食べたい

 最後の晩餐という表現を翡翠はふざけてした。


 直径30cmの反射鏡1000枚は制作にあたったそれぞれの零細企業から精度を狂わせないように美術品を運ぶのと同様のレベルで輸送された。しかも搬送先の履歴を少しでもカムフラージュするために隣県を経由させた。

 この制作費用・輸送費用諸々は賢人の預金から吐き出した。

 金末教授が国の研究費用で賄えると言ったが賢人は固辞した。


「これは私闘だ」


 と。


 翡翠は賢人のほぼ全財産を使い尽くすその行為に対して表面上は恐縮しながらも嬉々として、やれ・やっちゃえ、という感覚で後押しした。

 それは神社であった自分の実家の『家計』を思ってのことだった。


 法人格はあるものの境内も社殿も私有。

 寄進や賽銭といった収入だけでは足りず、だから翡翠と同居していた父方の祖母はカネを勝ち取って来いという営業命令すら家族に出した。

 それなのに神は氏子衆の無事平和のため明け方から体を分身させて地区の各家庭に赴き家人たちが目を覚まし起き出してくるまで祝詞をあげ続ける。

 目には見えないがそれが事実だと母方の祖母から教わっていた翡翠は、中卒で言葉は知らないが、氏子衆はまるで公共サービスのフリーライドだという趣旨の繰り言を賢人に述べた。


 だからブラックホールの処理は金末の頭だけで得た業欲の研究費用などではなく賢人が血の滲む思いの人生で稼いだ資金に基づく「私闘」なのだという意地を翡翠も持っていた。


 そんな翡翠は出発前夜の最後の晩餐に「腹一杯寿司が食べたい」と言った。


「眞守。賢人に『ごちそうになります!』は?」

「ご馳走さまです」

「違う! ちゃんとお辞儀して『賢人さん、ご馳走になります』だろ!? ほら!」

「いいよ翡翠。回転寿司なんだから気にしなくて」

「賢人。わたしは実家の神社の神さまへの祭祀や御供物を失礼がないものにするように節制してさ。回転寿司だろうと寿司なんてものは食べたことがなかった」

「そうか。じゃあ、要望どおり腹一杯食べてくれ」


 ただ、賢人は都内の回転寿司の中でも安さのみを売りにするフランチャイズではなく長島の推薦する青森が資本の店の東京出店一号店を選んでいた。

 その長島も当日、SNSと『秘密兵器』を通じてサポートしてくれる。


「ねえ賢人。マグロの赤身っておいしい」

「そうか。よかったな」

「ほんとにおいしいよ。ははっ」


 皿の色に頓着せずどんどんと高さを増していく翡翠に対して海苔巻きやいなり寿司を取ったきりの眞守を賢人は気にかけた。


「どうした眞守。寿司は嫌いか」

「ううん・・・そんなことないけど」

「心配なのか」

「うん・・・」

「まあ、死ぬかもしれんからな」

「それも、なんだけど僕の将来がもう決まっちゃったような気がして」

「なんで」

「だって、こんなことやったって誰かが見てる訳でもない。『頭が悪い』って金末先生にも言われたし」

「なんだ。人に褒められたいのか」

「賢人さんは褒められたくないの?」

「褒められたいさ。でも、腐った奴に褒められたら、それは恥だ」

「恥?」

「そうだ。いっそ腐った奴からは徹底して嫌われた方がいい。答えはずっと後に出る」

「金末先生は腐ってると?」

「そこまでは言わんが尊敬には値しない」

「うわ。賢人って意外と意地悪だね」

「翡翠。俺は翡翠が子供の頃からやってきたことは絶対正しいと思ってる。神様を信じてるって奴らの大半はご利益のおこぼれが欲しいだけだ。だから有名で『効力』のありそうな神社へはせっせと通って寄進し、自分の足元の、本来ならば安全料や地代家賃を請求されても文句が言えない氏神に対しては何もしない。カネも出さない」

「ははっ。ありがと」

「眞守」

「はい」

「よく一緒に行くと言ってくれた。研究者として頼りにしている。ありがとう」


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