第18話 暇潰しと顧問

城島きじまっちはさぁ」

「はい?」


 突然名前を呼ばれ、俺は、打ち込み作業中だったパソコンから顔を上げる。


 今日の東雲しののめ先輩の暇潰ひまつぶし方は、クロスワードパズル。

 そんなに好き好んでやっているわけではないのか、その表情はあまりすぐれない。正直、退屈そうだ。つまらなそうな顔をするくらいなら、やらなければいいのにと思うのだが、そういう事ではないのだろう。


「どういう子が好みなの?」

「……唐突ですね」

「いやさ、今日、仲良さげに女の子と歩いてるのを見て、ああいう子が好みなのかなとふと思ったわけよ」


 ああいう子とは、おそらく岡崎おかざきの事だろう。江藤えとうとは二人きりではあまり歩かないし、他に候補が思い浮かばない。


「ま、可愛かわいいとは思いますよ」

「おっ。言うね」


 こういうのは、戸惑ったりすると、逆にからかわれる元になりねないので、素っ気なく答えておく方が間違いないのだ。


「ずばり、岡崎さんとはどういった関係なんですか?」


 机の上に身を乗り出し、手持ちのシャープペンを、マイクよろしくこちらに付きつけてくる東雲先輩。


「ただのクラスメイトですよ」

「えー」


 なぜこの人は、不満げなのだろう。


志緒しお

「はーい」


 つるの一声ならぬ、岸本きしもと先輩の一声で、東雲先輩が引き下がり、そして、クロスワードパズルに戻る。


 それから数十分後――


「城島っち」

「何です?」


 俺も仕事を終え、東雲先輩に続き、ひま人になってしまった。


「競技名を連呼しながら行う競技は?」

「カバディ、ですか?」


「カ、バ、デ、イ」

 俺の言った言葉を、そのまま空欄に当てはめる東雲先輩。


「じゃあ、最下位を別の言い方で」

「ドべ、ケツ、後は……」


 ふと視線を感じ、目をそちらに向ける。岸本先輩が俺の事を、横目で見ていた。


「すみません。うるさかったですか?」

「いや、別に、そういうわけじゃ……」


 そう言うと、岸本先輩は俺から視線を外し、自分の仕事に戻っていった。ちなみに、姫城先輩は、俺達のり取りなんて気にも留めず、仕事に没頭している。この人の集中力は、相変わらずすごい。


