第3話 照れ笑いとお揃い

 翌日、午後一時十分。

 俺は待ち合わせ場所である、駅前のロータリーに壁を背にして立っていた。


 待ち合わせ時刻は、午後一時半。

 少し早く着き過ぎたようだ。


 とはいえ、待ち合わせ相手を待たせるよりはこちらが待つ方が気楽なので、そういう意味ではちょうどいい時間に着いたとも言える。


 目の前を通り過ぎていく人を適当に目で追いながら、それが岡崎おかざきでない事を確認していく。


 さすがに、俺の前を素通りしていく事はないとは思うが、万が一という事もあるし、何より他にやる事がなかった。


 何をするでもなく、ぼっと待つ事十分あまり。岡崎が駅前に姿を現した。あちらも俺に気付いたらしく、手を振り、こちらに向かって歩いてくる。


「ごめん、待った?」

「いや……」


 俺が待った時間は十分程度だが、例え一時間以上待っていたとしても、同じ台詞せりふくべきだろう。


「……」


 近寄ってくるなり、岡崎が俺の姿を上から下までじっとながめる。


 一瞬、あまりにも普段通りの格好かっこうで来過ぎたかと心配になったが、岡崎の方も比較的ラフな格好をしているし、俺の判断は間違ってなかったと思う。


「何?」

「やっぱり、私服だと雰囲気ふんいき違うね」


 そう言って、にこりと微笑ほほえむ岡崎。


「そう?」

「なんか、プライベート、って感じする」

「何それ?」

「分かんない」


 岡崎にられ、俺の顔も自然と笑顔になる。


 なんとなくだが、岡崎の言いたい事は分かる。


 今日の彼女の服装は、ピンクのTシャツに白い短パン、膝元ひざもとまであるニーハイソックスと、活発さの中にも可愛かわいらしさが入り混じった、どこか岡崎らしい格好で、その姿を見て俺は、〝なんか、プライベート〟っていう感じを受けた。


「どう、かな?」


 俺が観察していたからだろう。岡崎が、服の感想を俺にたずねてくる。


「うん。いいと思う。岡崎によく似合ってて」

「そっか……」


 俺が素直な感想を告げると、岡崎は照れ笑いをその顔に浮かべ、少しうつむいた。


 今から俺達の向かうショッピングモールには色々な行き方があるが、今日は電車を選択した。ショッピングモールまでは結構距離があるし、女子と一緒に行くのに自転車を選択するのはなんか違う気がする。


 まぁ、男友達と行く時は、お金も勿体もったいないし、積極的に自転車を選択するが。


 階段を登り、駅構内に足をみ入れる。


 構内に人はあまりおらず、それは改札を抜けてからも同じだった。


城島きじま君は休みの日とか何やってるの?」

「うーん……。特に何も。友達と出掛けたりしない日は、家で漫画読んだりテレビ見たりしてるよ」

「へー。城島君はどんな漫画読んでるの?」


 岡崎に聞かれ、いくつか思いついたタイトルを挙げる。一時期は週刊誌の有名所も単行本を買って読んでいたが、今は月刊誌のあまり有名じゃないものを読む事の方が多い。しかし、俺が知らないだろうなと思ってげたタイトルの大半を岡崎は知っており、俺は驚くと共にうれしい気持ちになった。


 岡崎とは漫画の趣味しゅみが合うのかもしれない。


 階段を下り、ホームに降り立つ。


 ホームもその例にれず、人はあまりいなかった。


「そういえば、今日岡崎が買いたい物って何?」

「え? 買いたい物?」

「ほら。それに寄っては、向こうに着いてから進む方向が変わってくるからさ」

「そっか。そうだよね。とりあえず、文房具? かな?」


 なぜに疑問系? まぁ、いいけど。


「じゃあ、ますは文房具売り場に向かって、次の行き先はその後考えよう」

「うん」


 程なくしてホームに到着した電車に、二人で乗り込む。


 車内はガラガラで、探すまでもなく、二人で並んで座れる場所がすぐに見つかった。


「休日の電車って、なんかいいよね。のんびりしてて」

「まぁ、平日と違って、時間に追われてる人も少ないだろうしね」


 中には休日平日関係なく時間に追われている人はいるのかもしれないが、その数は僅かだろう。


「このまま、電車に揺られ続けるのも有りだよね」

「予定がない日に一回やってみたいけど、なかなか思い切った時間のつかい方だよね、それ」


 等と言いつつ、一人では思い切れない事も二人でなら出来るかもしれないと、ひそかに思う俺だった。




 休日という事で、ショッピングモール内は人であふれていた。


 その中でも特に目立つのが、カップルや家族連れだった。もちろん、同性同士の組み合わせも多く見受けられたが、やはり異性の組み合わせというのは嫌でも目に付く。


 肩に手を回したり、手をつないだり、腕を組んだり……。仲むつまじい光景があちらこちらで展開されており、どうしても隣を歩く岡崎の存在を意識してしまう。


 果たして俺達は、周りからどのような関係に見えているのだろうか。友人、知人、あるいは……。


「城島君?」


 入り口付近で突如とつじょ立ち止まった俺の名を、岡崎が不思議そうに呼ぶ。


「ごめん。ちょっとぼっとしてた」

「人多いもんね。実を言うと、私も苦手なんだ。人込み」


 そう言って、岡崎は苦笑をその顔に浮かべた。


「まずは文房具屋だね」


 文房具屋は二階の、ちょうど東棟と西棟の境の辺りにある。


 東棟、西棟と言っても、建物の雰囲気が少し変わるだけで、特に仕切りや扉があるわけじゃないけど。


 建物の中央にあるエスカレーターを使い、二階に上がる。そして、服屋や雑貨屋を横目に、文房具屋に向かう。


 ショッピングモールに店舗を構えているだけあって、文房具屋の広さや品数の豊富さはそこらのデパートやスーパーより断然広く多かった。


「城島君は何か買う物ある?」

「俺は、ペンケースを新しくしようかなって。中学校の時に使ってた奴は、大きくて結構かさばるから」


 小学校や中学校では、見えや収まりやすさより収納力の方に重きを置いており、ペンケースや筆箱は大きめの物を好んで使っていた。しかし、今はよく使う文房具と使わない文房具の区別もはっきりしてきて、それほど収納力は必要でなくなってきた。


「じゃあ、先にそっち見ようか」

「ああ」


 別に時間に追われているわけではないので、二手に別れる事はせず二人で行動をする。


「どんなのがいいの?」

「特にこだわりはないから、細くてシンプルな奴でいいかな」


 見た目より収まりやすさ重視という意識も強いが、高校生にもなるとシンプルな方がむしろカッコいいという考え方もその判断の中にはあった。


「色は?」

「青とか黒とか、あんまり派手じゃないの」


 そう言えば、昔は黄色が好きだった。色の好みが変わったのは、いつ頃だったっけ。


「じゃあね、これは」


 岡崎が手にしたのは、まさにザ・ペンケースといった感じのシンプルなデザインの布性の物だった。色は青をベースに黒が混じっており、俺の口にした要望を全てね備えている。


「……これにしようかな」

「え? ホントに?」


 岡崎がペンケースを受け取り、手の中で遊ばす。


 さわり心地や持ちやすさも申し分ない。


「自分ですすめておいてなんだけど、そんな簡単に決めていいの?」

「うん。気に入ったし、岡崎が選んでくれた奴だから」

「そう……?」


 俺が理由を告げると、岡崎は照れ臭そうな顔をした。


 岡崎の欲しかった物も無事そろい、俺達は会計を済ました。結局、岡崎も俺と同じタイプのペンケースを買い、これから使う俺達のペンケースは色違いのお揃いとなった。


「これからどうしようか?」


 実の所、本日の目的は文房具屋だけで達してしまった。なので、この後はノープランだ。


「城島君さえ良かったら、服とか靴を見たいんだけど……」

「いいよ、別に」

「それでね、出来れば、感想なんかもいただけたら有りがたいというか……」


 そう申し出た岡崎は、ひどく申し訳なさそうだった。


「俺の感想で良ければいくらでも」

「ホント? じゃあ、行こうか」


 一軒目、俺が岡崎に連れられて入った店は、男女両方共の服が置いてある店ながら、おそらく俺一人では決して足を踏み入れなかっただろう、お洒落しゃれなお店だった。


 若干、居心地が悪い。


「あ、これ可愛い」


 岡崎は服を手に取っては返し、手に取っては返しを繰り返していた。


 あまり気に入った物が見つからないのかもしれない。


 そんな中、岡崎の動きが、一つのワンピースを手に取った所で止まった。


「それ、気に入ったの?」

「うん。けど、ちょっと値段が……」


 岡崎が値札を俺に見せてくれる。


 確かに、少し高い。手が届かない金額でない事が、余計岡崎を悩ませているんだろう。


「どうかな?」


 岡崎が自分の体にワンピースを当て、俺に見せる。


 その商品は、白いワンピースと短めの丈の紺色のGジャンがセットになった物で、大人っぽさよりは女の子らしさ、格好良さよりは可愛らしさが見受けられる服となっていた。


「俺の個人的な感想を言わせてもらえば……」

「もらえば?」

「それ着た岡崎は、可愛いと思う」

「――!」


 俺の感想が少しストレート過ぎたのか、岡崎の顔が赤く染まる。


「いや、俺の個人的感想だから、ホント無視してもらっていいんだけど」

「試着してみるね」

「ん? ああ……」


 試着するという事は、また感想を聞かれるという事だろう。そう思い、俺も試着室の近くまで付いて行く。


 待つ事、数十秒。カーテンが開く。


「どう、かな?」


 恐る恐るといった感じで、岡崎が俺に感想を求める。


「うん。思った通り、よく似合ってる」

「……」


 俺の感想を聞き、少し迷った様子を見せる岡崎。


「すみません」


 そして、ちょうど近くを歩いていた店員に声を掛ける。


「はい。どうしました?」

「これ着て帰りたいんですけど」

「え?」


 岡崎の言葉に、声を挙げたのは当然俺だった。


 もちろん、俺の感想だけで買う事を決めたわけではないだろうが、そんなに安い買い物じゃないし、少し責任を感じる。


「では、レジまでどうそ」


 レジまで向かう道中、小声で岡崎に話し掛ける。


「あっさり決めちゃったみたいだけど、大丈夫?」


 何かの時に、男性は気に入った物は即決で買うが、女性はとりあえず買わず、一回保留にするというのを聞いた事がある。


「元々、こういうの欲しかったから、それに……」

「それに?」

「内緒……」


 まぁ、本人が納得しているなら、別にいいか。あんまり言い過ぎても、なんかケチを付けているみたいで感じ悪いし。

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