第154話 11月27日(1) 周囲の声

 泊がいつものメンバーで教室で石田の話をしていた。回復は嬉しかったが、周囲の声にやりきれない思いを漏らしていた。

 文化祭以降仲良くなった半谷陸斗。お面屋チームのメンバーだった。クラスの中でも大人しく、サブカルチャー好きでパソコンも詳しい。彼も交じって話をしていた。


 学校裏サイトのようなところで、石田に対する書き込みを見たという。そこには以前、彼らのグループから嫌がらせやいじめを受けた者達の、ここぞとばかりの批判・糾弾・ざまあみろといった言葉の羅列で埋まっていた。

「3年生とか他の加害者が言われるのはまあ当然だろうけど、石田に対してはちょっと違うと思うよ俺。確かに嫌いだったし、ヤなこといっぱいされたけどさぁ、最近のあいつ違ったじゃん。ホントはいい奴なのに全然わかってもらえないのって結構悔しいもんがあるね」

 半谷はそのページをスマートフォンで見せた。


『あんなヤンキー集団とつるんでたんだから、裏切ったらこうなることくらいわかるだろ まさに自業自得 助からなくても困らないし、社会のゴミが一つ排除できていい』


 その場に居たみんな絶句した。この学年、もしくはこの学校にいる誰かが、自分の名を隠して言いたい放題書き込んでいる。他にもあった。


『最近オタとつるんでるけど、あいつら頼りにならないからな かわいそうだけどタヒ(死ぬのスラング)んだ方があいつの為だよ』


「オタって、俺らの事かよ」

「多分そうでしょ、他にいないじゃん」

 泊が口をとがらせると川口があっさり肯定した。


『さんざん他人にしてきたことが全部自分に返ってきたわけですね 家族も厄介払いできたんじゃない? あいつらまとめて学校から消せて石田GJ 人生終了おめでとう』


『ほかの奴らも同じ目に遭えばいいと思います 二度と学校来るな! てか社会にでるな』


『ホント受験の邪魔 どんだけ事件次々に増やしてくれてんだ さっさとタヒね やった奴も残らず死刑でOK あと藤沢もタヒね』


 読む毎に悔しくなってくる。今だに藤沢という名前が出ることにも。あいつだって被害者なのに。


『黒ちゃん逮捕キタ――(゚∀゚)――!!』


 最後に出てきた書き込みに、半谷も今見たのか「はぁ?」と声に出た。

「黒ちゃんて? 黒崎先生の事?」

「何で逮捕?」

 事情が分からず皆で顔を見合わせた。そこに真一がついに登校してきた。泊達だけでなく、周りの生徒もワーッと声を上げ一斉に駆け寄った。

「大丈夫なのかよお! よく生還したよ!」

 もみくちゃにされる真一。お見舞いありがとね、とお礼を忘れなかった。

 来る途中、変な記者に付け回されなかったか、誰かから酷いこと言われなかったかと心配してくれた。しかしまだ体も万全でないから送ってもらったと言うと一同安堵した。


「小島君、来てないんだ」

「ああ……なんか、精神的ショックが大きすぎて。じかに瀕死の人間の写真なんか送られてきたら、まともじゃいられないもんな」

 未だ家から出ることに恐怖感があるそうだ。泊に経緯を聞き、申し訳ない気持ちで一杯になった。周りにはお前が気にすることじゃないと慰められた。


 緊急の朝礼のため、みんなが真一をかばいながら体育館へ向かう。そこであの書き込みが事実なのを知った。

「もう今朝の報道で知っている方もいるでしょうが、黒崎先生は当校の生徒への傷害事件の加害者になってしまいました。また同時に退職の旨も出されており、本日付で学校を去ることになります」

 どよどよ、どよどよ、何度注意してもおしゃべりは止まなかった。どういう経緯で加害者になったのかは一切語られなかった。事情を知る風の子園の仲間はうなだれてただ黙っていた。




