(11)

「無理なお願いになっちゃうかもしれないんだけど……僕が真琴さんの能力について考えてることを話してみてもいいかな?」


 新村を数学科準備室に呼び出す一日前。

 午後から行われていた文化祭の準備が終わり、岳と真琴は放課後、いつもの場所で明日の事について話していた。

 その中で岳は、彼女の殺しに纏わる不可思議な現象について、今までの経験からある仮説を立てて、彼女に伝えようとしていた。


 彼女が人を殺すと、その瞬間から殺す前の状態に時間が巻き戻る。

 そして、その間の出来事を憶えているのは、殺した彼女と殺された者の二人だけ。


 複雑な条件の下で時間が巻き戻っている事に対して、岳は疑問を抱いていた。

 よくフィクションで目にする普通のタイムリープ現象ならば、当事者、つまりは真琴だけが、時が戻る前の記憶を持ち合わせている。

 しかし、彼女が起こすタイムリープの場合は、彼女だけでなく殺された人も記憶を保持し続ける事ができる。

 加えて、彼女が人を殺す事をきっかけにしてタイムリープが発動するという限定的な現象でもあった。


 それらの条件は、彼女にとって都合の良いようなものな気がして、岳は自分なりに考察した。


「真琴さんの能力って、たぶん、単純なタイムリープのような気がするんだ。その単純なものに真琴さん自身で、条件を付け足していって、今の状態になってしまってる。だったら、真琴さんがその条件をもっと自由に変えることもできるんじゃないかなって思ってさ」


 自分でもよく分かっていない能力について、突然話し出した彼の言葉を聞いて、真琴は考える素振りをしながら、自らの頭の中を整理していく。

 そんなに早く呑み込めないだろう、と彼は、彼女が話を消化するのを気長に待とうとしていた。

 だが、その時間は彼が思っていたよりも短いもので、彼女は淡々とした口調で話し出す。


「……ツバキくんの言うように、私の能力が単純なタイムリープだとして、私は無意識の内にそれに条件を付け足してたってことでしょう? まあ、なくはない話だとは思うけれど、それって、私が意識したとして、自由にどうこうできるものなのかな? 私への無理なお願いってことは、ツバキくんは今回、この条件をどうにかしたいって思ってるんだよね?」


 彼は彼女の問いかけに頷いた。

 難しい顔をしているのは、彼だけでなく、彼女もまた同じだった。

 自分でも確かではないただの仮説から、彼女に無茶な要望をしようとしている。

 岳自身も十分なほどそれは分かっていて、だから彼は、彼女から新村とのいざこざの解決方法を聞かれた時に、言い淀んでしまったのだった。


 彼女の能力の条件の変更ができたとして、新村を納得させる事ができるのか。

 それも分からないまま彼女に話すのは、心苦しく感じていたが、真琴をそれを受け入れようとしてくれていた。

 岳も、彼女のその姿勢を見た瞬間、すぐに言葉が出てきて、彼女の存在がどれほど心強いかを理解できた。


 ――“僕”は一人じゃない。“僕ら”は付き合ってるんだから。

 

 自分だけの問題じゃなく、二人の問題だと気が付いた。


「それで、私へのお願いって具体的には?」

「タイムリープした時、誰が現場を見ていたとしても、僕と真琴さんしか時間が戻る前の出来事を憶えてないよね? それを今回は、新村さんも憶えていられるようにしてほしいんだ」


 岳が真琴に要求している事は、彼女のタイムリープに、新村の記憶の保持という条件を追加してほしいというものだった。

 明日、新村を数学科準備室に呼び出して、いつも放課後二人で行っている殺人を、彼女にも見てもらおうとしていた。

 その際、通常ならば、殺人の記憶は新村には残らない筈だが、真琴なら残す事も可能かもしれない、と岳は彼女に頼み込んでいた。

 尚も難しい表情をしている真琴は、とりあえず彼の言葉を受け入れる。


「やってはみるけれど、さっきも言ったとおり、私には無意識のものを意識的にやれるとは思えない。それができなかった場合はどうするつもりなのかな?」


 予想していた質問に、岳は既に答えを決めていた。

 それでも即答する事はできず、胃の中のものを全部吐き出してしまいそうなくらい苦しい表情を浮かべる。


 ――言わなきゃダメだろ! 真琴さんにだって、無理難題を押し付けてるんだから……!


