(11)
木下にとって、尊い存在である真琴。
それに吊り合っているとは到底思えない岳。
そんな二人の仲を引き離すために、オープンキャンパスに来た二人の元に安久を呼んだ。
安久を見た岳は、目を見開いて、言葉を失っていた。
それをとても愉快に感じていた木下だったが、その雲行きが怪しくなっていくのと共に、表情も曇り出す。
真琴と一緒になって安久は笑い出し、その後、彼女はただ、岳に謝って、事を終えてしまった。
――ひどいことされたって……許せないって……そう言ってたのにどうして……!?
二人の仲が壊れていく様をこの目に焼き付けようと思って、見ていたはずだったのに、蓋を開けてみれば、仲の良い二人の様子を見せつけられただけだった。
吐き気がするほど気分が悪いのはそのせいだと、木下は思わず舌打ちを漏らした。
今まさに対峙している、髪の毛を巻いた女に、頼る事をやめれば良かったと、彼女は後悔する。
他人を利用して、岳と真琴の関係を壊そうとするのが、そもそもの間違いだったと、気が付いた。
――そうだよ……今度はわたしの手で、直接、ぐちゃぐちゃにしてやればいいんだ……!
想定していた役目を果たさなかった安久を睨みつけながら、自らの拳を強く握り締める木下。
一方的に睨まれている状況がいつまで続くのか心配になっていた安久だったが、終わりはすぐに訪れた。
一瞬にして、木下の顔色が変わる。
そんな彼女の目は、安久以外のものを捉えていた。
予想だにしていなかった人物の登場に、困惑する木下。それを他所に安久は何か言葉を発しながら振り返ってみせる。
その言葉すら耳に届かないほど動揺していた木下に、安久を通り過ぎて、真っ直ぐ近づいてくる意外な人物。
さらさらとした綺麗な長い髪の毛を揺らす、汗一つ掻いていない白い肌の美少女。
笠嶋真琴が、そこにいた。
だが、相方である椿本岳の姿は見当たらない。
二人一緒にまた、大学構内を回っていると思い込んでいたから、目の前にいる真琴という存在に驚いていた。
真琴が口を開くと、
「こんにちは、ツグミ。こんなところで会うなんて偶然ね。ツグミもこの大学受けようと思って見に来たの? ふーん……なるほどね。それにしても、とても怖い顔してたけれど、何かあった……? 安久さんにヒドイことでもされた?」
「えぇ!? みのりはなんもしてないよ!?」
話を聞いていた安久は、真琴の後ろから反応したが、二人と対面している木下には反応がない。
何故、椿本岳を置いて自分の元に真琴が来たのか、深く考え込んでいた。
木下のその様子を見た真琴は、これ以上、冗談を言ったところで無駄だと察して、ある事実を告げた。
「こんな茶番、もうしなくても良いか。でも、安久さんを睨んだところで仕方がないのよ、ツグミ。だって、全部私が仕組んだことなんだから」
「まーちゃんが……? うそ……わたしが彼女を呼んで……――」
――二人の邪魔をしようとしたのに……
そう言おうとして、木下は思わず口を噤んだ。
真琴がまだ、自分の目的と動機については知らないと、木下は、そう思い込んでいた。そして、それを知られるのが怖かった。
だが、目の前にいる真琴は、全て自分が仕組んだ事であると言い張っている。
それを裏付けるような光景が、木下の頭の中にはあった。
岳の前で、真琴と安久が二人で笑っている光景。
カメラを使って、遠くからその様子を観察していた為、三人が何を話していたかまでは分からないが、初対面で、安久と真琴の二人がそうなるとは思えない。
真琴の言っている事は嘘ではなさそうだが、本当の事だと言い切るには、まだ素材が足りない。
一つずつ明らかにしていく必要があるが、木下はその整理が追い付いていなかった。
「安久さんを呼んで、それから?」
言い淀んだその先を問い詰める真琴だったが、木下はこの場ではその先を言う気がなかった。
