第二章 生徒会

第7話 仕事と仕事?

 ――生徒会の仕事は、平日に限って言えば毎日あるらしい。


 それだけ大量の仕事があるというよりは、毎日少しずつその日の内に片付けておかないといけない仕事が舞い込むようだ。


 翌日の放課後。昨日言われた通り、放課後に生徒会室を訪れた俺は、岸本きしもと先輩から生徒会の仕事について大まかなレクチャーを受けていた。


「早速で悪いが、この手書きの書類をパソコンに打ち込んでくれ」


 そう言って、岸本先輩が俺の前に置いたのは、数十枚に及ぶ紙の束だった。

 俺が文系志望で、尚且つ、岸本先輩が副会長と職務を兼任しているという事で、俺の役職は書記になった。


 もちろん、どんな仕事でもしっかりこなすつもりだったが、会計よりは書記の方が俺には向いてそうなので、正直、少しほっとした。


 ちなみに、俺の席は、岸本先輩の隣になった。当分は色々な事をたずねる事になるだろうから、という理由らしい。


「パソコンに打ち込むって、具体的にはどうすればいいんですか?」


 ワードにエクセル、メモ帳……。パソコンのソフトにも様々なものがある。


「ワードソフトを使って、君なりにまとめてもらえればいいんだが……。城島きじま君、パソコンの経験は……?」


「家では結構触ってるので、大丈夫だと思います」

「そうか。なら、問題ないな」


 岸本先輩が、慣れた手つきで俺の目の前に置かれたノートパソコンを起動させていく。横からやっているので、必然的にお互いの体の距離が近くなる。


 シャンプの匂いだろうか? 岸本先輩からいい香りがした。


「パスワードはseitokai、生徒会だが、こんなものはあってないようなものだから、外には持ち出さないように。後、メモリカードやUSBの使用も禁止だから、そのつもりで」

「……」

「城島君?」


 名前を呼ばれ、我に返る。


「すみません。分かりました」


 いかんいかん。思わず、見れしまっていた。集中しなければ。


 その後、岸本先輩の打ち込んだ書類のデータを見せてもらう。


「後、書記と言えば、会議の時に議事録を取る事ぐらいだな。そっちの方は会議が近づいたらまた改めて教えるから。今日のところは、書類の打ち込み作業だけに集中してくれ。また分からない事があったら、遠慮なく聞いてくれ」

「はい」


 俺の返事を聞き、岸本先輩は満足そうに自分の席に戻っていった。


 打ち込み作業は日頃からパソコンに慣れ親しんでいる事もあり、比較的問題なく進んだ。


 渡された書類全てをパソコンに打ち込むのに掛かった時間は、三十分強。書類の数や文字の数から考えて、早くも遅くない妥当な数字だと思う。


「終わりました」


 岸本先輩の元に行き、報告する。


「思ったより早かったな。後は時間になるまでくつろいでいてくれ」


 と言われても、この中で寛ぐのは、中々に難しい。姫城ひめしろ先輩と岸本先輩は何やら書類を真剣に読み時折相談しているし、東雲しののめ先輩は東雲先輩で……とても暇そうだった。


「あ、仕事終わった?」


 読んでいた雑誌から顔を上げ、東雲先輩が俺にそう尋ねてくる。


「はい。今」

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」

「……はい?」


 東雲先輩からの提案に戸惑い、岸本先輩の方を見る。


「すまない。付き合ってやってくれ」


 そう言った岸本先輩の顔は、非常に申し訳なさそうだった。


「分かりました。付き合います」

「さすが城島っち、話が分かるー」


 東雲先輩が立ち上がったため、俺も立ち上がる。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ」

「行ってらっしゃい」


 他の二人に見送られ、俺は東雲先輩と共に生徒会室を後にした。




 生徒会室を出ると、とりあえず東雲先輩の後に続く。何せ、行き先が分からない。


「学校にはもう慣れた?」

「まぁ……」

「何にしても、初めは大変だよ。私も入りたての頃は苦労したもん。まず女子高の雰囲気っていうの? そういうのに慣れるのに、まず苦労したな。私は小中共学だったけど、ずっと女子高育ちって子も結構いて。なんか、違うんだよね。価値観とか、考え方が。今じゃ、すっかり慣れたたけどね」


