着せたい

「色が濃いね」


 日本に帰る前日、屋台で朝食を済ませて市場や街を歩いていると翡翠が呟いた。賢人は同意で答える代わりにこう言った。


「生きてるんだろう」


 実際賢人は自らの海外出張を思い起こして実感していた。


 日本は色が薄い。


 今ベトナムで市場に並んでいる野菜や果物を見ても同じ品種をたとえば日本の高級食材を扱う都心にあるスーパーのそれと比べてさえ圧倒的に色彩のどぎつさが違う。露骨といえるぐらいに生命力に溢れているように思える。海産物もそうだ。それどころではないことに気づいた。


 人間の白眼の青さが違う。


 翡翠をアニメの主人公に見立てて取り囲んだ少年たちも行く店々で出会う壮年たちも老人たちですら白眼が青みがかるくらいに新鮮だと感じた。

 生きているという実感に溢れていると賢人は感じざるを得なかった。それはこのベトナムだけでなく、暴力と犯罪に晒し続けられたアフリカでも同じだった。人間にとっては命を奪って食べる目的のための食材としての植物や動物たちでさえ輪郭が強調されたイラストのように色が濃かった。


「翡翠」

「なに」

「この絵は色が濃いな」

「そういえばそうだね。顔料が濃いんだね」


 賢人と翡翠はアオザイを売る衣料品店に入った。


「アラアラ、お嬢サン美人ネ」


 アニメ少年たちよりはたどたどしいが店主だろうか、岡山で遭ったショッピングバッグレディに少し顔の似た女性からやっぱり日本語で声をかけられた。本来アオザイはオーダーメイドなのだがこの店では急ぐ観光客のために吊るしのそれも売られていた。


「お嬢サン、瞳ノ黒色ガとても濃いシ黒髪ガほんとに真っ黒で美しいカラ白がお似合いネ」


 彼女は翡翠にファッションショーをさせた結果純白でやっぱり白の花柄を浮き立たせたアオザイを選んだ。


「紫陽花だ。ははっ」


 凶暴に繁殖して翡翠の左目を奪ったアジサイではなく清楚で秩序ある紫陽花が白い錦糸で刺繍されていた。それよりも賢人の前で翡翠はアオザイのしつらえそのものを気にかけていた。


「スリットってこんななんだ」


 翡翠の白くて曲線がほぼ直線となるぐらいの細い脚を際立たせるように、足首・ふくらはぎ・ハムストリングスまで切れ目が入った服。


「セクシーネ!」


 女店主が親指を立てて破顔する勢いで笑った。

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