番外編
放課後、僕は彼女とゲームする。
数学の参考文献が棚にずらりと並べられた部屋。その数学科準備室で、二人の男女が放課後を過ごしていた。
いつものように、真琴は岳を殺し、時間が巻き戻った後、二人は対面に座って勉強していた。
そんな中で、何かを思い立ったのか、彼女は口を開いた。
「ねえ、ツバキくん。今日私とゲームしない?」
急にそんな話を切り出すものだから、反応に困った岳は思考に耽る。
――ゲーム……? ゲームって罰ゲームとかそういうのを言ってる?
ゲームという単語で連想されるものをいくつか挙げて、彼女への回答をどうしようか迷っていると、急かすように彼女は確認してくる。
「どうなの?」
「全然大丈夫だけど……なんで急に?」
彼女の言うゲームがどんなものであっても受け入れようと半ば諦めに近い感じで返事をする。
すると彼女は、持っていたペンを置いて、彼を見つめながら本格的に話をする姿勢になる。
「家に帰ってから田辺くんといつもやってるんでしょう? だから、私もやってみようかなって、思っただけ」
ああそっちか、と彼はゲームの意味を理解するのと共にある疑問が浮かんできた。
「真琴さんってゲームやったことあるの?」
その質問に彼女は、自らの眉をひそめて不快感を露にする。
「それは失礼じゃない? 私だってゲームくらいしたことあるわ。それに、殺す事の代わりになるかもと思って、人殺しのゲームを試したことだってあるんだから」
そんな事までしていたのか、と彼は意外で驚いた。
確かに、彼女の殺人衝動をゲームで済ませられれば、楽な事はないが、うまくはいかなかったのだろう。
だから、彼は今も彼女に殺されている。
「そっか……じゃあ、なんのゲームする?」
「田辺くんとは、銃で撃つゲームしてるんでしょう? 私もそれがやりたいんだけど」
彼女が率先してそういうゲームをやりたいと言うのは、何か別の目的があっての事だと勘ぐって仕方がない。
そして、その勘繰りを確認するべく、彼女に尋ねかける。
「それってあのー……僕をゲームで撃ち殺したいって、そういう意味で言ってるわけではないよね?」
彼女は黙ったまま、不敵な笑みを浮かべてみせた。
家に帰ると、岳はすぐに自室のパソコンの電源を入れて、田辺と連絡を取った。
通話が始まるや否や、真琴と今からゲームする内容を伝える。
『はあ? 今から笠嶋とお前がゲームするって?』
伝えた言葉を繰り返す田辺に、岳は頷いてみせた。
「なんか今日、急に真琴さんが僕とゲームやりたいって言いだしてさ」
『あのなぁ……それを俺に話して、巻き込もうって魂胆か? やめろよ。さすがに笠嶋とゲームなんかしたくねえ』
元々田辺とゲームをするつもりだったので、一報を入れただけだった。
どうやら田辺は、未だに真琴に対して苦手意識があるようで、あわよくば一緒にやろうと思っていたのだが、誘う前に断られてしまった。
『じゃあな。二人のデート楽しめよ』
そんな余計な一言を添えて田辺は通話を終わらせた。
こうして、彼女とゲームをする事になった岳は、夕食やらトイレやらを済ませた後、自室のパソコンの前で、彼女の準備が整うのを待っていた。
そして、通話先に現れた彼女は、挨拶する。
『こんばんは、ツバキくん。私の声聞こえてる? ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃって』
「うん大丈夫、聞こえてるよ。僕の声はどう?」
『大丈夫みたい。私の家に来て、色々設定してもらえばよかったかも』
そんな簡単に男を家に入れてもいいのか、と思いつつ、岳の頭の中には彼女の妹の存在がチラついていた。
「家に入った瞬間、妹さんに殺されそうな気がするんだけど……」
『えー? 光琴はそんな事しないわよ』
そのまま彼女の妹のちょっとした話を聞かされながら、ゲームを起動する。
二人がやろうとしているのは所謂、バトロワというジャンルのゲームで、敵を銃で撃って最後まで生き残ったプレイヤーが勝ちとなる。
初心者である真琴を連れていきなり実戦に行く前に、一度操作を練習した方がいいだろう。そう思った彼は、まず他のプレイヤーのいない射撃場へと入った。
「とりあえず、最初は射撃場で練習してみよっか」
『うん』
そう言って、基本操作を一通り彼女に教えると、彼女の飲み込みは想像以上に早く、すぐに操作に慣れていった。
設置された的を狙って撃つのも上手で、その淡々とした作業に彼女は段々と飽き始めていた。
そうした中で何か思いついたのか、彼女は彼に尋ねかける。
『これってツバキくんを狙って練習できないの?』
「できるよ」
そう言って、彼が操るキャラクターも彼女の銃で被弾するように設定を変更した。
するとその瞬間、彼女は岳のキャラの頭を狙って銃を撃ち、彼を殺してみせた。
死んでスタート地点に戻った彼に、間髪入れずに彼女は銃を撃ちまくる。
「……真琴さん?」
岳の言葉に反応を一切見せずに、手を止める事もない。
彼もむきになって彼女の弾を必死に避けようとするが、異常に上手く、銃弾は彼に当たり続けた。
蘇っては殺されるのを繰り返し続け、それは彼女が飽きるまで続くかに思われた。
しかし、最後の一回は、反撃に乗り出した彼が彼女を殺す結果となり、スタート地点に戻った彼女は、やっと彼に銃を向けるのをやめた。
「満足した……?」
そう尋ねるが、彼女は質問には答えず、クスクスと笑いながら、小馬鹿にするような言葉を発する。
『ツバキくん……もしかして、私よりゲーム下手なんじゃない?』
流石に初心者の真琴に言われては、岳も黙ってはいられない。
「まだこれは練習だから……実戦はもっと複雑だし、僕より真琴さんが上手いってのはないんじゃないかな?」
『ふーん……』
彼の言う事を全く信じていない様子の真琴。
このままでは、ゲームでも優位性を彼女に持っていかれてしまうと思った彼は、自らの実力を示してやろうと彼女にある提案を持ち掛ける。
「じゃあ、今から実戦やってさ、敵を殺した数で勝負しようよ。それで真琴さんに負けるようなことがあったら、さすがに下手だって認めるから」
『初心者相手にその勝負を持ち出した時点で、ツバキくんの負けな気がするけれど……まあ、ツバキくんがそれで納得するなら、別にいいわよ?』
彼女の言い分は尤で、その勝負を提案した時点で彼の負けだったが、それでもゲームでだけは彼女には負けたくない、と彼も意地になっていた。
そんな彼がもっと負けられないようにするべく、彼女は条件を付け足してみせる。
『ただし、私が勝ったら、私が殺した敵の数の分だけ、明日ツバキくんを殺してもいいかな?』
「いいよ。やれるもんならやってみなよ」
強気の姿勢を見せた彼だったが、この後、殆どの場面で彼女に助けられ、敵を殺した数でも惨敗してしまった。
『ツバキくん、下手を通り越して、ザコだったね。あと、明日楽しみにしててね――――?』
最後にはそんな言葉を投げかけられ、次の日の放課後、数学科準備室では、岳の悲鳴が何度も響く事になった。
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