放課後、私は彼を――――。

 岳の記憶を消してからの四か月間、真琴の生活は彼と契約する前のものに戻っていた。

 男性には近寄らず、殺人欲求は、ネットで見つけた男をホテルに連れ込んで、殺す事で解消してきた。

 元に戻っただけだ、とそう自分に言い聞かせて、毎日を過ごしてきた真琴だったが、心にぽっかりと穴が空いてしまったような虚無感を胸に抱いていた。


 男を殺しても満たされないナニカ。


 その存在が気になって、注意が散漫になっていたのかもしれない。

 そして彼女は、中年の男とホテルに入っていくところを同じ高校の生徒に見られてしまったのだった。

 その事は先生にすぐに報告され、先生に呼び出され、事実関係を確認された。

 彼女は大人しく、それを全面的に認めたが、心の内では、この件に心底苛立ちを覚えていた。


 ――面倒くさいことをしてくれたものだわ……


 下されるであろう停学処分の期間中はおろかその後も、同じようなやり方での殺人行為はできなくなるだろう。

 学校も親も、今回の彼女の行動を許しはしない。

 いっそのことリセットしてしまえばいいかとも思ったが、気は進まなかった。


 ――これが、人を殺さなくなる、いいきっかけになるかもしれない。


 そんな幻想を抱いていた彼女に、学校から一週間の停学処分が言い渡された。

 当たり前のように親にも報告され、怒鳴られ、泣かれ、それでも彼女は表情一つ変える事なく、両親の顔を見ていた。

 申し訳ない気持ちは確かにあったが、それよりも、これから自らの殺人欲求とどう向き合うのかを考える事に傾倒していた。


 どうしようもないまま、一週間はあっという間に過ぎていった。

 一週間ぶりに登校した彼女は、女子のクラスメイトとも関わる余裕すらなくなっていた。

 治まりようがない殺人衝動に苦しまされながら、放課後には一人孤独に、反省文を書いていた。


 彼女の現状を理解してくれる人は、誰もいなくなってしまった。

 それが彼女にとっての普通だったはずなのに、秘密を共有していた男子生徒がいたせいで、余計に孤独だと感じている。


 ――私はなんて弱い人間なんだろう……


 自分を強い人間だとも思っていなかったが、そう痛感させられた。

 そして、彼女の限界は、着実に近づきつつあった。


 そんな時、彼女の事情も知らないはずの男子生徒が、放課後の孤独な彼女の元にやってきた。

 反省文を黙々と書きながら、そっけない態度で彼に対応していた彼女だったが、内心では少しだけ、彼の事を待ち望んでいる気持ちも存在していた。


「笠嶋さんの手で、僕を殺してくれない?」


 唐突なその発言に彼女は愕然とした。

 記憶をリセットしたはずの彼が、その事を知っているはずがなく、彼は自ら記憶が戻りつつある事を彼女に告げた。


「そう……じゃあ、もう一回殺らないと――――!」


 本気で殺すつもりで、彼女はナイフを手に取った。

 一週間以上男性を殺していない彼女にとってみれば、人を殺す事のできるまたとない機会だった。

 それなのに彼女は、彼を殺す事ができなかった。


 彼の記憶を消して、彼を突き放したのは紛れもなく、自分自身だ。

 生半可な思いでその決断を下したわけではない。にも拘らず、もう一度、彼の記憶をリセットさせたくないという気持ちが、彼女の手を止めていた。


 ――ああ……やっぱり、私には必要なんだ……彼のことが。


 彼の事が好きだという気持ちも、全て、彼を殺す為のものだった。

 それを彼に気づかされた彼女は、彼の首をナイフで裂いた。


 満たされないナニカの正体に漸く、彼女は気づいたのだった。






 ――だから、放課後、私は彼を――――愛し殺し続けるのだろう。

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