第65話 お父さんの仕事

 ずっと忙しそうにしていたお父さんが、金曜日の夜遅くに帰ってきた。ベッドに入って寝ていた僕は、枕元に誰かが来て、スミが嬉しそうに鳴いていたことをぼんやりと感じていた。


「おはよう。約束通り、休みがとれたよ」


「本当に?」


「本当に。準備が終わったら行こうか」


「うん」




「お母さんは行かないの?」


「そうだな。俺の仕事場だから、お母さんが行くとなると気を遣うことが多くてね」


「そうなんだ……」


 正直なところ、お母さんがいないことにホッとしていた。せっかくお見送りができたとしても、その空気が悪かったら意味がない。僕はお父さんと手を繋いで湖へと歩いた。


 巨大な湖だと聞いていた。それは僕の想像以上で、反対岸が微かに見えるかどうかというほど。手前の少し窪んだ平原では子供たちが遊んでいて、水底が見通せるほど水は透き通っていた。


「あそこだ」


 お父さんの視線の先を追えば、僕がいつも訪れている教会と瓜二つの建物があった。


「ここがお父さんの仕事場だよ」


 湖に接するように建っていた建物の中は、その大きさからは考えられないほどの広さと人で賑わっていた。


「フレッド、遅刻か?」


 建物に入って早々、お父さんと同じくらいの男の人が近づいてきた。


「今日は休みだよ。用事があって来たんだ」


「休みの日に来るなんて物好きだな」


「フレッド! ちょうどよかった。例の件で相談があるんだけど」


「こいつ今日休みらしいぞ」


「そうなの? じゃあまた今度にしておくわ」


 少し進むだけで多くの人から声がかかる。僕はその騒ぎの外側から、お父さんの後をついて歩いた。人混みが少しばらけて、お父さんが立ち止まったのは大きなボードの前だった。


「たまに見学会をしているからね。こういった説明も充実しているんだ」


「息子さんですか?」


 声をかけてきたのは若い女の人だった。


「見送りのついでに職場を見学してもらおうと思いまして」


「良ければ説明しましょうか?」


 女の人は僕の姿について言及することもなく、普通の人と接するように話しかけてきた。


「お邪魔になりませんか? 最近は特に忙しいでしょう」


「構いませんよ。忙しいのは現場の方たちで、私共はいつもと変わりませんから」


 あちら側の世界には魔術というものがない。こちら側の世界のことも知られていない。もしこちら側の世界のことが知られてしまえば、その両方の世界で混乱が生じてしまう。


 二つの世界を繋ぐゲート、その湖のほとりに建てられたこの建物がお父さんの仕事場。お父さんの仕事は、あちら側の世界へ渡った人たちが規則を破っていないか監視したり、あちら側に移住することになった人たちに最初の支援を行うことだった。


「仕事の内容によっては、あちら側の世界で何日も過ごさなければならない場合があります。一緒にいられる時間は短いかもしれませんが、その間もお父様は頑張って仕事をされているのですよ」


「……お疲れ様」


 僕はお父さんの手を取った。


「ありがとう。サイラスたちがいてくれるから頑張れるんだ」


 しゃがみこんで頬をモチモチと触れられる。その幸せそうな表情に、僕も少し安心した。疲れ切っている姿ばかり見てきたけど、その仕事は嫌でやっていることではないみたいだったから。

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