第60話 人の心の生まれ方
「それで私が研究を続ける理由だけど……」
リアンさんは勿体ぶって黙り込んだ。僕も風の賢者も、次の言葉をじっと待った。
「興味があるからだね!」
「えっ?」
「まあ、興味があるのは魂についてじゃなくて、心についてなんだけど」
「先生! 来てくれたんだ」
私は孤児だった。生まれて間もない状態で、孤児院のある教会の入り口に置き去りにされていたらしい。親の顔さえ見たことのない私にとって、孤児院で一緒に育った人たちは家族に等しかった。
「いい子にしてた?」
先生は孤児院に時々来てくれる人で、その名前の通り私たちに勉強を教えてくれる。文字の読み書き、簡単な魔術、この世界の歴史から地域に残っている文化まで。日頃のお手伝いで培われる知識以外のことは、大抵がこの先生から教わったことだった。
「ほらほら、順番」
面白い話をたくさん教えてくれる先生は、孤児院で一番人気の存在だ。帰ってきたら身動きが取れなくなるほど、子どもたちがまとわりついて離れなくなる。私はその光景を見ながら、みんなが途中で放り投げた仕事を片付けていた。
「僕も手伝うよ」
「うん」
ラヴィは初等部に入る頃に孤児院を出ていくんだけど、その当時は年が近いということもあって一緒に他の子どもたちのお世話をしてくれていた。
それでも仕事が片付けば彼も先生のもとへ行っていたし、他の子どもたちと一緒にはしゃいでいた。孤児院では私だけが、先生のところに近寄らない子どもだった。時々ラヴィが教えてくれる先生の話も、私には興味がないものだった。
そんなある日の夜、ベッドの上で眠れずにいた私は子どもたちの様子を見に来た先生に話しかけた。ラヴィが夜寝る前に特別聞いた話のことだった。私が話しかけることが珍しかったようで、先生はその話を何回かに分けて話してくれた。最初はただの夜話のつもりで興味もなかったのに、私の意識はその話の中に惹き込まれるようになっていった。
「また聞かせて」
私の言葉に、先生はよく笑ってくれた。多くのことに興味を持ちなさい、世界を広く持ちなさい。それは大人から私がよく言われていることだった。自分に正直になりなさい、もっと自分の心を表に出しなさい。そんなことを言われたところで私には理解できない。理解できないからこそなのか、先生の話が私の生きる目標になった。
三人の幼馴染が大人になって、二人の子供を残して世界に囚われた。一人は機械の体を持ち、魔術で心を与えられた。もう一人はただの人間。親を失い養い手を失い、一人の大人として成長していくただの人間。
不幸な状況で始まる話は作り話でもなんでもなくて、この世界にあった本当の出来事。その証拠に、機械の体はこの孤児院に隠されているらしかった。いくら手入れを続けても、ボロボロになった状態から元に戻ることはない。心も意識も失った状態で、それはその場に留まっているだけ。
「どうしてそんなこと知っているの?」
「友達だったからね」
その時の私は既に気がついていた。先生は人間じゃないってことに。そして先生が友達だと言うのならば、もう一度会わせてあげたかった。
「興味があるから。自分の心についても、その機械の心についても」
リアンさんは笑ってなんていなかった。
「だからまだ止めるつもりはないよ。今のままじゃ満足できない」
「それでも止めさせていただきますよ。あなたの研究は微妙な立ち位置にある。危険を防ぐことが、賢者の務めですから」
断固とした発言に、付け入る隙は全くない。冷え切った瞳と空気は数分も経たないうちに崩れ去った。
リアンさんが笑った。彼女は笑っていた方がいい。結局僕には彼女の研究を止めることはできなかった。
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