第16話 デパートとフードコート

 放課後。裏門をくぐり、駅や自宅とは正反対の方向に進む。


姫城ひめしろ先輩は、よく今から行くデパートには行くんですか?」

「えぇ。生徒会の買い出しは、いつもそこで行ってるんで。城島きじま君は?」

「俺は……ないですね」


 というか、こっちの方にはあまり来ない。


「そうですか。じゃあ、迷子にならないよう、ちゃんと私に付いてきて下さいね」


 笑顔で、俺にからかうような事を言う姫城先輩。


 少し前までなら、こんな事は考えられなかった。俺に、少しは気を許してくれてきたのだろうか? だとしたら、うれしいが。


「城島君?」


 急に黙り込んだ俺に、小首をかしげる姫城先輩。


「すみません。見惚みとれてました」

「へ?」

「姫城先輩の笑顔に」

「へ……?」


 俺の言葉に、姫城先輩の笑顔が固まる。


 お返しとばかりに、姫城先輩をからかってみたのだが、どうやら、盛大にすべってしまったらしい。


「冗談です。すみません」

「そ、そうですよね。冗談ですよね」


 慌ててフォローを入れる俺と、そのフォローを受け、同じく慌てる姫城先輩。


 折角、いい雰囲気だったのに、何やっているんだ、俺は。


 そもそも、なぜ俺と姫城先輩が、学校を抜け出し、デパートに向かっているかというと……話は数十分前にさかのぼる。


 いつものように生徒会室を訪れた俺は、いつものように生徒会の仕事を終え、いつものように暇を持て余していた。そんな俺に、岸本きしもと先輩がこう話し掛けてきた。


「城島君。暇なら、少し買い出しに行ってきてくれないか」と。それに二つ返事で了承をし、今に至る。


 俺はてっきり、一人で買い出しに向かうものだとばかり思っていたのだが、考えてみれば、そんなわけはなかった。俺ではまだ要領も分からないし、そもそも、買い出しは二人一組が基本らしい。まぁ、外に出るわけだし、お金を預かるわけだし、当たり前と言えば当たり前だが……。


 その相手が、姫城先輩に決まった経緯は簡単で、単に岸本先輩より、姫城先輩の方が暇だったから、というわけだ。ちなみに、東雲先輩は、すでに室内におらず、初めから候補には入っていなかった。


 生徒会がいつも買い出しを行っているというデパートは、学校から歩いて数分もしない所にあった。全国区のチェーン店だ。


 慣れた感じで店内へと進む姫城先輩に続き、俺も店内に入る。


 一階は、食品や花、薬局などが点在した、いわゆる日用品売り場で、今の俺達には用のありそうな店はここにはないため、そのまま、エスカレーターに乗って二階へ向かう。


 二階は、服や靴、装飾品などが売っており、やはり、この階も素通りするだけだった。


 三階は、本屋やフードコートの他に、おもちゃ屋や文房具売り場、百均などが店舗を構えていた。この階でようやく、姫城先輩の足が売り場へと進む。


 姫城先輩が向かったのは、百均のコーナー。最近の百均は品ぞろえもよく、俺も結構、重宝している。


「ケースに、磁石、後は……」


 慣れた手つきで、カゴに商品を入れていく姫城先輩。それにしても、数が多い。


「あの」

「はい。何でしょう?」


 俺の呼び掛けに、姫城先輩が笑顔でこたえる。


「これ全部、生徒会室で使うんですか?」

「……」


 俺の言葉に、姫城先輩が固まる。


 あれ? 俺、今、変な事言ったか?


「あぁ。そうですよね。城島君はまだ入ったばかりだから、何も説明を受けていないんでしたね。この買い出しは、別に、生徒会が使う物だけを買うためのものではなく、学校全体で必要な物を買い足すための買い出しなんです」

「……ああ」


 そこでようやく、なぜ姫城先輩が固まったか理解した。


「文房具などは、決まったお店に頼んで、毎月、学校まで配達してもらうんですけど、こういった物はさすがにそうもいかないので、直接、お店に足を運んで生徒会役員が買うんです」

