第14話 昼食

 昼食を食べ終えた俺は、リビングのソファに腰を下ろし、一人テレビを見ていた。


 台所では、夏樹なつきが使用した食器類を洗っている。お世話になっているからと、こういう事はいつも率先してやってくれている。


 食器洗いが終わったのだろう。台所からしていた音が突如とつじょ止む。


「何見てるの?」


 そして、程なくして背後から声が聞こえてくる。


「外国で起きた事件を再現したやつ」

「ふーん。面白い?」

「まぁまぁ」

「そう」


 俺の答えは別にどちらでも良かったのか、興味なさげにそう言うと、夏樹が俺の斜め左に腰を下ろす。


 ちなみに、ウチのリビングに置かれているソファはコの字型で、どこに座っても一応はテレビの画面が見える配置になっている。


「ねぇ、どっちがタイプなの?」

「何が?」

「さっきの人達。同級生?」

「……あー」


 さっき会った江藤えとう岡崎おかざきの事か。


「そう。クラスメイト。気が強そうな方が江藤で、おっとりほわほわな方が岡崎」

「聞かなくても、今ので分かったわ。孝兄こうにいのタイプ」

「……」


 まぁ、だろうな。


「へー、ああいうのが好きなんだ」

「否定はしない」


 だけど、人の好みは決して一つだけではないし、好みと違う人を好きになる事も時にはある。なので、俺の好みイコール岡崎のような人という方程式は、残念ながら成立しない。


 ……まぁ、岡崎は普通に可愛かわいいと思うが、それはそれ、これはこれ、である。


「で、あの人とはどんな感じなの?」

「どんなって……。普通に会話する関係?」

「そうじゃなくて。二人きりで出掛けたり、一緒に帰ったり、色々あるでしょ」

「その二つなら、すでに経験済みだが」

「マジで?」


 自分から聞いてきたくせに、それを俺が肯定した途端、なぜか驚きの声を発する夏樹。


 ホント、何がしたいんだ、こいつ。


「じゃあ、いい感じなの? あの人と」

「いや、普通に友達だけど、岡崎とは」


 少なくとも俺はそう認識しているし、おそらく向こうも同じ考えだろう。


「二人きりで出掛けたり、一緒に帰ったりしてるのに?」

「それぐらいの事、仲のいい友達となら、普通にするだろ」


 その程度の事で浮足立っていたら、女子からそれこそ失笑されてしまう。

 いや、岡崎はそんな事思わないだろうけど。世間一般の女子からすれば、という話だ。


「普通、普通、普通って、孝兄こうにいの普通は、どう考えても普通じゃないよ。男と女だよ。二人きりで出掛けたら、それはもうデートじゃん」

「デート?」

「そう。デート」

「いや、だって、デートってあれだろ? 好き同士が二人で出掛ける……」

「好き同士かどうかなんて、分からないじゃん。少なくとも孝兄は、岡崎さんの事好きなんでしょ?」

「うーん」

「違うの?」

「分からないっていうのが、今の俺の正直な気持ちかな。岡崎の事は可愛かわいいと思うし、ああいう子と付き合えたらいいなとも思うけど、それはなんていうか、想像というか、妄想の話? みたいな? 具体性や現実性がないからこそ、そう思えるって感じかな」

「何それ。訳分かんない」


 俺もそう思う。


「じゃあ、孝兄は、今すぐに岡崎さんとどうにかなろうという気持ちは、これっぽっちもないって事ね?」

「まぁ、そうなるかな」


 これっぽっちもという表現が気になりはするが、夏樹の言う事にとりあえずの間違いはない。


「ふーん。そうなんだ……」


 そう言う夏樹の顔は、どこかほっとしたような、嬉しそうな表情をしており、俺は今までのり取りの意味をそれによって知る。


「なんだお前、もしかして――」

「っ」

「さては、俺に彼女が出来たら、自分が構ってもらえなくなると思って、それでそんな事を言い出したんだな」

「……」


 どうやら、図星を突かれて、夏樹は声も出ないようだ。


「孝兄」

「ん?」

「そんなんじゃ、当分彼女は出来ないよ」

「何!?」


 今の会話のどこに、そんな要素が……?


「ま、そこが孝兄のいいとこでもあるんだけどね」


 そう言うと夏樹は、にぃっと歯を見せて笑った。


 なんだがよく分からないが、話は丸く収まったらしい。


「で、これからどうするんだ? 夕方までなら、俺も付き合ってやれるけど」

「じゃあ、甘い物でも食べに行こ。どこか近くに、そういうお店ないの?」

「甘い物か……」


 それこそ、そういう情報はあの二人がよく知ってそうだけど……。


 あ、そういえば――


「駅前に、美味しいケーキ屋さんが最近出来たって聞いたような……」

「ケーキ屋さん? 何それ、行きたい」

「分かった分かった。でも、今飯食べたばかりだから、一時間後な」

「はーい。なら、それまでに、一階の掃除しちゃうね」

「じゃあ俺は、その間に勉強でもしようかな」


 夜は夜で夏樹にからまれそうだし、早めに今日の分のノルマを達成しておいた方がいいだろう。


「ホント孝兄、変わったよね」

「そうか?」

「うん。だって、少し前まで受験勉強でさえ嫌々やってたのに、それが今では、テスト週間でもなんでもないのに、自主的に勉強するなんて。……女?」

「ばーか」

「いたっ」


 夏樹の頭を軽く小突こづき、俺はソファから立ち上がる。


「なんでもかんでも、そっち方面に話を持っていくんじゃない」

「だってー」

「お前もたまには勉強しろよ。油断してると、あっという間に赤点取って、再試再試で逆に遊ぶ時間なくなるぞ」

「縁起でもない事言わないでよ!」


 夏樹を軽くからかいながら、俺はリビングを後にする。


 そのまま階段を上り、自室に向かう。


 俺が急に勉強を頑張がんばりだしたから、それが女性の影響に寄るものなんて考えは、全くの見当違い――というわけでもない。


 結局のところ、俺は認められたいのだ。

 誰にとは言わないが、あの人に。

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