警告
第69話 贈り物
「何か心配事?」
それはピクニックを終えてからまたしばらく経った頃だった。たまたまカフェに来ていたアリーさんに言われた。いつも僕を元気づけてくれるスミも最近は静かで、心配事から気を紛らわせてくれない。
「ラヴィのこと……じゃなさそうだね。ならお母さんのことだったりして」
アリーさんの言葉は図星だった。ラヴィボンドさんとは時々会いたくなるけど、それでも前向きに頑張ろうという気分になれる。ただお母さんのことになると、時間が経てば経つほど空気が悪くなっているようで、顔を合わせても話すことができなくなっていた。
「ノーマンさんが言っていたけど、まだ解決してなかったんだね」
その言葉に黙って頷くことしかできなかった。最初はこんな状態でもいいと思っていたけど、今はそれが辛くなっていた。
「きっかけの一つにしかならないけど、エトワールを贈ってみない?」
彼女が見せた手の中にはつい最近僕が作った結晶があった。
「サイラスが作った結晶で、綺麗なものはいくつか工房にとってあるよ。ネックレスならいつでも身に着けていられるから、どう?」
「……手伝ってくれますか?」
「もちろん!」
それから僕たちはアリーさんの工房へと移動した。
「これがとっておいた結晶だよ。それで、どんな風に飾り付けたい?」
彼女が持ち出した袋の中には十個にも満たない結晶が入っていた。どれも本物のアスタリスク工芸には見劣るものだったが、僕の作ったものの中では綺麗な部類に入るものだった。
「花火……」
お母さんへのプレゼントで、一つ思い浮かぶ景色があった。
「年末のお祭りで、家族三人で花火を見たんです。光の花に照らされた、あの時の笑顔がまた見たいなって」
会話を交わすことはなくなっていた。それと同じように笑顔を見ることもなかった。ほんのひと時の出来事だったかもしれないが、これをきっかけにまた戻れるかもしれない。
「花火なら形が単純だからできそうだね。大きさから前面に押し出すようになると思うんだけど、彫刻は危ないし難しいんだよね。だからといって金の絵付けだと、エトワールの良さを消し去ってしまう可能性があるから……」
「彫刻がいいです」
気遣って悩むアリーさんへの、僕の答えは一つだった。お店に並ぶアクセサリーを見てから、エトワールと彫刻の相乗効果で輝く美しさが忘れられなかった。エトワールを作るのなら、難しくても彫刻で飾ってみたい。
アリーさんが楽しそうに笑った。
エトワールの特徴はその内側が液体であること。そんな結晶の表面を削るのだから、削りすぎては結晶が崩れて中の液体が零れてしまう。結果いくつかの結晶を割ってしまったが、一面に花火が上がったオレンジ色の結晶が完成した。
「あとはこの金具を取り付けて……できた!」
アリーさんの手が加わって、結晶はネックレスへと変身した。どこか不格好ではあるものの、エトワール特有の輝きを放つ。その明るいオレンジ色は、太陽に包まれるような温かさを持っているような気がした。
「喜んでくれるかな……」
これをお母さんに手渡す場面を想像することができなかった。たとえ手渡すことができたとしても、お母さんが喜んでくれるとは限らない。まず僕の話を聞いてくれるだろうか。
「大丈夫。一生懸命作ったんだもん。もし喜んでもらえなかったら、また次を考えればいいんだよ」
「そう……ですよね」
お母さんに渡すことができるか心配でしかなかったけど、せっかく作ったこの機会を無駄にするわけにはいかない。僕は今日家に帰った後、お母さんに手渡す決心をした。
「お母さん、渡したいものがあるんだけど」
お母さんが帰ってきてすぐ、僕は玄関先で声をかけた。久しぶりの会話だったが、お母さんから返事はない。ただ黙って僕を見つめるその瞳に疑われているようで、僕はお母さんから視線をそらし、ネックレスを持った手を伸ばした。
「何これ」
ネックレスを受け取ったお母さんの第一声がそれだった。喜んでいる様子もこれから会話を重ねようという気持ちも感じられない。
うまくできたと思ったのは勘違いだったのだろうか。今思えば結晶は不格好だし、彫刻だって花火に見えるかどうかわからない。チェーンがついているからネックレスに見えないことはないだろうが、身に着けられるような見た目をしていなかったような気がする。
「これ、どうしたの?」
怒っている。冷たく突き放されるような低い声は、今まで聞いたことがなかった。
「きゅきゅっ」
あまりの空気の悪さに、スミが僕の足元で声を上げた。でもそれだけじゃ、この空気は変えられない。
「盗んだの?」
「違う。これは僕が作ったの」
「そんなわけがないでしょう!」
外にまで聞こえるような大声で、僕の言葉は否定された。
「エトワールは高いの。子供が作れるようなものじゃない。ただでさえあなたは目を引くんだから、これ以上お母さんに迷惑をかけないで……」
お母さんの耳に僕の声は届かなかった。
「ご……めんな……さい」
僕は自分の部屋に逃げた。消え入りそうな声を、これ以上聞いていられなかった。お母さんの言葉は仮面の下に隠されていた本心で、僕が生まれてきてからずっと隠されていたもの。それは僕が一番聞きたくない、僕という存在を支えてくれていた何かを壊すような言葉だった。
「ごめんなさい」
部屋の扉を閉めたら、途端に足の力が抜けてしまった。取り返しのつかない状況だった。涙が溢れて止まらなかった。溢れる涙は拭うことができず、床に落ちる前にスミが舐めてくれた。
「ごめんなさい……」
もう前のようには戻れないんだ。僕とお母さんは、もう一緒には笑えない。
涙が底をつくまで、スミだけがそばにいてくれた。
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