激しい
選択肢の無さに賢人は落胆したが翡翠は満足そうだった。
翡翠はコンビニで買う水やおにぎりや惣菜パンといったものを『よそ行き』の飲食料品と見做しており、その手の出費をほぼせずに自分で賄っていたので、『食のさかがみ』という塗料が半分消えかかった小さな食品スーパーに、食パンやジャムがあるだけで十分だった。
「賢人、もったいないよ。ほら、これを組み合わせればいいじゃない」
「いや・・・なんかなあ」
翡翠が手にしたのは、食パン2斤、常温保存可能なジャム、ピーナッツバター、同じく常温保存可能なサラミ等々。これで簡易なサンドウィッチを作るか別々に食べれば事足りると主張した。
「いや・・・おにぎりぐらい」
「ダメ! ホテルに泊まった時に自分たちで握ればいい」
賢人はそのホテルに泊まれるかどうかをも危ぶんでいたが、少なくともこのスーパーは2人のことを知らないようだと安堵した。
「5,218円」
かなりのまとめ買いをしたが次にどこで食料を調達できるかがわからない以上やむを得なかった。それに、地理的に配送に支障があるのか、一品一品の値段もスーパーの割に高めの設定だった。
賢人は連続して車中泊の可能性もあり、人があまり来ない温泉等でもないかとスマホを検索し出していると、スーパーの店主らしい老爺から声をかけられた。
「
「名前?」
「苗字は?」
「・・・
「儂もギャクシンの
賢人は日本に自分たち家族しかこの漢字でのサカガミはないだろうと考えていたし、ネットで検索してもヒットしなかった。だが現実にこの禍々しい苗字を持つ老人と遭遇し、敢えてこの漢字が当てられていることの意味を知らないか老人に訊いてみた。
「アンタの家系と同じかどうかは分からんが儂は父親から、日と月をひっくり返したからだと聞いている」
「? なんのことですか?」
「性転換のことじゃ」
賢人はこめかみの辺りに違和感を覚えるようなおぞましい感覚に晒された。間違いなくそれはさっき翡翠から聞いた彼女の父親と母親の共謀による5人の堕胎を連想したからだった。
いくら有り得ない漢字を使用した同性との出会いだからといって、初対面の自分に性的なそれも沈み込むような内容の話を打ち明けるその感覚に賢人は嫌悪を抱いた。
だが興味を抑えることはできなかった。
「儂の姉はおそらく男じゃった」
「ははっ。あまり聞きたくないね」
「・・・儂が子供の頃に一度だけ姉がそれを見せてくれた。もはや記憶の彼方で細かな部品等は覚えとらんが、ついてないのは間違いなかった。切られた、と言うとった」
「なんで? 誰が?」
「ふはは。女のアンタも興味あるようじゃのう。こういう話は全国共通じゃわ」
「すみません、続きを」
「
「なんで? 誰が?」
「お前さん、変な女じゃのう。狂っとるんと違うか?」
「言葉に気をつけてください」
「おお、兄ちゃん、すまんすまん。つまりはのう、口減らしじゃ。跡取りの男が1人おれば、後は女の方が嫁に出せて始末がつけやすいからのう」
「その・・・子供が産める体なんですか?」
「そんなわけなかろう。ただ切り取っただけじゃよ。嫁にもらっていく男にすればついてないだけで『こんなもんかのう』ってなもんじゃ」
「グロい家系」
「そうかもしれん。女のアンタにこそ耐えられん話じゃろう」
「あなたはどうして女に変えられてないんですか?」
「役人に見つかったんじゃよ。と言っても賦役逃れのための性転換と思われての咎めじゃったから即刻禁止された。切り取るのはな。ちょうど儂が生まれた頃じゃ」
「この家だけですか?」
「そうじゃ。こんな狂ったことをやっとったのはな」
「でも、どうしてそれが神に逆らうことになるんですか」
「さあの。昔の神さまは生まれたまんまのモノをいじくることが嫌いで目くじらを立てとりなさったんだろうよ。なあ、それよりアンタの所はどうなんじゃ? 兄ちゃん、アンタ、本当に男か?」
翡翠が、さっき猿を殺した傘を振り上げた。
そのまま手打ちのレジに振り下ろした。
「な、なにするんじゃ!?」
「わたしが天罰を下してやるよ。ははっ」
「や、やっぱり狂っとるな、この女」
「狂ってんのはアンタの家だろ? 賢人をアンタと一緒にすんな!」
「ひ、翡翠! 行くぞ!」
賢人はまたも翡翠を羽交い締めて店の外へ引きずり出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます