やらしい

 海岸線を南に下る道程に賢人は安堵していた。山間に入るのは気が滅入ってできれば避けたかった。海なら空間の広がりがあり、これまでより多少異常な事象が起こっても気分的にマシだと考えた。


 賢人はそれでも自分の常識的な人格が起き出しそうになり、その声はこう告げた。


『今までよりもの異常って、あの上があるのかよ』


 指折り数えてみると、翡翠の飛び出し自殺未遂、神の絵との一夜、翡翠の足への愛撫、手首の傷への愛撫、新聞屋、自称巫女、原爆ドームでの原爆打ち消しの試み。


 ついさっきのボス猿殺し。


 そこへ来て初めて賢人は翡翠に訊いた。


「あの猿はなんだったんだ」

「何って。わたしを殺そうとしたんじゃないの?」

「なんで」

「え。そりゃあわたしのお腹にいるモノが怖かったからだろうね」

「もしかして、だけど、何か心当たりがあるのか」

おろしてるの」


 一瞬賢人はアクセルを踏み込んだ。

 たったその一言が、今は賢人に嫉妬と怒りを沸き起こさせる、そういう存在に翡翠はなってしまっていた。


「ははっ。処女だって言ったでしょ? わたしじゃないよ。母親」

「つまり・・・不倫かなにかして堕胎を?」

「ううん。れっきとした夫との行為で妊娠したその胎児を」

「なんで」

「祖母がね、神様の御供物を十分に買えないからまだ産むな、って母親に辛く当たったそうな」

「なんで昔話風なんだ」

「だってこの現代にバカみたいな話だから。祖母は母親に『氏子衆にご寄進募って来んか!』って会社の営業みたいに言ってさあ」

「家族計画は」

「それだよ賢人。わたしが父親を下衆だって思うのは。学生じゃないんだから酔っ払って母親犯して。そんでオマケに避妊無視すんなよ、いい大人が」

「とんでもないな」

「それも、5回も」

「5回?」

「そう。よっぽど自分で避妊用具買うの嫌だったんだね」

「ちょっと待て翡翠。つまり、5人も殺したってことか」

「賢人、違うよ、殺しただけじゃない。5人に生を授けて自ら・・・自らじゃないな、母親に殺させてんだから」

「すまない。言っていいか」

「いいよ」

「翡翠の親父は、鬼か」

「うん。それも一番位の低い鬼だよ」


 賢人はやめようかと思っても思考を止めることができなかった。


 地獄に堕ちて当然だと思った。


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