助けて川田先生っ!

葦ノ原 斎巴

理科が受け持ちの川田

 小学校を卒業し。ちょっと長めの春休みが明けた今日から正式に、俺は東第二中学校の新一年生になる。

 今日はそのめでたい門出かどでを祝う入学式がり行われる予定だった。


 なのに。


「寝坊したぁあああ!」

 昨夜、タイマーをセットした目覚まし時計は何故か床に転がっている。

「ヤッバ、遅刻する!」

 早く家を出ないとマズい。でも良かった、小学校は遠かったけど、中学校は俺の家の真隣だ。今ならまだ間に合う。

「カバン、カバン!」

 ベッドから跳ね起きて、真新しい学生カバンを取っつかんで家を出た。

「お、まだ登校してる人がいる、これなら!」

 短距離走かというほどに全力で校門へと駆ける。

 すると前方、いかつい顔の大男――先生だろうか――が「おはよう、入学おめでとう」と一人ひとりに挨拶をしている姿が目に入った。

 が、全力で走る俺に気づくと表情を一変させる。

「おいっ! そこのお前、ちょっと待て!」

 待ってたまるかよ! こっちはママから「出だしが大事だゾ☆」って釘を刺されてんだ、邪魔をしないでくれ!


「おい、待て、きみ!」


 大男をすり抜けて正面玄関に滑り込む。よし、ここまできたらもう、遅刻なんて不名誉は貰わないですむだろう。

 朝一ダッシュでギリセーフ、ってヤツだ。

 立ち止まり息を整え振り返る。慌てて大男が追いかけてくるが、いまさら俺の勝ちが揺るぎようハズがない。

「はぁはぁ、どうですか、遅刻じゃないですよね?」

 ヒヤヒヤだったが無事ミッション成功だ。

「あぁ、遅刻じゃない」

 一発逆転、ケチのつけようがない見事な勝利!

 俺の、勝ちだ!

「まだ時間はある、息を整えろ」

「はぁ、はぁ」

 言われなくても整える、整えるが、この大男はまだ俺になんか用事でもあんのか?

 ん? 中からもう一人おっさんが出てきた。この人も先生か?

「川田先生、この子は……」

 なんだ、このおっさんも滑り込んだ俺に文句あんのか?

「えぇ、そうです」

 何がそうですだよ川田。頭ごなしに喋るんじゃねぇ。ってかもう一人、今度は細身の男が出てきたし。

「川田先生!」

「えぇ、大丈夫です。今は落ち着かせているところですから」

 何が大丈夫なんだよ! 三人で俺を取り囲んで、一体なんなんだ!

「そう睨まないでくれ。あぁ、返事はいらない、呼吸を落ち着かせることを優先してくれ。その上で話をしよう」

 だから何の話だ川田っ! ほら、他の生徒達にめっちゃ見られてる!

「まず自己紹介だ。私は理科が受け持ちの川田、よろしく」

 そんなことがしたくて三人がかりで取り囲んでんのか?

「そう怖い顔するな。今日は入学式で、登校するのはピカピカの制服を着た新一年生達だけだ」

 知ってるよ、だからこうして飛び起きて来たんだろうが!

「川田先生、この子は……」

「これは困りましたね……」

 なんなんだ、ほんっとに!

「えぇ、どう言えばいいか」

 なんだよ川田、文句があるなら大男らしくはっきり言えよ! っとに、もったいぶらずに誰でもいいから説明をくれ!

「では私から、こほん。――どうして君はシャツにジーパンで来てるんだ?」

 は、そんなわけない、そりゃ小学校は私服登校だったけど、中学校から制服なのは俺も重々承知して、ってうぁぇえええ?!

「かなり目立ってるよ、君」

 うあぇあぁぁぁ。

 さっきから見られてたのはこのせいか! っくぅううう、視線が痛い、吐きそう。

 そんな目で見ないでっ!

「……気づいてなかったのかい」

「だが、ここで止められて良かった。体育館に入ってからだとより目立ちますからね」

 川田っ……! ありがとう、その優しさが目にしみる! 目から汗が止まらねぇ!

 ただでかいだけかと思ったら、そんな声もかけれるなんてすごく優しいじゃぁねぇか。


 ママ。やらかしたけど俺、ここでの新学校生活、なんとか生きていけそうです!


「ほら君、この川田がうまくやっておくから、着替えて来ればいい」

 なにその笑顔、反則だ、こっち向けんな!!

「分かった、急いで着替えてくるよママ!」

「ママじゃない川田だ」

 …………あ。

「あぅぁあぁあぁあああ」

 恥っずい、超恥っずい! 今すぐこの場を逃げ出したくて堪らない!

「ほら、あっちが通用口だ。あそこからならまだマシだろう」

 校門はまだ他の生徒の姿がある。確かに通用口からならまだ目立たない。

 おっさん先生も細身の先生も頷いてるし、もう、スタートしていいよね?

「い、行ってきますっ」

 家までは目と鼻の先だから、着替えてきても入学式にはまだ間に合うだろうけど……。

 時すでに遅しでもう目立ちまくったし、耳たぶがめっちゃ熱いのなんのって!


 もう、なんて日だっ!

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