第19話🌸夢

 それからしばらくして、ひかり主演のドラマがスタートした。幼馴染との淡い恋の話で、内容はひかりと森下との関係に良く似ていた。台本を読みながらいつしか相手役のイメージを森下にしながら稽古をしている自分に気付いた。


(森下くんに逢いたい・・・)


ひかりは、そう思う事が多くなっていった。もちろんひかりから連絡を取れる立場ではないことも知っていたので、想いだけで終わってしまう日々だったが。

 ドラマは好調で、回を重ねるごとに視聴率も上がっていった。名実共にひかりは女優へと成長したのだ。ドラマの終盤のロケで桜の木が立派な小学校が必要となった。そしてスタッフが探し当てた小学校でのロケとなったひかりだったが、バスの中で不思議な感覚に襲われた。


(桜の木が立派な小学校・・・ウチの小学校、立派だったなぁ。ロケ地がウチの小学校だったりして・・・)


桜の木が立派な場所など探せば数え切れないほどあるだろうに、ひかりは何故か自分が卒業した小学校が頭から離れなかったのだ。現場は少し離れているとの事だったのでひかりは到着するまで少し休む事にした。そして、夢を見た。自分が卒業した小学校に行きたいという気持ちが強かったのだろうか?夢の中でひかりは小学校に行っていたのだ。そこには、あの日同窓会に集まったメンバーが小学生で出てきた。もちろんひかりも小学生になっている。当時の学校生活が鮮明に蘇ってきているのだ。もちろんその中には、あの森下も居る。シャイで人前での発言が苦手なひかりも居る。そう・・・あの相合傘の落書きを見つけたあの時の夢だった。

「お~い、星野ぉ~♪おまえと森下、ラブラブなんだなぁ~♪」

クラスメイトの男の子がひかりに言いに来た。

「なんのこと?・・・」

相手にも聞こえないくらいの小さな声でひかりが答えている。

「こっち来てみろよ!」

クラスメイトに手を引かれ廊下に連れて行かれ、目の前の相合傘の落書きに顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなったひかりは、その場で大泣きしてしまっている。


(そうそう。本当に恥ずかしかったんだもんなぁ~)


自分が出ている夢を大人になった自分が見ている・・・なんとも不思議な感覚だったが、見ながら感想など言ったりしている。そして、森下が、

「なんだよぉー!俺、星野が好きなんだもん。いいじゃないかぁー!」

と照れながらみんなに言っている。当時から思ったことは素直に言えていた森下に憧れながらずっと見ていたら、いつの間にか好きになっていたひかりだった。


「星野ぉ・・・なんで泣くんだよぉ・・・」

森下は頭を掻きながら、困った顔でひかりを覗き込んでいた。その仕草にひかりは余計恥ずかしくなり、また涙が止まらなくなっていた。クラスメイトに冷やかされ、森下に覗き込まれ、ひかりは泣きながらその場を走って逃げた。そして、教室の自分の席で顔を伏せて泣き続けてしまった。周りの友達もひかりが泣いているというのにあまり気にも留めずに居た。そう言う小学校時代だったのだ。


(そうそう。あの頃ってあまり私のことを気にしてくれる友達も居なかったんだったなぁ。同窓会の時には自然に話し掛けてくれたけどさ。)


当時の夢を懐かしみながら見ていると、遠くでひかりを呼ぶ声がした。

「・・・さん。・・野さん。星野さん、到着しましたよ。」

ひかりはゆっくりと目を覚ました。どうやらロケ現場に到着したらしい。窓の外を見ると、ひかりは言葉をなくした。そこは、紛れもなく自分が卒業したあの小学校だったのだ。

「えっ?ここ?」

やっと出た言葉は、たった一言だった。スタッフは、ひかりに

「はい。ここです。どうしました?」

と尋ねた。ひかりは、なんとも複雑な気持ちだった。2年前、ここで同窓会を行い、森下と再会しお互いの想いを確かめ合い、そして別れた・・・すべての始まりの小学校が今、目の前にあるのだ。

「星野さん、降りてくださいよ。」

スタッフに促されひかりはバスから降りた。やはり懐かしい匂いがする。ひかりはゆっくりと深呼吸をした。そして、立派な桜の木の下でロケが始まったのだ。地元の人たちは今日のロケを知っていたのだろう。バスが停車すると同時に一人・・・また一人と撮影を見に集まって来た。ひかりは少々やりにくかったが、2年前の『音無レイカ』の件はほとんどの人が忘れていたのか、素直に地元出身の『女優、星野ひかり』を見に来ていたのだ。そんな中、ロケがスタートした。

 ひかりは、今やすっかり女優が板に付き、撮影中は見学している地元の野次馬たちすら目に入らない様子だった。撮影も順調に行われ、少し休憩時間が取れた。ひかりは早々に校舎内に姿を消した。教室が控え室となっていたのだ。校舎内に入ったひかりは、ゆっくりとへと向かった。


 立ち止まった場所に、例の落書きはまだ健在だった。同窓会の時にはとても懐かしく見られたその相合傘も、今日はとても切なく見えた。


(森下くんに逢いたい・・・)


ひかりは急にそんな思いが溢れてきた。すぐ近くに居るのに逢いに行く事も出来ない。自分は結果的に森下を裏切った・・・その後悔がずっと残っていた。あの日、女優という選択をせず森下のもとへ戻っていたらどうなっていたのだろうか?森下は、他の男に感じていた自分をどう思ったのだろうか?あれから一度も連絡を取っていないが元気なのだろうか?

そんな思いで相合傘を見つめていた。

「どうしたんですか?」

あとから来たスタッフに声を掛けられ慌てて涙を拭くと、

「何でもありませんよ。この小学校、私の母校なんです。なんだか懐かしくて涙が出て来ちゃって・・・」

と、笑顔で答えた。

「そうだったんですか?知りませんでした。じゃあ、校内も勝手知ったる!って感じですね。星野さんの控え室は6年4組です。場所、分かりますか?」

「えっ?本当ですか?私のクラスです♪」

ひかりは笑いながら言った。スタッフもこの偶然には驚いていたがすぐに一緒に笑い合った。ひかりは、そのまま6年4組へ向かい、教室に入った。今日は机も椅子もそのままだった。


(同窓会の時は全部廊下に出されてたっけ。黒板にも森下くんが同窓会だって書いてたっけ。)

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