 ふむ。


「ちょっと、飲み物買ってきますね」

「あ、うん。すぐ戻ってきてね」


 東雲先輩にひとこと断りを入れてから、立ち上がり、生徒会室を後にする。


 生徒会室を出て、東雲先輩に宣言した通り、自動販売機のある食堂前へと向かう。飲み物は生徒会室を出る口実だったが、俺の喉が渇いているのは事実だった。


「城島君」


 声を掛けられ、振り向く。岸本先輩がそこに立っていた。


「どうかしました?」

「いや、私ものどかわいてな。一緒してもいいか?」

「えぇ。どうぞ」


 岸本先輩と並び、再び食堂前を目指す。


 こうして追いかけてきたからには、何か俺に話があるのだろうと踏んだのだが、岸本先輩は黙り込んだまま、一向に話を切り出してこようとしない。


 階段を降り、後一つ角を曲がれば、自動販売機が見えてくるという所で、ようやく岸本先輩が口を開く。


「城島君」

「はい?」

「その、昨日はどうだった?」

「昨日、ですか?」

「あぁ。一緒にデパートに行っただろ? その時の静香しずかの様子は、どうだったかな? と思って……」

「別に、普通でしたよ。少し、いつもよりテンションが高めかな、とは思いましたが」


 とはいえ、特に気にする程の変化ではなかった。


「そうか。なら、いいんだ。すまない。変な事を聞いて」

「はい……」


 何だったんだろう、今の質問は……。




 俺と岸本先輩が、それぞれの手にペットボトルを持って戻ると、生徒会室には姫城先輩の姿しかなかった。


「静香、志緒は?」

「志緒ちゃんなら、少し出てくるって、出掛けちゃったけど」

「ふーん。そうか」


 予想通りの答えだったのだろう。特に反応を示す事なく、岸本先輩は自分の席に向かい、そこに腰を下ろした。俺も同じく、自分の席に座る。


「ん?」


 俺の目の前に、雑誌が置かれていた。さっきまで、東雲先輩がやっていたクロスワードパズルのやつだ。間に小さなメモが挟まれている。

 そのページを開く。


〝後は任せた〟


「……」


 まぁ、いいけど。


 二人の先輩が仕事をする中、俺は一人、クロスワードパズルを解く。


 トランプのJはジャック、Qはクイーン、Kは?

 ――キ、ン、グ。

 日本で一番高い山は富士山、では世界で一番高い山は?

 ――エ、ベ、レ、ス、ト。

 新五千円札に書かれている人物は樋口○○?

 ――い、ち、よ、う。

 これ、乗ってくると、けっこう楽しいな。次は……。


「城島君」


 次の問題に取り掛かろうとしていた俺の手を、岸本先輩の声が止める。


「はい」


 岸本先輩の方を向く。


「これを、職員室まで届けて欲しいんだ」


 そう言って、岸本先輩が俺に差し出してきたのは、薄い書類のたばだった。


「いいですけど……誰に渡すんですか?」

竹内たけうち先生だ。生徒会顧問の」


 竹内先生とは、何度か顔を合わせた事があるので、何とか顔は分かる。


「分かりました。行ってきます」

「悪いな」


 生徒会室を後にし、職員室を目指す。


 職員室には、半数程の教師がおり、その中に竹内先生の姿もあった。

 竹内先生は、ショートカットの髪のよく似合う、スポーツマン然とした女性だ。細見のパンツスーツを好んで着用しており、引き締まった体にそれがこれまたよく似合っていた。


「竹内先生」


 横まで行き、声を掛ける。


「ん? あぁ、城島君か。どうした?」


 こちらに体を向け、竹内先生がそうたずねてくる。


「これを」

「おう。これかこれか。ありがとう」


 俺から書類を受け取った竹内先生が、その顔に笑顔を浮かべる。


「それはそうと、どうだ? 生徒会に入ってみて」

「まぁ、何とか、先輩方に助けられながら、やってます」

「その先輩達とは、仲良く……っていうのはおかしいか。いい関係、きずけてる?」

「そう、ですね。よくしてもらってますし、俺としては築けてると思います」


 こればかりは、相手がある事だし、断言をする事は難しい。

「そう。なら、良かった。これからも、この調子で頑張ってくれ」

「はい」


 職員室を出て、生徒会室の方に足を向ける。


 とはいえ、生徒会室に戻った所で、俺のやる事と言えばクロスワードパズルくらい……。そう言えば、東雲先輩はどこに行ったんだろう? 少し探しに行ってみようか。


 ――などと考えていたら、探さすとも、向こうから本人がやってきた。


「あ、城島っちだ。おーい」


 こちらに大きく手を振って、東雲先輩が近寄ってくる。


「どこ行ってきたの?」

「職員室にちょっと。東雲先輩は?」

「私? 私は、最初は散歩のつもりでその辺をぶらぶらしてたんだけど、途中で先生に捕まっちゃって。なんか、教材室の扉の調子が悪いんだって」

「扉の調子、ですか?」

「うん。何でも、いちど閉めちゃうと、勝手にかぎが掛かっちゃって、中から開かなくなっちゃうんだって。ほら、あそこ、中から鍵開けられないじゃない?」


〝じゃない?〟と言われても、よく知らないが……。


「現に、何人か閉じ込められた子がいるらしいから、城島っちも気を付けなよ」

「はぁー……」


 まぁ、頭には入れておくか。また行く機会があるかどうかは別にして。

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