「へー。そうだったんですか」


 そんな事までするなんて、大変だな、生徒会役員も。


 途中からは、俺がカゴを持ち、買い物を続けた。それほど重くはないが、先輩であり女性である姫城先輩に持たせ、俺が手ぶらなのは、やはり、気が引ける。

 この売り場で買う物は、全てカゴに入れたらしく、レジに向かう。


 レジにカゴを置くと、俺はすぐに出口側にれた。


 袋には、レジの人が、バーコードを通すと同時に詰めていってくれたので、俺はそれを受け取るだけで済んだ。


「以上、八点で――」


 店員が呼び上げた金額を、姫城先輩は自分の財布から取り出したお金で、おりの出ないように支払う。レシートを受け取り、この売り場での買い物は終了となった。


「これがないと、後で学校からお金を貰えませんから、気を付けて下さいね」


 そう言いながら、姫城先輩が自分の財布にレシートをしまう。


「役員が立て替えるんですか?」

「そうですね。余程の高い買い物じゃない限りは。まぁ、そもそも、高い買い物なんて、頼まれませんけどね」


 なるほど。また一つ、勉強になった。




「ごめんなさいね。城島君にばかり荷物を持たせて」


 今、俺達は、姫城先輩の提案で、フードコートにいた。二人の間にある、丸テーブルの上には、それぞれ、飲み物の入った紙コップが置かれている。


 先月、岡崎と行ったショッピングモールのフードコートよりはだいぶ小さいが、俺としては、こっちの方がむしろ落ち着く。


「折角の男手なんですから、これぐらいはお安い御用ですよ」


 そうでなければ、男の俺がここにいる意味がない。


「それに、東雲先輩のこき使いように比べれば、こんなの可愛かわいいもんです」

「もう。城島君ったら」


 そう言いつつ、姫城先輩の顔には、笑顔が浮かんでいた。


 まぁ、今の台詞せりふは、半分冗談半分本気、なのだが……。


「本当に城島君が生徒会に入ってくれて、助かりました。やっぱり、男性がいるといないとでは、出来る事も違いますし。……って、私が言えた義理じゃないですけどね」

「男子が苦手、なんでしたっけ」


 初めて生徒会室に行った時に、確か、そんな話を聞いたような……。


「はい。小学校の頃に、よくからかわれてたので、それで……」


 好きな事ほどいじめたくなるという、幼い男子特有のアレか。


 この容姿、この性格だ。そうしてしまう気持ちも、分からないでもない。


「今、こうして俺と話してても、緊張しますか?」

「はい。でも、不思議と、他の同世代の男性よりは緊張しないというか、城島君とは、なんか初めて会った気がしないというか……」

「え?」


 その言葉に、言葉以上の意味はないと分かっていながらも、何か、違う意味合いを期待してしまう自分がいた。


「すみません。変な事言って」

「いえ、俺の方こそ、変なリアクションをとってしまって……」


 妙な空気がただよい、思わず、二人そろって顔をせる。


 その時だった。ズボンのポケットの中で、俺のスマホが震えたのは。


「すみません」


 一言断りを入れてから、携帯を取り出す。


 ディスプレイに映っていたのは、ラインの受信を報せるマークと、岡崎おかざきの名前。時間的に、ちょうど家に着いた頃だろうか。


 ラインなら、後でいいか。

 そう思い、スマホをポケットしま――おうとして、途中で止める。


「どうかしました?」


 顔を上げると、姫城先輩が、俺のスマホをじっと見ていた。というか、俺のスマホに付けられたストラップを。


「あ、いえ、少し気になったもので……」

「これですか?」


 そう言って、ストラップをみ上げる。


「昔から、こういうの好きなんですよ。似合わないでしょ?」


 俺のスマホに付けられたストラップは、デフォルメされたキツネの物だった。なぜか昔から好きで、俺の部屋にはこれと似た感じの物がたくさん存在する。


「そんな。いいと思います。可愛くて」

「そうですか?」

「ええ」


 自身の言葉を肯定するように、姫城先輩の視線は、ストラップへと固定されている。


「あげましょうか?」

「え?」


 姫城先輩の視線が、ストラップから俺に移動する。その顔には、驚きの表情が浮かんでいた。


「あの、そういうつもりで見てたわけでは……」

「分かってます。俺がもらって欲しいんです。もし良かったら、ですけど」

「……じゃあ、遠慮なく」


 スマホからストラップを外し、広げられた姫城先輩の両手に乗せる。


「ありがとうございます。大事にしますね」


 俺の渡したストラップを包み込むように握り、嬉しそうな顔をする姫城先輩。その顔を見て、俺の中で何かがざわめく。


 その感覚は、入学式の日に、姫城先輩と初めて会った時のそれに似ていた。


「どうか、しました?」

「いえ、いつもより早起きをしたので、実は少し眠くて」


 不思議そうな表情の姫城先輩に聞かれ、思わず、誤魔化ごまかしの言葉を発してしまう。早起きをして、眠いのは本当なので、全くのうそというわけではないが。


「あ。私もです。あと四日も早起きしないといけないのかって思うと、少し憂鬱ゆううつですよね。……って、生徒会長の私が、こんな事言ってちゃダメですよね」


 そう言うと、姫城先輩はその顔に苦笑を浮かべた。


「いいんじゃないですか。誰かが、聞き耳を立ててるわけでもないでしょうし。ここには俺しかいませんから。愚痴でも弱音でも、何でも聞きますよ」

「……なんか、ズルイです」


 ねたように、姫城先輩がそんな事を言う。


「え?」


 思いも寄らない、姫城先輩の言葉に、一瞬、呆気あっけに取られる。


「俺、なんか、姫城先輩の気にさわる事言いました?」

「そうじゃなくて。……そういう所が、ズルイって言ってるんです」

「えー」


 益々ますます訳が分からない。


 そして、言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな姫城先輩の顔が、俺の疑問を更に深めていくのだった。

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