティーを築いている可能性が高い。
それは店内に二人、銃声を聞いて駆けつけた者も二人だったことから明らかだろう。
狂った後、集団を形成したのか、はたまた以前の人間関係をひきずっているのか……
――狂人に街は作れない。
彼らとて最初から狂っていたわけではないだろう。
ここで何かが起こり、そして、彼らを狂わせた。
全く。迷惑な話だ。
物資もなければ、スペアの体もない。
こんな狂った世界からは一日も早くオサラバしたいね。
左足の痛みを飲み込むと、なるべく体重をかけないように歩きだした。
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