 耐え難いものだとしても、言わないわけにもいかず、岳はその言葉を必死になって絞り出す。


「それができるまで何度でも、僕を殺してくれ」


 本当に途方もない数の死を経験する事になるかもしれない。

 そう分かった上で、岳は断腸の思いで言葉にした。

 彼の決断の大変さは、真琴にも理解できていたが、それを大きく上回るほどの湧き上がってくる感情を抑えられず、彼女は笑みを零した。


「それって、私のやる気次第では一生続くことになるけれど、ツバキくんはそれでも良いのかな?」

「ちゃんと、できるようにする努力はしてほしいかな……そうしないと、僕の心が持ちそうにないよ」


 「うふふ」と声を漏らすほど嬉しそうな真琴に、どれだけ人を殺す事が好きなんだ、と岳は彼女の異常性を目の前にして思う。

 愉しそうな彼女とは裏腹に、岳は、明日の事が不安すぎて眠れそうにないな、とため息を吐く。


「うん。私も早く終われるように頑張るから、ツバキくんも頑張ってね」


 彼女の笑顔からは、微塵も本心で言っているとは感じられない。

 言ってしまった事を取り消す事はできそうになく、岳が明日に向けて自身の気持ちを整えていた時、彼女はポロっと呟いた。


「ツバキくんのそういうところ、私大好き」


 唐突な告白に耳を疑う岳は、言葉を失った。

 彼女の方を見るが、彼女は彼の事など気にも留めず、淡々とペンを手に取って、勉強し始める。


「あの……真琴さん? できれば、もう一回言ってくれない?」

「嫌よ」


 ばっさりと断られてしまい、岳が大人しく引き下がった後、彼女は少しだけ頬を赤らめながら独り言のように付け足した。


「だって、恥ずかしいもの」


 その姿を見た岳自身も頬を赤らめながら、かわいすぎだろぉおおおおおおおおおおお、と心の中で叫びまくった。









 文化祭前日の放課後。

 死ぬ間際に、昨日の可愛かった真琴の姿を思い出していた岳は、気づいた時にはナイフを持った真琴の前に立っていた。

 生きて帰ってこれた、と感傷に浸る間もなく、岳は新村の方を見て、その様子を確認する。

 彼女の記憶が保持されているかどうかを確かめた彼だったが、真琴がナイフを持って困惑している彼女の表情は、岳が殺される前のものと変わっていなかった。


 ――ダメだ! うまくいってない……!


 真琴に再度殺されるべく、声を上げようとする岳だったが、その前に彼女の方が先に、彼にナイフを突き刺した。


「おかえり。ツバキくん」


 そう耳元で呟きながら、彼女はナイフを引き抜き、それと同時に彼は膝から崩れ落ちる。

 そんな彼の方に泣き叫びながら向かってくる新村の行動は、録画しておいたものを再生したかのように前回と同じものだった。


 それからどれだけの数、彼女に殺されたのか、岳は憶えていない。

 その最中、印象的だったのは、とても愉しそうにナイフを振るう真琴の姿と、ずっと同じ行動を繰り返す新村だった。

 真琴は本当に殺す事だけを愉しんでいて、新村の記憶をどうにかしようとは考えていないのではないか、と岳が諦めかけていた時、変化は突然訪れる。


 死んでから、凶器を持った真琴の前に立っていた岳が、新村の方を見ると、彼女は泣いていた。

 そんな彼女の変化など気にする素振りも一切なく、真琴は岳に刃を振るおうとする。


「ま、真琴さん!? もう大丈夫みたいだから!!」


 ナイフの切っ先を紙一重で避けながら、岳が声を上げると、真琴はつまらなさそうにナイフを下ろした。

 一度大きく息を吐いた彼は、気持ちを切り替えて、新村ときちんと向かい合った。

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