第71話 雨の中咲いた花

 カフェを後にして、教会を出ると雨が降っていた。すでに暗くなっていた街を、僕はスミと共に走る。家に近づくほどにその勢いは増し、辿り着いた時には制服から大きな水滴がしたたり落ちた。


「くぅっ」


 くしゃみをするようにスミが震えて、周囲に水滴を飛ばす。僕は廊下が濡れることを諦めて、タオルを取りに家に上がった。お母さんはまだ帰ってきていない。顔を合わせるのが気まずくて帰りが遅くなることが多くなっていたが、今日は僕の方が早かったみたいだ。


 スミにタオルを投げてあげると、自分でゴロゴロと体を擦り付けた。その間に制服の水気をきって、体を拭いた僕たちは自分たちの部屋に戻った。


 鞄を守って走ったおかげで、テキストは濡れていなかった。僕は制服をハンガーにかけて、風の魔術で制服に温かい風を当てた。魔力が少ないから風の勢いが小さく、乾くまでにしばらくかかりそうだ。


「きゅん!」


 僕が制服と向かい合っている間、スミは窓辺に置かれた鉢植えのそばをうろちょろとしていた。いつもはそんな危ない場所にいないからどうしたのだろうと視線を向けると、そこには真っ白な花が一輪、窓を向いて咲いていた。


 ウィラレントで買ってもらった鉢植え。お店のおばあさんの言葉に従って、今朝も一滴水をあげたばかりだった。その時には蕾さえなくて、今日花が咲くだなって思ってもみなかった。


「危ないからこっちにおいで」


 制服を乾かす手を止めて、僕はスミを呼んだ。


「この花が咲いた時、大切なことを教えてくれるんだって。何だろうね」


 鉢植えを売ってくれたおばあさんの言葉だから、単なる売り文句なのかもしれない。それでも思い浮かぶことはいっぱいあって、この真っ白な花がその大切なものに関する問題も解決してくれないかなと願ってしまう。


 電話が鳴った。家に連絡がくることなどほとんどなくて、僕が電話に出るのはこれが初めてだった。


「アシュレイさんのお宅でしょうか」


 その言葉にぎこちなく返事をした後、僕は何も言葉が出なくなった。それはお母さんが務めている病院からの連絡だった。




 白い花は家を出たときと変わらず、窓の外を向いて咲いている。制服は極限まで雨を吸い、床にも水たまりが広がる。真っ暗な部屋の中。病院から家までどうやって帰って来ただろうか。雨に濡れた制服は、暗闇の中の僕の足をさらに重く引きずらせた。


 心配そうに頭を寄せるスミに構うことなんてできなかった。いくら涙を流しても、目が赤くなるばかりでその跡さえ分からない。


 お母さんが亡くなった――。


 頭を打った場所が悪かった。すぐに対応したが、生きるために必要な力が残ってはいなかったと。青い顔。目の下にできた隈。頬はこけて、手はいつもより骨ばっていた。変わり果てたその姿は、まともに向き合っていなかったから気づくことができなかった。


 お父さんに連絡がつかない。それは病院で言われたことで、番号を知らない僕は何もできない。真っ暗な場所でただ一人、心に溢れる波をやり過ごすことしかできなかった。

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