ランプ売りの少女

前花しずく

第1話

「こんにちは! クリスマスの食卓にかわいいランプはいかがですか! ほら、かわいいでしょ」

 会社帰りの人や買い物客で賑わう所沢駅前の商店街で、制服姿の一人の少女が、プラスチックでできた、ろうそくの形をした小さなランプを道行く人に売り歩いていた。手元の袋の中にはまだまだたくさんの手作りランプが余っていた。

 もちろん、みんな不審がってあまり近寄らないし、そもそもいくらよくできていようと、ランプを路上で買おうなんて人はそうそういない。たまに、憐れんだ様子で、お札を渡してくれる人がちらほらいるのが、たまの救いだった。

 少女の母は、自分勝手な人だった。仕事も随分前にやめてしまい、たまに男を連れ込んでは、プレゼントされたバッグやアクセサリーを売り払って金にしている。その度に、少女は夜、家を追い出されるのだ。もちろん、一円も持たされず。

 追い出されたときは、何か適当なものを用意しては、こうして売り歩いた。それでも泊まるだけの金が集まらない時は、公園のベンチや人通りの少ない路地裏で横になった。

「こんにちは! ほら、そこの君! 君にこのランプ似合うと思うんだけどなあ、買ってかない?」

 それでも、少女は常に明るく振舞った。苦しければ苦しいほど、周りに笑顔を振りまいた。そうでもしていないと、どうにかなってしまいそうだから。無理に明るく振舞っていれば、自然と心も明るくなる……そう、信じていた。

 駅前のイルミネーションが点灯してから、つまり日が暮れてから、もうずいぶん経った。商店街も買い物客は減り、仕事で遅くなったのであろうスーツの人や、飲んで赤くなった集団などが目立つようになっていた。

「ねえ君、今暇かい?」

 何度も売春しようとしてるものと間違えられて、気持ち悪い男に話しかけられた。確かに、そうすれば簡単にお金が手に入るのかもしれない。幸か不幸か、悪くはない顔立ちであるから、需要自体はあるだろう。でも、少女はそれを受け入れなかった。母のようにはならないと、固く決めていたのだ。だから、少女は話しかけられる度に、最大級の笑みを浮かべて、愛想よく断った。

 タイツも何も穿いてない足が、もう血が通っていないんじゃないかというくらいにまで冷えてきていた。ただ歩くだけでもすぐ躓いてしまうくらい、身体が言うことをきかなくなっていた。耳と鼻の感覚はとうの昔に忘れた。

「君」

 ラストスパート、と張り切っていたところで、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、紺のジャンパーを羽織った、男女二人の警察官が立っていた。恐らく、駅前の交番にいた人たちだろう。

「ここで何をしていたのかな?」

 男の方が少女の持っているランプや袋をじろりと見て訊ねた。

「もしかして、これをここで売っていたのかな?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「路上で勝手にものを売ってはいけないんだよ。もしそういうことがしたかったら、ネットだとか、フリーマーケットだとかを探しなさい」

 どうやら、通りすがりの人が怪しがって交番に告げ口したようだった。少女は、嘘を吐いても無駄だと悟った。

「ごめんなさい」

「夜の繁華街は変な人も多いから、あまり長居してちゃ危ないよ」

 今度は背の低い女性警官が、優しい口調でそう嗜めた。少女はもう、謝ることしかできなかった。

「それにそんな恰好じゃ寒いでしょ。送っていってあげるから、まずはこれを着て」

 そう言って、女性警官は自らの着ていたジャンパーを脱いで、少女に着せようとした。少女はその瞬間、妙な虚しさに襲われ、ジャンパーを払いのけて、一目散に逃げ出した。そのまま彼女に身を委ねていれば、きっと温かい食事を出してくれただろうし、優しく頭を撫でてくれたかもしれない。思う存分甘えることができたかもしれない。だけれど、そうしてしまったら、自分の境遇の悪さを認めてしまう気がして、自分の弱さを認めてしまう気がして、勝手に体が逃げ出していた。

 後方へ過ぎ去る光の中は、どこも幸せで溢れていた。レストランで一緒に夕食をとる家族、ゲームセンターで一人、黙々とゲームに興じる青年、同僚たちと楽しく飲んでいるサラリーマン、手を繋いで駅を目指すカップル。そのどれもに、少女の居場所は存在しなかった。

 走っている途中、人とぶつかって袋がアスファルトに落ちた。電球の割れる音もした。それを拾うことも億劫になって、立ち止まりすらしなかった。

 駅から出てくる人々も、帰る場所があるから歩いているのだ。居場所があるから、そこを目指しているのだ。しかし少女にはそれがない。居場所がない。帰る場所など、どこにもない。あるのは見えない未来だけ。

 閉じる改札を蹴破って駅に入った。駅員ももちろん気付いているだろう。電車に乗ったところで何も変わらないのに。少女は自分の行動を自分で理解することができていなかった。

 少女はホームに降りたところでやっと立ち止まった。冷たい空気で、肺が凍り付いていた。右手を胸に当てて息を整えていると、右手で一つだけ持っていた手作りランプの存在を思い出した。理由はないが、点けてみなければならない気がした。

 点けてみると、思いの外温かい光を発した。作ってるときにも見たはずなのに、その時より綺麗に感じた。空気が冷え切っているから、光がより鮮明に網膜に届くのかもしれない。少女は微笑った。

 その時、ランプとは違う光が少女を照らした。明るかった。その光は少女を包み込み、そのまま受け入れてくれるようにも感じた。昔からそこにあった「帰る場所」であるかのように、その光は何者をも拒まなかった。

「そっか、ここだったんだね」

 光は、少女を歓迎するかのように、少女の元へと近付いてくる。少女はそのまま、光に身を預けることにした。

「ただいま」

 少女は幸せだった。


【西武線運転見合わせ】西武線は20時25分頃、所沢駅で発生した人身事故の影響で、池袋線 石神井公園~飯能、新宿線 小平~本川越間でそれぞれ運転を見合わせています。特急「ちちぶ」「小江戸」、Sトレインは終日運休となります。指定券払い戻しをいたします。地下鉄有楽町線との直通運転を中止しています。振り替え輸送をご利用ください。

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ランプ売りの少女 前花しずく @shizuku_maehana

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