第8話🌸不当な試練

 翌日は、テレビが騒がしかった。【マリア】突然の終了にファンが動揺を隠せずにいるのだ。

ひかりは・・・と言うと、事務所の命令で自宅待機を言い渡されていた。騒ぎは、自宅のテレビで見守っていた。

 突然の終了を【マリア】役の【音無レイカ】の療養と説明をしているスタッフの会見に、マネージャーが言った、[自宅待機]の意味を理解するひかりの心情は穏やかではなかった。もちろん真実が言えないのは分かっているが、自分が何の病気にされるのか・・・と言う部分が気になって仕方がなかった。どうか、変な病気だとの報道だけはやめて欲しいと祈らずにはいられなかったが、幸い病名等は明らかにされず、ただ[療養の為]と言う言葉に留まった。

 しかし、それでファンが納得するはずもなく、いずれはひかり本人が会見を開く事になるだろうと言う事は覚悟していなくてはいけない現実なのかもしれない。ひかりは、方向を見守るしか術はなかった。当然、仕事が突然なくなったひかりは、今までの忙しさとは真逆のヒマな生活を余儀なくされた。普段休みが欲しいと訴えていたひかりだが、いざ休みが無期限に出来ると何をしていいのか分からないのだが、しばらくは自宅からも出られそうにないため、家でのんびり過ごすしかなさそうだった。

 ひかりはテレビを消し、ベッドに横になりボーッと天井を眺めていた。こんな時、人は何をするものなのだろうか?と色々考えては見たものの、やはり答えは出て来なかった。時間の使い方が分からないのだ。忙しすぎる生活も考え物だとひかりは実感した。ひかりがボーッとしていると、電話が鳴った。実家の母親からだった。

「もしもし?お母さん?どうしたの?」

ひかりは能天気に尋ねた。当然母親は動揺している。

「どうしたのじゃないでしょ!何処が悪いの?お医者さんはなんて言ってるの?何処の病院に行ってるの?今は、大丈夫なの?」

一気に質問攻めである。ひかりは、身内にまで嘘をつくつもりはなかったため、正直に今回の騒動の経緯を説明した。母親は安心したと同時に、今度は怒りがこみ上げて来たように、

「あんた、何も悪くないじゃない!テレビだと、ひかりの病気が原因で人気番組がひとつ消えてしまう・・・なんて言ってるわよ!冗談じゃない!ひかりはそれで何も言わないの?なんで文句言わないの?」

「お母さん、落ち着いて。良くある事なんだよ。しょうがないの。たまたま今回は私が順番だった・・・って感じ。時間が解決してくれるから大丈夫だよ。」

ひかりは母親の気を鎮めると同時に自分の気持ちも鎮めようとしているかのように、

理解ある解釈で母親を諭した。

「私は元気だから安心して。ただ、今はここから出られないから実家にも帰れないけど、そのうち自宅待機が解禁されたらしばらく帰るよ♪待ってて。」

ひかりは、諭したあと付け加えた。その言葉に母親はようやく安心したように電話を切った。


 母親からの電話を切ったあと、

「安心して・・・かぁ~。私も大人になったなぁ・・・」

と、独り言を言いながら苦笑いをした。それからしばらくすると今度はマネージャーから電話があった。

「レイカ、悪いけど会見セッティングするから病名考えておいてくれよ。」

ひかりは絶句した。病名を自分で考えなくてはいけないなんて予定外だと思ったのだ。

「無理ですよ!私、日頃から病気しないのだけがとりえで、病名なんて何にも分からないし。マネージャー考えてくださいよ!」

珍しく反論したひかりに驚いたのか、マネージャーは

「・・・あ、そか・・・分かった・・・なんか考えてみるよ。精神的な方面になっちゃいそうだけどいいか?俺が思いつくのってそれしかなくて・・・」

と、小さな声で呟くように言った。精神的な病気・・・まぁ、それが一番無難だとは思ったが、本当にそういう病気で悩んでいる人も居る中、嘘の病気で使うのは少々気がとがめた。だが、どんな病名をつけたところでどれも嘘になるのだから仕方がないか・・・と諦める事にした。マネージャーは、色々調べて病名を決定したらまた連絡すると言うと電話を切った。しばらく仕事はないのにマネージャーとのやり取りは必須だとひかりは諦めていた。


 翌日、マネージャーはひかりの家に直接やってきた。知り合いの医者に相談をし、ひかりの病名を決定したとの報告だった。ご丁寧に診断書まで作成してある。ここでひかりは焦った。

「マネージャー!本名じゃないですか?」

当然と言えば当然なのだが、医者に掛かる時まで芸名を使う者はいないのだ。分かってはいたが、この診断書を世に出すと言う事は、自分のプライベートが暴露されると言う事を意味していたのだ。ひかりは自分が声優だと言う事は、極限られた人にしか告げていない。だが、会見となれば自分の本名を知っている人が見ている可能性だってあるのだ。今までプライベートを一切公開していないミステリアスさを売りにしてきたひかりにとっては、今後の仕事にも影響があることは間違いない。この先、声優としてやって行けるのか、自分はこれからどうなるのか・・・ひかりの中に不安が広がった。

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