そんな彼女の後ろ向きな姿勢を確認して、これでは埒が明かないと思った真琴は、彼女を誘い出す。
「そうね。どこかゆっくり落ち着ける場所で、話をした方がよさそうだから移動しない? こんなところで話していたって、熱中症になるのを待ってるだけだもの」
「でも、椿本くんは……?」
「あら? 彼の心配をしてくれるの? でも、彼なら大丈夫よ。ツグミとの話が終わった後で、待ち合わせてるし、それに……」
真琴はポケットから携帯電話を取り出すと、その画面を見て、微笑んでみせた。
そのまま何も言わずにそれをしまうと、その手で木下の手を掴んだ。
その時、木下は真琴が鞄を持っていない事に初めて、気が付いた。
どんな些細な変化でも気付いていた彼女にとって、真琴と鉢合わせした事は、それくらい大きな誤算だったのだ。
「じゃあ、行きましょうか? 安久さんも帰るなら、途中まで一緒に行く?」
「えーっと。みのりはもうちょっと大学見て行こうかなー? なーんて……」
これ以上、この件について深入りはしたくないと思って、安久はそう答えた。
真琴も、彼女を巻き込む気はさらさらないようで、無理に連れて行こうとはしない。
「そう。じゃあ、ツバキ君とでも回ったらどうかな? まあ、彼があなたを相手にしてくれるかは保証できないけれど」
「うん。そうさせてもらうね!」
そんな気など全くなかったが、安久は出鱈目に返事をする。
大学の門へ向かって歩き出す二人を見送ると、安久は息を吐いて呟く。
「さて! てきとーに時間つぶして、みのりもかーえろっと!」
真琴の手は、木下の手よりも冷たかった。
そんなひんやりとしていた彼女の手が、段々と温かくなっていく事を少しだけ木下は嬉しく思っていた。
体温がちゃんと、真琴の手に伝わっているという証だったからだ。
木下は、自分の顔が先ほどよりも赤くなっている事にも薄々、気づいていた。
それが本当かどうかを確かめるには、鏡を見るか、真琴に聞くかのどちらかの方法しかないが、そうしなくとも分かる。
心臓の鼓動がいつもよりも早く、体温が上昇し、空気も暑く感じる。
手のひらに滲む汗を彼女が不快に思っていないか、木下は心配になった。
それでも、手を繋がずにはいられない。
この光景を望んでいたのは、紛れもなく、木下自身だったからだ。
しかし、その望みは、既に打ち砕かれているものだった。
あの時、学校で真琴に手を引かれていたのは、木下ではなく、椿本岳だった。
それが許せなかった木下は、今日、二人がオープンキャンパスに行くという事を真琴から伝えられ、それを利用しようと思った。
岳と安久の情報をその日のうちに入手して、滞る事無く安久にも会う事ができた。
二人の邪魔をしようと企んだが、それは失敗に終わり、こうして、真琴と二人で歩いている。
これからも、真琴と岳はこんな風に二人で歩くのかと思うと気持ち悪くなって、木下は繋いでいた手を自分から放してしまった。
「……どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。早く行こ」
それが、カフェに着くまでに、二人で交わした最後の言葉だった。
バスの停留所に辿り着いた二人は、バスに乗って、十分ほどで駅へと到着する。
黙ったまま、電車に乗って、揺られていると、木下の目にあるものが映る。
それは浴衣姿の乗客だった。
一人だけではなく、ちらほら見受けられ、段々とその数を増やしていく。
――いいなぁ……
木下が羨ましいと眺めている内に、いつの間にか高校傍の、今朝電車に乗った駅に着いていた。
大勢の乗客と共に駅のホームに降り立つと、二人はエスカレーターを使って、地上に向かう。
そして二人は、今週の頭に、安久と話したカフェへと入っていった。
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