 授業は代わりの教師が担当することになり、担任は学年主任の川崎をはじめ、副担任の体育教師嶋田が交代で受け持った。


「なんだかすごいことになって来ちゃったなぁ……」

 吉岡がD組に戻ってから、塚田や岡山に漏らす。

「これからどうなるんだろう。本当に、学校解体になっちゃうのかな」

 塚田が心配そうに話した。

「私立学校じゃないしそれはないだろうよ。だけど学校の中に警察が入るようになっちゃうかね……まあ、そうなりゃそうなったで、不良がのさばらなくていいかぁ」

「あのさ」

 吉岡は突然切り出した。

「藤沢君のこと、みんなどう思ってる?」

 2人は顔を見合わせた。

「どうって……どういう事? 好きとか?」

「うんまあそんなところかな。恨んだり嫌ったりしてない?」

 んー、と2人は唸った。

「別に恨んではないけど、あの騒ぎからだもんねぇ」

 志保の件の時に、吉岡から少しだけ話を聞き齧っていたおかげか、2人はあからさまな拒否反応は見せなかった。ただこの状況に嫌気がさしているのは事実。

 吉岡は本物の志保の想いとして1つだけ、みんな普通にここで暮らしたかったというのは伝えてあげたいと思った。


「志保ちゃん……悪い方じゃない志保ちゃんが言ってたけど、みんなさあ、ここで普通に学校生活送りたかっただけなんだよねぇ。本当に平凡にさ。普通に勉強して、給食食べて、部活に出て、宿題やったり掃除したり遊び行ったり……志保ちゃんも、藤沢君も、杉村君も。それを邪魔してる奴がいるんだって。周りのうちらを怖い目に合わせて、3人を嫌ったりするように仕向けて、ここに居づらくしてるんだって」

「はぁ? 何それ」

 詳細はよく知らない2人はぽかんとした。

「ああ、まあとにかくさ、藤沢君のことを嫌いになったりしないでくれってこと。志保ちゃんの言いたかったのは」

 自分でもうまく伝えられず、ほいっと立ち上がると一旦トイレへ出ていった。

 志保がいなくなったことは未だに実感がわかない。小学校1年から中学校2年まで、会えなかった時間が長かっただけではなく、いざ再会したら本物の記憶をもつ別人と言う不思議な存在になっていた。なのでもしかしたらまたひょっこりと、何か別の形で再会するのでは……という期待をどこか持ち続けていた。




 石田の事件がかなり凄惨で卑劣だったのもあり、直哉に対しての批判は減ってきた。無くなったわけではないのだが、警察や周囲の人の協力もあり一時期に比べれば落ち着いた。

 祥願寺の宿泊も一旦終了した。しかし孝太郎は相変わらず直哉のことをよく思わないでいた。優二も美穂もあれ以来ろくに口もきいていない。受験生だからって甘えるんじゃないよ、と美穂は厳しい愚痴も優二にこぼした。

 千帆はまた独りで無言で絵を描いている時間が長くなった。一番なついている直哉がいないと不安らしい。なるべく真一や瑠波が接したり沙織や世羅が面倒を見てくれているが、拒否はしないもののなかなか笑顔を見せてくれない。


 拓は大きく変わった。大分以前と意識が逆になり、自分から進んで買い物や外の作業を手伝うようになった。悪意を持って近づいてきたり、でっち上げでも記事になるネタを仕入れようと張り込んでいる記者にはにらみを利かせ、学校帰りの子供を狙おうものなら遠くからでも走ってきてかばいながらさっさと中に入る。突っかかっていた純でさえ、彼を見直して頼れるお兄さんとようやく認識してきた。


 誰もが、混乱した今の生活からもとの生活に戻ろうとあがいていた。平凡な中にいるとそれがどれだけ幸せかという事に全く気付かない。こうなる前はむしろ飽きて刺激が欲しいとすら思っていたくらいだ。

 しかしいざ安定した生活が壊れてみると、それがどれだけ尊い時間だったのかをいやと言う程思い知った。もうこれ以上のことはないだろう。あとは上を向くだけだ。そう言い聞かせ日々過ごす。

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