十
十
湖を追いかけて来た向井が固まり、眉間に深く皺が刻まれた。
「なんだよこれ。ぐっちゃぐちゃじゃねーかよ」
追いついた櫻井が向井を押しのける。
そこは辺り一面に書類が散乱していた。黒ずんだ血がべっとりついていたり、爪跡が残る紙の束もあった。なにかの動物の毛も撒き散らされていた。
「白子さん、どこにいるの」
「ここじゃなくて人一人連れて行ける場所となると……こっちか」
櫻井は、「俺が裏手に回って逃げ道を塞ぐからお前らはここをまっすぐ進め」と湖と向井に言い、櫻井は今来た道を走って戻り、裏手に回る。裏は塀になっているので、裏手から出てもその先へは逃げられない。中と外で挟み撃ちにしようというわけだ。
湖たちが進んだ先には薄いベニヤ板で作られた粗末な扉が薄く開いていて、中からはオレンジ色の光が漏れていた。中を覗きこもうとしたところで私たちは同時に鼻と口を手で覆った。
ひどい臭いだ。動物の臭いに糞尿の混ざった臭い。目と鼻の奥にツンとくる刺激臭、私でこれだ。白子さんはぶっ倒れているんじゃないかと思うと、腹がくつくつと熱くなった。
「あいつ。クソ。なんでもっと早く気づかなかったんだ」
向井は自分の太股を自分の拳で数発叩いた。
「やめてください。まずはあいつが何をしているのかを確かめましょう」
無言で頷いた向井は、ポケットから出した手拭いで口と鼻を覆い、後ろできゅっと結んだ。湖は持っていたタオル地の小さなハンカチで口と鼻をおさえ、目配せして頷くと、慎重に中へと入って行った。
中はぐちゃぐちゃだ。管理、保管なんてものは一切されていない。窓もないので空気がこもっている。
床にはファイルの束が乱雑に投げ捨てられていた。その中にはシロクマに関するものも、猿の生態に関するものもある。向井が舌打ちをした。悔しそうにファイルに積もった埃を手でやさしく掃っている。
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