 そう言って、東雲先輩は笑う。


 彼女の言いたい事はよく分かる。俺のクラスにもずっと女子高育ちの子がいて、その子はやはり他の子と何かが違う。それがいいとか悪いとかではなく、どこか違うのだ。


「特に城島っちは大変なんじゃない? 去年まで女子高だった所に、男の子が通うんだから」

「確かに、色々思う所はあります」

「でしょ? それに、城島っちは生徒会の初男子役員だもん。これから、色んな意味で視線を集めるだろうね」

「ですよね……」


 ただでさえ、一年生で生徒会に入るだけで注目を浴びがちな状況なのに、その上初の男子の生徒会役員となれば視線だけではなく、風当たりの悪さもある程度覚悟しておかなければならないだろう。


「とりあえず、何か困った事があったら、私達に相談してよ。私達で良ければ、話ぐらい聞くからさ」

「ありがとうございます」

「その代わり、仕事はしっかりやってもらうからね」


 にぃっと歯を見せ、笑う東雲先輩。その顔は非常に子供っぽく、またとても可愛かわいらしかった。


「もちろんです」

「お。いい返事。頼むぞ、エース。じゃあ、手始めに――」


 二十分後、俺はひざに手を置き、肩で息をしていた。


「だらしないなー。まだ四つ目だよ」

「……」


 反論する気力も体力もない。


 俺達は今、南校舎の一階にいた。


 校舎内の切れた(切れかけた)蛍光灯を交換すること四回。俺の体力は遂に限界を迎えた。


 別に、蛍光灯を換える事自体はそれほど大変ではないが、脚立のように重くかさ張る物を担いで校舎内を歩き回るのはさすがにしんどい。特に、階段の上り下りは……。


「まぁ、いいや。今日の所はこの辺で許してあげよう」


 そう言うと、東雲先輩は脚立を軽々と担ぎ、どこかに去っていってしまった。


 あの小さな体のどこにあんな力が……。もしかして、俺が非力過ぎるだけなのか?

「はぁー」


 疲れた体を引きずり、生徒会室に戻る。


 室内には岸本先輩しかおらず、東雲先輩はもちろん姫城先輩の姿もなかった。


「その様子だと、志緒しおに大分しぼられたみたいだな」


 俺の顔を見て、岸本先輩がまゆを下げる。


「まぁ……」


 苦笑。それが俺の答えだった。


「姫城先輩はどこ行ったんです?」

「あぁ。静香しずかなら、先生に用があって職員室に行ったよ。来る途中会わなかったという事は、ちょうど君とは入れ違いになったみたいだな」


 自分の席に腰を下ろし、ようやく一息く。


「お疲れ」


 そんな俺に、岸本先輩が、ねぎらいとからかいが入り混じったような声を掛けてくる。


「蛍光灯の交換なんて事も、ウチの仕事なんですか?」

「うーん。仕事かと聞かれれば、微妙なところだな。しかし、去年も一昨年もきっとその前も、ずっと生徒会の誰かがあの役をこなしてきた。志緒の執行部という役職は、実は正式なものじゃないんだ。執行部とは、本来、生徒会役員や委員会役員など、その手の事に関わる人間全てを表す総称であり、役職ではないんだ」


 その点については、俺も何となく分かってはいた。


「誰が始めたかは知らないが、いつの間にかそういう職種が出来、そう呼ばれるようになった。執行部というのは、言ってしまえば何でも屋みたいなものだ。教師や生徒から頼まれた事を生徒会役員として出来得る範囲でやる。ある種、生徒会役員の義務を体言したような職種だな。あの職種にく者は皆すごい人ばかりだ。嫌な顔一つしないで、半ば雑用めいた事を行う。私も見習わなければと、つくづく思うよ」


 岸本先輩とそんな話をしていると、当の本人である東雲先輩が生徒会室に戻ってきた。


「どうだった? 城島君の働きぶりは」

「初日にしてはいい動きしてたよ。あまり体力は無いみたいだけどね」

「返す言葉もございません」


 東雲先輩に言われずとも、その事は自分自身で十分実感している。


「志緒は人一倍体力あるからな。手伝う方は、そのペースに合わせるのが大変だろう」

「……はぁ」


 どう返事していいものか分からず、思わず曖昧あいまいな返事になってしまう。


「男の子だもん。がんばれるよね?」

「……はい」


 そう言われてしまっては、男の俺としてはうなずく他なかった。

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